動画編集のノイズ
その場でさっそく動画編集に入る。
琴音ちゃんは一人で出演や編集をしているため、俺の作業が気になるようで、すぐ隣で編集の様子を見ていた。
時折、ふわっと琴音ちゃんの匂いが流れてきて、思わずドキドキしてしまう。
「ああ、こうやるんだ〜」
と、感心を口にしながら、必要と思った作業はスマホに打ち込んでいるようだった。
「そう言えば、二人は学生?」
その質問に僕は手を留止めず、画面を見ながら答える。
「そうだよ、大学3年」
「そっかー、ぼちぼち就職活動とか?」
後ろからベッドに寝転んでスマホを触る、やる気のない奏多の声が飛んでくる。
「まあねー、インターン行ってるやつもいるよなー」
パッと後ろを振り返った琴音ちゃんの長い黒髪が軽く首元に当たる。
……こ、これは、いい……。
なんとも言えない幸福感が……。
「じゃあ二人とも就職とか考えてたり?」
「いやぁ……」
「いや。……」
思わず奏多と声が重なる。奏多が笑いながら続けて言葉を発した。
「まあ、なんとかなるかなぁって感じであんま焦ってないんだよねー、響もだろ?」
「え……僕? 僕は……正直ちょっと焦る気持ちはある……」
奏多が勢いよく飛び起きた。
「え!? マジ!?
俺と同じで、4年になったら本格的に忙しくなるから今のうちに遊んでおかなきゃって思ってるんだと……」
琴音ちゃんは僕と奏多を交互に目で追いながら黙って話を聞いている。
「あぁ……そういう気持ちもあるけど、どうしても将来考えちゃうし……」
動画編集の作業を止めず、奏多を振り向かずに画面に向かって答える。時にはこうする方が話しやすいこともある。
「奏多とYouTubeの動画作ってるとさ、現実逃避できるんだよ……特にオカルトとかは、リアルから離れられるような気がして……。
編集するのも好きだし、集中すれば考えたくない将来のこと考えずに済むし。
僕にとって精神安定剤になってる。動画作成……も、奏多の存在も」
「はぁっ!? 何恥ずかしいこと言ってんだよっ!! 琴音ちゃんの前だからってカッコつけすぎだろ!!」
振り返らなくてもわかる。奏多は今、顔を真っ赤にして照れている。そして、少なからず僕も、顔が熱くなっているのが触らなくてもわかる。
琴音ちゃんは「仲良しだねぇ〜」とクスクス笑っている。
僕は熱くなった顔をごまかすように、琴音ちゃんに別の話題を振ってみた。
「琴音ちゃんは? 18歳だっけ?」
琴音ちゃんが以前動画で言っていた気がしたが、確証はなかった。YouTuberなんて年齢をごまかしている人も珍しくない。本人が口にした言葉がすべて正しいとは言い切れない世界だ。
「そうだよ〜。高校、夏休みだから自由に出来るんだよ〜。まあ、地味に宿題はあるけどね。
大学生は課題やレポート大丈夫なのー?」
今度も、僕より先にベッドの上の奏多が勢いよく答えた。
「俺ら、夏休み直前に大量の課題を必死こいてやり終えたばっかなんだよ!! だから今は遊べるだけ遊ばねえと損だろ!」
「あはは、大学生って感じ!」
そんな他愛のない会話で、部屋の空気はさらに和んでいく。
「よし、じゃあ俺らは遊ぶために、真面目に仕事の編集するか」
――――――
琴音ちゃんを駅まで送った後。 僕の部屋で、奏多と二人でさっそく動画の編集作業に入った。
「あー、明日バイト居酒屋のロングだわ。まじダルい」
奏多がまたベッドに寝転がりながら、スマホで動画を見始めながらぼやく。
「自業自得だろ。僕は明日、ファミレスの早番。
……ほら、サボってないでテロップのチェック手伝ってよ」
パソコンの画面に向かいながら、僕はキーボードを叩く。続いて、パソコンの横に置いてある大きめのヘッドホンを両耳に装着した。
カチャリ、とヘッドホンが耳を密閉し、奏多がスマホで流している動画の音か遠くなる。
画面の中の編集ソフトに視線を戻し、スペースキーを押して、さっき撮影したばかりの「怪談トーク」の動画を再生した。
モニターの中で、奏多が迫真の演技で怪談を語り、タイミングを合わせて琴音ちゃんがギターの弦を弾く。
――あれ?
僕はタイムラインを巻き戻し、もう一度同じ場所を再生する。
……おかしい。
ヘッドホンから聞こえてくる音は、驚くほどクリアだった。奏多の声も、ギターの残響も、完璧に綺麗に録音されている。
だけど。
さっき撮影している時、確かに僕の耳を不快に刺激した、あの「ジ……」というパチパチ跳ねるようなノイズが、どこにも入っていないのだ。
音量の波形のグラフを見ても、異常な雑音を示している場所は一箇所もない。
動画にノイズが入っていない。
ということは、あの不気味な音は、カメラのマイクが拾った音声エラーなんかじゃない。
――撮影中、僕の『耳』にだけ、直接響いていた音だったんだ。




