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私が不要と捨てた元婚約者が身の程を知らずに「ざまぁ」を企てているようですが?  作者: あとりえむ


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第4話:狂犬の鎖1

網膜の裏にべったりと焼き付いていた、あの忌まわしい地下の暗闇が、薄鈍色の柔らかな光に溶けていく。


覚醒の輪郭をなぞるように、鼻腔をひんやりとした、しかし極上の甘さを孕んだ清浄な空気が通り抜けた。

霜をまとった夜咲きのジャスミンのような、鋭くも肺の奥深くまで浸透する甘い香り。


その香りを肺の底までいっぱいに吸い込んだ瞬間、私の胸の奥底で、重く、鈍い痛みがドクン、ドクンと激しく跳ねた。


太い肋骨の内側から心臓を鷲掴みにされ、万力で無理やり搾り上げられるようなこの息苦しさ。普通ならば苦痛と呼ぶべきこの強烈な圧迫感こそが、私が今、生を繋ぎ止められ、この世界に存在を許されている唯一の証だった。



右腕にのしかかる、心地よく、そして私の存在意義を確かめさせる確かな質量。私の粗い呼吸のリズムに完全に同調するように、規則正しく上下する柔らかな背中の温もり。


首をわずかに傾けると、視界の端に、月光を糸車で紡いで束ねたかのような、流麗で眩い銀糸が散らばっているのが見えた。

最高級のシルクで織られた純白のシーツの上で、彼女の美しい髪はまるで意思を持つ生き物のように、私の浅黒く、古傷だらけで醜い肌へと絡みついている。



ヴィクトリア様。


私の絶対の主であり、この狂って穢れた世界に唯一君臨する、完全無欠の神。

彼女の滑らかで、傷一つない裸の背中が、私の視界を、そして私の脳髄のすべてを完全に支配していた。




私は、自分の荒く節立った指先を、恐る恐る、息を殺しながら彼女の銀髪へと近づけた。

鋼鉄の剣の柄を力任せに握り潰し、幾人もの人間の骨を素手で砕いてきた私の分厚い掌は、至る所に醜い火傷の痕と硬いタコがこびりついている。


こんな汚らわしい、血の匂いが染み付いた肉の塊が、彼女の純潔な肌に触れてもよいのだろうか。


指先が彼女の髪に触れる数ミリ手前で、激しい震えが私を襲った。



触れたい。


今すぐこの太い両腕で彼女の細い身体を骨が軋むほど抱き込み、私の体内に取り込んで、二度と外界の空気に触れさせないようにしてしまいたいほどの狂気的な飢え。


しかし同時に、私の不用意な力や僅かなささくれが、彼女の美しいガラス細工のような肉体を傷つけてしまうかもしれないという、喉が干上がり、眼球が裏返るほどの恐怖。


相反する二つの暴力的な熱が体内で激突し、奥歯がギリギリと、砕けそうなほどの音を立てて鳴る。




かつての私は、痛みという概念すら失った、ただの殺戮のための肉の獣だった。


地下闘技場の底深く、日の光も微塵も届かない冷たく湿った石の檻の中。

そこは常に、酸化した赤黒い血の臭いと、腐肉の臭い、そして恐怖で失禁した男たちの汚物の臭いが、吐き気を催すほどに充満していた。


来る日も来る日も、サビだらけの鉄の格子が開く耳障りな音とともに砂地に引きずり出され、目の前の動く肉塊の息の根を止めるためだけに牙を剥き、爪を立てた。


私の拳が他者の頭蓋を陥没させる鈍い音。

生温かい返り血が顔にこびりつき、目尻でカピカピに乾燥していくあの不快な皮膚のツッパリ感。


自分が生きているのか死んでいるのかすらわからず、ただ、この世界にあるすべてのもの、呼吸をするすべてのものへの破壊衝動だけが、どす黒いマグマのように腹の底でドロドロと煮えたぎっていた。私の黄金の瞳に映るものは、すべてが破壊すべき標的に過ぎなかったのだ。


あの日。私が七人目の剣闘士の喉笛を噛み千切り、生温かい肉片を砂の上に吐き捨てた時だ。


観客席の醜い熱狂と罵声が反響する中、不意に、闘技場全体の空気が、物理的な重い質量を伴って一瞬で凍りついた。血と汗の悪臭を鋭利な刃物で切り裂くように、凛とした冬の夜風のような、圧倒的に清冽な気配が私を打ち据えた。



獣のように四つん這いのまま顔を上げると、そこには、血にまみれた泥土の底辺世界とは完全に断絶された、氷の彫像のように美しい一人の女性が立っていた。


彼女のすべてを見透かすような氷色の瞳が、血まみれの私を見下ろしていた。



その冷徹な視線が私を貫いた瞬間、私の体内で煮えたぎっていた破壊のマグマが、一瞬にして絶対零度の純白の雪に覆い尽くされたかのような、強烈な温度変化に襲われた。細胞のすべてが、彼女の前にひざまずくことを強烈に要求したのだ。



「ひどく汚れているけれど……目だけは、まだ死んでいないわね。私の剣として、飼いならしてあげる」


彼女の深紅の唇から紡がれたその声は、低いアルトの響きを持ち、私の耳の奥の三半規管を直接、心地よく揺さぶった。



足の裏から頭頂部へ向かって、凄まじい電圧の電流が駆け抜けた。


彼女が、血に濡れた私を一切躊躇することなくその白い手で引き寄せ、私の首に冷たい銀のチョーカーを嵌めた時の感触。

カチャリ、と鳴ったあの冷徹で、絶対的な金属音。



それが、ただの獣だった私が『人間』の、いや、『ヴィクトリア様だけの所有物』として生まれ直した産声だった。


首に巻きつく銀の重みと冷たさは、今もなお、私が他者への殺意で暴走しそうになるたびに、彼女の存在を痛烈に肌へと刻み込んでくる、私にとっての最も甘い絶対的な楔だ。




「……ん……」


微かな、花が綻ぶような吐息とともに、私の右腕に乗っていた質量が動いた。


最高級のシーツが擦れる、滑らかな音。

私は息を呑み、全身の筋肉を鋼のように硬直させた。


ヴィクトリア様の長い、氷の結晶のようなまつ毛が微かに震え、ゆっくりと持ち上がる。そこから覗いた氷色の瞳が、寝起きのまどろみの中で数度、気怠げに瞬きをした後、真っ直ぐに私の黄金の瞳を捉えた。その瞬間、世界から一切の音が消え失せた。

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