帰宅後の二人のノイズ
「はあ〜……可愛かった……」
家に着くなり、僕のベッドに勝手に横になりながら確かめるように奏多が呟いた。とりあえず無難にそれに答える。
「うん……可愛かっ……たな」
ベッドに背を預けながらさっきの出来事を思い出していた。
いやいや、可愛いとか、まずどうでもいい。
あのメロディ……どういうことだ?
あれが聞こえるようになったら耳が聞こえなくなる?
それとも、耳が聞こえなくなったら、代わりにあのメロディが聞こえるのか……?
ベッドで俺の方に身体を向けながら、奏多が険しい顔で話しかけてくる。
「なあ〜あれ、どうする?」
「え? どれ?」
奏多は、俺がすぐにわからなかったことにイラッとした様子を見せ、ますます眉間に皺を寄せる。
「昨日の動画に決まってるだろ!!
サイトにあげるかどうかだよっ!!」
「はっ!? あげるわけねえだろ!! あんな……」
昨日の奏多の……いや、俺らの怖がり様は酷かった。凄まじかった。
ここで琴音ちゃんのメロディと同じだったことを話せばまた昨日に逆戻りだ。
「『本物の恐怖の音声が録れちゃいました!』とかサブタイ付けてあげればバズるんじゃね?
で、お前の腕で、あの音をみんなが聞き取りやすいようにしてさ……!」
「いい加減にしろよ……っ!!」
思わず全否定するような強い言い方になってしまう。
あれは、きっと遊び半分でやっていいものではない。理由はわからないが、なぜかそう思う。
現に琴音ちゃんから、難聴になったということも聞いてしまったため、これに関わると、俺だけじゃなく、奏多も危険な目に遭うかもしれない。
奏多はチッと舌打ちしながらゴロンと壁側に身体を向けた。
だが、ガバっと跳ねたように身体を起こし、俺にキラキラ輝かせた目を向けてくる。
「あのトンネルの動画は諦める……けど!!
その代わり、琴音ちゃんとのコラボ、絶対にバズらせようぜ!!
あんな可愛い子が片耳聞こえないのに一生懸命頑張ってんだよ! 俺らがガツンと数字伸ばしてやって、コラボして良かったって思わせたいじゃん!!」
「うん、……そうだね。あの子、出演から編集まで1人でやってるから、音のバランスとか演出が少し勿体ないところがあったんだ。
僕が編集で、彼女のギターと奏多の怪談を最高の動画に仕上げるよ。お互いのチャンネルが爆伸びするようにね!」
奏多がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
「あれ〜? あれあれ〜?
なんか琴音ちゃんのことになると気合入ってない〜?」
「うっせえな!! 編集のことだからだよっ……!」
「ははっ……! まあそういうことにしとくわ!」
奏多はまたゴロンと背中を向け、スマホを触り出した。
僕は、心に小さくつっかえた物の正体がまだわからずにいた。
――――――
数日後、琴音ちゃんが僕のこの部屋へ来てコラボ動画の撮影をすることになった。
「奏多〜片付け手伝えよ〜! こんな汚い部屋に女の子あげられねえだろ〜!」
僕のベッドの横に奏多の布団が敷かれたままになっている。そこをどうしても通らなければならないため、布団に足を取られて転びそうになる。
ひっきりなしに動いているせいか、クーラーが効いている部屋なのに、額にほんのり汗を感じた。
6畳一間の一人暮らしアパート。
置いているのは、パソコンを置いている机とベッドぐらいだが、それだけでもだいぶ狭いのだ。
僕が部屋のゴミを捨てたり、掃除機をかける横で奏多はベッドに転がりスマホをいじっている。
「え〜だって〜、お前の部屋なわけだし〜、勝手に色々動かしちゃ悪いし〜」
「でもお前、布団勝手に持ってきて住んでるようなもんじゃねえか! いい時ばっか他人になりやがってよ〜!」
ずっといるから自分たちではわからないが、たぶんこの部屋は、汗だったり生ゴミの匂いだったりで外から来た人間は臭いと感じるだろう。
一応消臭剤を撒いてみる。
プシュゥゥゥウウ……という音と白い煙が部屋全体に行き渡る。
いい匂いになるかと思いきや、シトラスと汗の混ざった、なんとも言えない匂いになってしまった。
「くさっ……!! お前何やってんだよ〜!」
奏多がやっと身体を起こし窓を開け始めた。
外からもわっとした熱気が入ってきて、大勢の蝉のジジジジ……!! という大合唱が飛び込んできた。
蝉はあんな小さな身体でひっきりなしに全身全霊をかけて鳴き続けるからすぐ死ぬんだろうと思う。




