第8話 戦火の報せ
翌日の夕刻、レオンとアイリスを乗せた馬車はヴェルフォード村へと辿り着いた。
緑に囲まれた静寂の中、白亜の壁と美しい庭園に囲まれた神殿併設の特別療養院が佇んでいる。
案内された一室。
窓辺の豪奢な椅子に腰掛け、小さな足をそわそわと揺らしていた少女が、扉の開く音に跳ねるように振り返った。
「おにいちゃん!」
ミレナの頬には柔らかな朱が差し、染みひとつない真っ白な衣類を身に纏っている。かつての継ぎ接ぎだらけの服とは比べものにならない輝きだった。
「ただいま、ミレナ。体調は大丈夫か?」
「うん! 温かいお湯も毎日出るし、お食事もすごく美味しくて、まるでお姫様になったみたい。……あ、そちらの綺麗な人は?」
レオンの背後に隠れていたアイリスへ、ミレナが人懐っこく目を向けた。
「アイリスだ……リーヴァで、色々とあってな」
「アイリスさん、はじめまして!」
微笑むミレナに、アイリスの肩の力がふっと抜けた。
「うん。よろしくね、ミレナちゃん」
「そうだ、ミレナ。土産がある」
レオンが懐から取り出した小さな小箱を開けると、
夕陽を受けて深い青色に揺らめく、花のガラスの首飾りが現れた。
「わぁ……綺麗……!」
嬉しそうに首飾りを胸に当てる妹を見て、レオンの表情がわずかに緩む。
アイリスはその光景を一歩引いた場所から見つめ、そっと胸元の地図ケースを抱きしめた。
(……あの子も、こんな風に笑ってくれてたっけ)
切ない温もりに胸を締め付けられながら、アイリスは静かに息を呑み込んだ。
◇
宿舎を出て本堂へ向かうと、そこは立ち並ぶ重装備の護衛騎士たちで緊迫していた。
エレノアの背後には、洗練された甲冑を纏った同年代の若い騎士が控え、冷ややかな視線をレオンへ向けている。
指示を飛ばしていたエレノアが、レオンに気づいて振り返った。
「レオン。無事に戻られましたか」
「あ……エレノア、様。は、はい。ええと、今日も視察かなにかですか?」
ぎこちなく頭を下げるレオンの言葉に、背後の若い騎士が眉根を寄せ、一歩前へ踏み出した。
「おい、平民。エレノア様に対し何だその無礼な物言いは。身の程を弁えろ」
「ジェラード、口を慎みなさい」
エレノアは冷徹な一言で騎士を制し、レオンへ優しく向き直った。
「レオン。無理に畏まった敬語を使う必要はありません。あなたは私の恩人であり、対等な協力者です。普段通りに話してください」
ジェラードの鋭い殺気が膨らむのを感じ、レオンはそっとエレノアから半歩、距離を置いた。そしてジェラードを見据え、淡々と告げた。
「……いえ。俺は自分が平民であることを忘れるつもりはありません。エレノア様は妹を救ってくれた大恩人ですが、一線を超えて『友人』のように振る舞うつもりはありません。言葉遣いもその立場に合わせます。それでいいですよね、騎士様?」
ジェラードは不意を突かれたように言葉を詰まらせ、フンと鼻を鳴らして視線を逸らした。
「……ふん。少しは頭の回る平民のようだな」
エレノアはどこか寂しげに微笑み、卓上に大きな大陸地図を広げた。
「実は、二つの報せがあります。一つは中央神殿からの急報。もう一つは長距離の伝達魔法で届いた、リーヴァ神殿からの連絡です。あなたが村へ戻ると届きました」
「俺の動向を……?」
「古代兵器を動かした唯一の人物ですから。申し訳ありませんが、把握しておく必要があります。そして今回の急報は、あなたにも無関係ではありません」
エレノアの指先が、地図の各地域を指し示す。
「現在、大陸は三大国──神聖魔法を誇る我が『アルディア王国』、巨体な兵器を擁する軍事国家『ヴァルグラント帝国』、古代遺物を解析する『セルディス連邦』。そして東の『皇国イザナ』によって拮抗しています。……ですが、各大国の国境付近で不可解な小競り合いが多発しているのです」
エレノアの顔に影が落ちる。
「互いの疑心暗鬼から衝突の回避すら難しく、いつ本格的な戦火が再燃してもおかしくありません。だからこそ『王立星導技術研究所』では、あなたが停止させたゴーレムの再稼働研究を急いでいるのです」
一通りの説明が終わると、ジェラードが吐き捨てるように言った。
「このような平民に軍事機密を教える必要などありません。万が一にも情報を売り渡すような真似をすれば……」
「ジェラード。これ以上の不敬は、私に対する反逆とみなします」
エレノアの静かな一言に、ジェラードが屈辱に顔を歪めて口を閉ざした──その瞬間。
ズウゥゥゥン……ッ!
地底の奥底から、腹を揺らすような鈍い爆発音が響き渡った。
天井のシャンデリアが不穏な音を立てて激しく揺れる。
「っ、今のは……!?」
キィィンと、周囲の騎士たちの通信用魔導具から悲鳴のような怒号が弾けた。
『──緊急伝達! 第一守護区画、および古代兵器保管庫が正体不明の襲撃者によって突破されました! 術式が無効化され防衛線が崩壊! 奴らの目的は、神代のゴーレム──』
「神殿の結界を、一瞬で……!?」
エレノアが息を呑んだ直後、レオンは胸元を焼き焦がすほどの熱に息を詰まらせた。
「なんだっ……!?」
服の隙間から漏れ出す黄金の光。
原典筆を引っ張り出すと、視界の虚空に鮮血のような赤い文字が点滅していた。
【第二号書式】
登録者変更申請
申請者:???
対象:第二号書式(神代守護機兵)
承認しますか?
▶ YES ▶ NO
「……なんだよ、これ……」
レオンの背筋に、冷たい戦慄が走り抜ける。
あのゴーレムに刻んだ『停止命令』の書式。
それを、何者かが干渉しようとしていた──。




