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エピローグ

最終回です。2話まとめての投稿となりますので、四十九章をご覧になっているかご確認の上、ご覧ください。




 語り終えた茂山を、私市は瀬戸の手を借り別室へと移した。

 一条と千鶴、秀香と伊吹は、それぞれ部屋で待機しているよう、私市に言われ、遊戯室を後にした。

 うなだれたように、床に膝をついた藤沢に、海が手を差し伸べた。私市に藤沢を連れていくよう、言われた為だ。

「行きましょう、藤沢さん」

 声をかけても、藤沢は手を取ろうとしない。

「結局、母さんを見つけてあげることはできなかったな……」

 藤沢の呟かれた言葉に、海も、空も何も口にすることはできなかった。


 伊吹も秀香も、藤沢の母親の遺体を遺棄した場所をはっきりと憶えていなかった。

 藤沢の母を埋めたのは夜。灯りも懐中電灯のみ。辺りを見回す余裕もなかった。ただひたすら穴を掘ったことだけを憶えているという。そして、二十年の月日が、より一層二人の記憶を曖昧にした。

 彼らが憶えているのは、湖の近くに埋めた。たった、それだけだった。


 明日には、迎えが来る。そうすれば、警察が動きだし、遠からず藤沢の母の遺体も見つかるだろう。

 だが藤沢は、この二十年の間、母の行方を案じていた。自分の手で、見つけてあげたかったことだろう。

 もうすぐそこまで、迫っていたのだから。


「確実ではありませんが、見つけられるかもしれません」

 この言葉に、藤沢が顔を上げる。本当かと目で問う彼に、光は頷いて見せた。

「心当たりがあります。今日はもう暗いので明日、一緒に探しましょうか」

 この言葉に、藤沢は深く頷いた。


 


 翌朝。

 朝焼けの空は、よく晴れている。

 外へ出ると、空気はまだひんやりと澄んでいた。


 空達三兄弟と、私市、そして藤沢は湖の近くに来ていた。手にはそれぞれスコップを持っている。

「恐らく、あの辺りです」

 光は、手に持つ写真と風景を見比べて声を上げた。光が示す先には、紫陽花が植わっている。

「何でここなん?」

 海の問いに、光は海に写真を示して見せた。この写真は、以前千鶴に見せてもらった、この湖と紫陽花を映した写真だ。

「食堂に飾ってあった絵に描かれていた紫陽花の色と、写真に写っている紫陽花の色が違うって言ってた時の写真やな」

「ああ、そういや、なんかそんなこと言ってたな」

 と、空が声を上げれば、光は皮肉な目を空に向けた。

「この湖にドジョウは住んでないぞ」

「分かってるし」

 光は空が土壌と泥鰌(どじょう)を勘違いしたことを言っているのだ。勘違いしたあとに、千鶴と空はわざわざ茂山に、この湖に泥鰌が生息しているか聞きに行ったのだ。その後に、光に泥鰌ではなく土壌だと説明を受けて、恥ずかしくなったこともセットで思い出した。

「二十年以上前に描かれた紫陽花の色と、写真の紫陽花の色が違うのは、恐らく何らかの土壌の変化があったからだと思う。たとえば、その近くに死体が埋められたとか」

「小説みたいな話やな」

 海の感想に、空も頷く。だが、可能性はありそうだ。

 空達は、私市と、藤沢と共に、光の示した場所を掘り始めた。

 光は足のことがあるので、土を掘ることには参加せず、口だけをだした。

 

 どれくらい、時間がたっただろうか。雑草や紫陽花の根に邪魔をされながら、かなり掘り進めた。もうここには何も埋まっていないのではないかと、諦めの空気が満ちた時、唐突にスコップの先に何かが当たった。

「ここ、何かある」

 空が声を上げると、皆で慎重にそのあたりを掘り進めた。そして、ようやく一部が露わになる。これは、絨毯だ。では、これは、あの一条のセカンドハウスで盗まれたものではないか。

 空達は逸る心を押さえながら、慎重に土をどかしていく。

 折りたたまれた絨毯の下。服の残骸と共に、その骨はあった。

 思わず立ち上がった空の傍らで、海も立ち上がっていた。私市も同様だ。ただ一人、藤沢だけが、土に膝をつき、母の骨に手を伸ばす。

「母さん、やっと会えた」

 涙を堪えたように呟く藤沢の姿を見ていられなくて、空は目を逸らした。その先に、何かを見つける。それは、ちょうど手の骨の下辺り。四角い箱のようなものが見えたのだ。おそらくその箱を、胸に抱えるようにして亡くなったのだろう。

「藤沢さん、それ」

 空が声をかけると、藤沢が空の視線をたどった。そして、箱を目に捉え、私市を仰ぎ見る。

 私市は逡巡したのち、頷いた。


 私市の了承を得て、藤沢はゆっくりとその箱に手を伸ばす。細長い箱だ。ちょうど、小さく細い、水筒が入っていそうなくらいの。

 藤沢がそっと箱を持ち上げると、パラパラと上にのっていた骨や土くれ等が落ちていく。

 藤沢が呻いた。

 恐らく包装紙だったものが剥がれ落ち、中から現れた物を見て、空は目を見張った。

 それは、箱に入った電車のおもちゃだった。

 藤沢は、それを胸に掻き抱いた。


「母さん、ありがとう……」


 母の用意した誕生日プレゼントが、二十年の時を経て、愛する息子へ届いた瞬間だった。 




 赤く染まった夕陽に、空は目を細めた。

 藤沢母の遺体を発見したあと、迎えのクルーザーと共に、警察もやってきた。

 空達は事情聴取に付き合い、夕刻になってようやく解放され帰路に着こうとしていた。


 波に揺れるクルーザーの上で、空は、ぼうっと夕陽が落ちるのを見ていた。

 海面に半分身を沈めるようにした、あたたかく大きな夕陽。

「そーらっ! なーに黄昏てんねん」

 がしっと強い力で肩を組んできたのは、言わずもがな海である。

 空はちらっと、海を見て、小さく溜息を吐くと、視線をまた夕陽に戻した。

「そりゃ、黄昏たくもなるだろ」

 と、それだけ返す。海はそんな空の様子に、苦笑を漏らした。

「まあ、色々あったしなぁ」

 悲しい事件だった。とても、悲しい。

 一条は秀香達の所業も公表すると言っていた。この後の彼らのことを考えると、心は重い。


「がっつり振られたしな」

 余計な一言を言ったのは、光だ。いつの間にか、空の傍らに立っていた。

 空の右側に光、左側に海が立っている状態だ。

「いつまでも、お慕いしていますわ。ずっと待っています……って、言うてはったもんなぁ。藤沢さんに」

 さらに余計なことを言ったのは海である。

 むぅっと空は頬を膨らます。

 警察に連行される藤沢に、千鶴が涙ながらにそう訴えていた情景は、今でも目に焼き付いている。

 わざわざ言葉にしてもらわなくても!


 しばらく無言の時が流れた。

 夕暮れの赤い光が、きらきらと海面を反射する。

 波の音が、三人の耳をうった。


 沈黙を破ったのは、海だった。膨れた空の頬を人差し指でつつく。

「まあ、しばらくは、俺らが一緒におったるから」

 光も、反対側の頬を、海と同じように指でつついた。

「そうだな、しばらくは三人でいるのも悪くない」

 空は、「だあっ」と声をあげ、頬を突く二人の指を叩き落とした。

「しばらくってなんだよ。そこはずっと一緒に、だろ?」

 空が二人をねめつけると、海はにやりと笑った。

「しゃあないな。それじゃ、末永く、よろしく、言うことで」

 な? と、海が光を見れば、光は明後日の方へ視線を向けた。

「考えとくよ」

 光の言葉に、「なんでやねん」と二人がつっこむ声が、夕陽に染まる海原へと響き渡った。





ここまで、ご覧いただきありがとうございました。


そして、非常に長い間お待たせしてしまった皆様、大変申し訳ございませんでした。


自分でもこんなに長くかかるとは思っていませんでした。びっくりだ。


このエピローグに入ったエピソードは、一章を執筆しているころから頭の中にありました。

ずっと頭に残っていたので、ようやく文章にできて感無量です。


本当は、もっとくどく描写したり、情感たっぷりに描写したりする気だったのですが、なんか、こんな感じになりました。

ああ、文章力が欲しい。切実に。


さすがに年数をかけ過ぎましたので、投稿開始時からご覧いただいている方はいらっしゃらないと思いますが、もしいらっしゃいましたら大変お待たせいたしました。すこしでもお気に召していただけたら良いのですが。


今回初めてご覧いただいた方にも、少しでも、楽しんでいただけていましたら幸いです。


いつか、三兄弟の事件簿4も書けたらいいなとは思いますが、需要はなさそうだなぁ。

読んでみたいと思う方がいらしたら、ぜひぜひ、コメント等でお知らせいただければ嬉しいです。


次、書くときは全部書ききってから投稿するようにしないといけないなと、痛感しました。

私に、書いてる途中で投稿するのは向いていないと、今回切実に思いました(苦笑)


最後になりましたが、ここまでご覧いただきありがとうございました。

また、お会いできることを願って。愛田美月でした。



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