第9話 見えない申請者
レオンがエレノアと再会を果たしていた、まさにその時──。
王立星導技術研究所の地下深くに築かれた古代兵器保管区画は、見る影もなく惨状と化していた。
分厚い防壁は内側から風船のように膨らんで弾け飛び、大理石の床には巨大な爪跡のような亀裂が刻まれている。
「う、あ……が……っ……!」
瓦礫の隙間で、重甲冑をまとった神殿騎士たちが苦悶の声を漏らしていた。
肉体を守るはずの鉄の塊が歪み、骨を軋ませて彼らを床へ縫い止めている。
立ち込める白煙の向こうから、二つの影が悠然と歩み寄る。
「……これが、古代の守護機兵か」
顔半分を包み隠した小柄な男──シドが足を止めた。
「へぇ、噂には聞いてたけど本当にあったんだ。ねぇシド、やっぱりこれってお伽話の『神代の遺物』ってやつ?」
ひょろりと背の高い男──ガイルが首を傾げる。
首元や身体に巻き付けられた呪術的な鎖が、動きに合わせてジャラジャラと不快な金属音を立てた。
包帯の隙間から覗く単眼で見上げ、シドは冷淡に切り捨てた。
「これは兵器ではない。……だが、本質が何であるかはまだ分からない」
「ふぅん、シドにも分からない事があるんだ。わざわざ奪いに来た甲斐があったねぇ?」
「だからこそ、我らの管理下に置く」
幾何学模様が刺繍された漆黒の外套を揺らし、シドは細い手を伸ばしてゴーレムの胸部へ触れた。
その指先が触れた瞬間──石肌から黄金色の文字列が一瞬だけ夜光虫のように発光し、弾け消えた。
「……」
シドの手がぴたりと止まる。ガイルが身を屈めて覗き込んだ。
「どうしたのさ?」
「……弾かれた?」
シドは答えず、浮かび上がっては消えていく黄金の文字を睨みつけた。
「あり得ない。俺の干渉を拒む理由がない」
低く呟く単眼が、小刻みに動いて現象を解析しようと彷徨う。
「壊れた術式でも単純な封印でもない。外から力づくでねじ伏せようとした力が、すべて無効化されている」
「……誰かが、この機兵に手を加えた?」
ガイルの鎖が緊張でかすかに鳴った。シドは冷たく外套を揺らした。
「俺たちの方法とは根本的に違う。もっと冷徹で、絶対的な──」
ガイルは唇の端を歪め、不敵に笑う。
「それってつまり?」
シドは懐から、脈打つ心臓のように怪しく光る黒紫色の鉱石を取り出し、強く握り直した。
「力ずくでは届かない何かが、ここには残っているということだ」
「それで? これから、どうするのさ」
シドはしばらく黄金の文字を見つめていたが、やがて静かに鉱石を仕舞い込んだ。
「……優先順位を変える。皇国イザナの弱体化は予定通り進んでいる。先にあちらを落とす」
「この機兵は、このまま諦めちゃうの?」
「この国の魔導士に扱える代物じゃない。ただでは済まないだろう」
シドが踵を返すと、二人の姿は立ち込める煙の奥へと消えていった。
静まり返った地下で、黄金色の文字だけがなお淡く明滅を続けていた。
◇
「……なんだよ、これ」
視界に浮かび上がる鮮血のような赤文字を見て、
レオンは息を呑んだ。
【第二号書式】
登録者変更申請
申請者:???
対象:第二号書式(神代守護機兵)
承認しますか?
▶ YES ▶ NO
「レオン?」
不審そうなエレノアの声に、レオンは慌てて『NO』を選択し、『原典筆』を懐へ押し込んだ。
「……いえ。何でもありません」
文字が消えても、胸元でじんわりと熱を帯びたままだった。
不安そうに顔色を覗き込むエレノアへ、レオンは軽く首を振ってみせる。
「爆発音に少し驚いただけです」
エレノアは目元を沈ませ、静かに口を開いた。
「……実は、もう一つお願いがあります。ロザリア地方へ向かっていただきたいのです」
「俺が、ですか?」
「はい。私はこれから古代兵器保管庫へ向かわねばなりません。……ですが中央神殿からの急報の中に、ロザリア各地で古代遺物に関する不可解な報告がありました。神聖魔法にも既存の魔導技術にも反応しないのです」
エレノアの瞳がまっすぐにレオンを射抜く。
「まるで、別の何かに呼応しているようだ、と。私は……その"別の何か"が、あなたと無関係ではない気がしているのです」
「……ロザリアの古代遺物?」
控えめに声を上げたのは、アイリスだった。
唇を噛み締め、胸元の地図ケースをぎゅっと抱きしめている。
「多分その場所……聞いたことがあるの。昔、お父さんが……『ロザリアには地図に載らない遺跡がある。絶対に近付くな』って。その時だけは、本当に怖そうだった……」
静寂が落ちる部屋で、エレノアの瞳が小さく細められた。
「やはり」
レオンは腕を組み、しばし沈黙した後に静かに答えた。
「……申し訳ないですが、俺が守りたいのは妹だけなんです。それに、俺が行ったところで何ができるとも思えません」
ジェラードが不機嫌そうに眉をひそめるが、レオンは言葉を続けた。
「ただ、俺とアイリスは人探しのためにロザリアへ向かうつもりです。そのついでで良ければ」
「ええ。ですが混乱が極まるロザリアを動き回るには、平民の身分だけでは人探しにも限界があるはずです。こちらを渡しておきます」
エレノアが取り出したのは、重厚な銀色に輝く円盤状の徽章だった。
王国と神聖魔導院の象徴が精緻に刻まれている。
「神聖魔導院の『特任諮問官』の徽章です。大司教直属の代理人として、最高級の通行権と情報閲覧権が認められます。これは命令ではなく、私からの『信頼』の証です」
差し出された銀の徽章を受け取ると、手のひらで冷たく、しかし確かな重みが残った。
「……ありがたく使わせてもらいます」
辺境の村で眠る妹を救うためだけに始まった、小さく泥臭い足掻き。
それが今、世界の根幹を揺るがす未知なる領域への旅路と繋がろうとしていた。




