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私が不要と捨てた元婚約者が身の程を知らずに「ざまぁ」を企てているようですが?  作者: あとりえむ


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第5話:狂犬の鎖2

「……おはよう、私の可愛い犬」


微かに掠れた、深い眠りの気怠さを孕んだ艶やかな声。

その音が鼓膜を打った瞬間、私の体温は一気に沸点まで跳ね上がった。


頭蓋骨の内側で血が激しく沸騰し、血管が破裂しそうなほどの音が鳴り響く。私は耐えきれず、喉の奥からグルル、と低い、抑えきれない獣の音を漏らしながら、彼女の華奢な肩口へと顔をうずめた。


私の高い鼻先が彼女の冷たい鎖骨に触れ、そこから立ち上る彼女の体温と、狂おしいほどに甘い香りを、干上がった砂漠が水を吸い込むように貪るように吸い込む。



「クロード……貴方、また私の髪を触るのをためらっていたわね? 貴方の早鐘を打つ心臓の音が、私の背中からうるさいくらいに伝わってきていたわよ」


ヴィクトリア様のひんやりと冷たい指先が、私の無造作な黒髪の中にゆっくりと滑り込んできた。



彼女の美しく整えられた爪が、私の熱を持った頭皮を軽く、撫でるように引っ掻く。その僅かな刺激が、私の脊髄を伝って脳髄に直接、麻薬のような甘い痺れをもたらす。


私は彼女の胸元に額を擦り付け、彼女の心音を感じながら、極度に掠れた声を喉から絞り出した。



「申し訳……ありません」


「貴方様があまりにも美しく、尊く……私のこの血と泥に塗れた穢れた手で触れれば、その雪のような清らかな肌が汚れてしまうのではないかと……」



「私の身体の底から常に湧き上がるこのドス黒い熱が、貴方様を焼き尽くしてしまうのではないかと、己自身が恐ろしいのです」


私が言葉を紡ぐたび、私の唇が彼女の柔らかい肌に触れる。


その感触のあまりの柔らかさに、正気が吹き飛びそうになる。このまま彼女を細胞のレベルまで分解して、私の胃の腑に完全に納めてしまいたい、そうすれば誰の目にも触れず永遠に私のものになるという暴虐な衝動。


それと同時に、彼女の足の指先に口付けて、靴の裏を舐めながら永遠にひざまずき続けたいという、相反する絶対的な服従。その二つが私の中で巨大な渦を巻き、激しい過呼吸を引き起こす。胸が苦しくて、苦しくてたまらない。



「馬鹿な犬ね。私が貴方に『触れなさい』と命じたのなら、貴方はただ、私の熱を喰らい尽くす勢いでその牙を立てればいいのよ。貴方のその野蛮な力も、狂気も、世界を壊しかねないその重い執着も、すべては私の盤上で踊るためだけに存在する」



「私が制御できないものなど、この世には存在しないわ」


ヴィクトリア様の手が私の髪から離れ、私の火傷痕の残る頬から、鋭い顎のラインへと滑り降りた。

そして、私の首に嵌められた銀のチョーカーに指を掛け、グイと手前に引き寄せた。


私は彼女の力に一切逆らうことなく、その引き寄せられる絶対的な引力にすべてを委ねた。顔と顔が、互いの鼻先が触れ合う距離まで近づく。彼女の冷たく甘い吐息が、私の乾いた唇に直接かかる。



「……ほら、私を隅々まで味わいなさい」


その命令が下された瞬間、私の理性を辛うじて繋ぎ止めていた最後の糸が、ブツリと音を立てて千切れた。



私は彼女の細い顎を分厚い手で固定し、何日も飢え続けた獣のようにその唇を塞いだ。


彼女の口腔内に広がる、昨夜のダージリンの残り香と、彼女自身の極上の蜜の味。私のザラついた熱い舌が彼女の滑らかな舌に絡みつき、互いの唾液を激しく混ぜ合わせる。彼女が息継ぎをするための僅かな隙間すら与えず、何度も、何度も角度を変え、彼女の唇を食いちぎる勢いで貪り尽くす。


私の異常に高い体温が彼女の冷たい身体に伝染し、彼女の雪のような肌が微かに上気し、熱を帯びていくのが、唇と肌の触れ合いを通して鮮明に伝わってくる。



彼女の指が私の広い背中に回り、そこにある古い無数の傷跡をなぞった。


剣で深く抉られた刀傷、焼鏝を押し当てられた醜いケロイドの痕。それらの忌まわしい過去の記憶が、彼女の冷たく滑らかな指先によって撫でられるたび、私の内側で信じられないほどの極上の快楽へと変換されていく。



背筋を這い上がる熱い電流に、私はたまらず彼女の口の中に息を吐き出しながら、喉の奥で悲鳴のような鳴き声を上げた。




長い、酸素が完全に欠乏して視界が白濁し、火花が散るほどの口付けの後、私はゆっくりと、名残惜しさに唇を震わせながら彼女から離れた。


銀の糸を引いた互いの唇。


ヴィクトリア様の瞳は、微かな熱と濡れた色を帯びながらも、依然として私を見下ろす絶対的な支配者の輝きを微塵も失ってはいなかった。



彼女は軽く乱れた己の息を整えながら、私の首のチョーカーを指先で弾いた。

チン、という澄んだ音が室内に響く。


「いい子ね。本当に、貴方のその狂気じみた重すぎる熱は、私にとって極上の毒薬だわ」



「……でも、今はこれくらいにしておきなさい。今日は、少し忙しくなるのだから」


ヴィクトリア様のその言葉を聞いた瞬間、私の体内の血の巡りが一瞬で冷たく鋭いものへと変化した。



『忙しくなる』


その言葉の意味するところは、私には痛いほどに理解できていた。



あの日、我が主の神聖な執務室を汚した、あの薔薇の香水と分厚い白粉の悪臭を漂わせた愚鈍な男。あのジュリアンという名のゴミ虫が、いよいよ身の程知らずにも、ヴィクトリア様が巧妙に用意した罠とも知らずに、夜会という舞台で有頂天になって踊り狂う日なのだ。


思い出すだけで、私の口の中に鉄の錆の味が込み上げてくる。


あの男がヴィクトリア様に対して発した、あの数々の無礼な暴言。私の女神を、あろうことか『冷酷で血の通わない女』などと評したあの下劣な舌。


今すぐあの男の館に忍び込み、その細い首の骨をへし折って、あの無駄に装飾された頭蓋を豚の餌箱に放り込んでやりたい衝動が、猛烈な勢いで全身の筋肉を膨張させた。爪が掌に食い込み、微かに血が滲む。



私の黄金の瞳が殺意で針のように収縮し、部屋の空気が急速に凍りつき始めたのを察知したのだろう。ヴィクトリア様は、私の強張った頬に両手の手のひらを当て、赤子をあやすように軽く撫でた。


そのたった一つの動作で、私の暴発しそうだった暴力的な殺意は、嘘のように波を引き、代わりに絶対的な服従を誓う甘い痺れへと変わっていく。彼女の体温が、私の怒りを瞬時に鎮火させた。


「殺気立たないの、クロード。あの愚か者には、ただの死よりもずっと残酷で、彼に最も相応しい最高の破滅を用意してあると言ったでしょう?」


「貴方はただ、私の後ろでその美しい牙を隠し、彼が自らの足で地獄の底へと転がり落ちていく様を、静かに見届けなさい。私が合図を出すまで、絶対に噛み付いては駄目よ」




「……御意のままに」


「貴方様のご命令とあらば、私はどんな血の渇きにも耐え、最も忠実な猟犬として貴方様の影に寄り添いましょう。そして……あの男が完全に壊れ果て、絶望の中で泣き叫んだ後には、その汚らわしい残骸をこの手で片付ける栄誉を、どうか私にお与えください」


私はベッドから滑り降りると、大理石の冷たい床の上に片膝をついた。

そして、シーツの端から覗く彼女の白く小さな足首を分厚い両手で包み込み、その滑らかな甲に、深く、深い狂信的な口付けを落とした。


私の唇を通して、彼女の脈打つ静かな血の音が伝わってくる。その音だけが、私の狂気を繋ぎ止める、世界で唯一の、そして永遠の鎖なのだ。

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