第10話:盤上の蹂躙3
床に這いつくばり、己の胃液と涙と鼻水に塗れて痙攣するジュリアンの姿。
かつて私に『傲慢だ』と吠え、私を己の支配下に置けると信じて疑わなかった男の、そのあまりにも脆く、滑稽で、哀れな末路。
その最高の芸術作品のような光景を眼下に収めながら、私は肺の底までゆっくりと広間の空気を吸い込んだ。
彼の絶望の臭い、破滅の臭い。
それが、私の背髄を駆け上がり、脳髄を極上の麻薬のように痺れさせる。他者の人生のすべてを盤上で完全にコントロールし、最も高い絶頂の場所から一息に地獄の底へと突き落とす、この圧倒的な全能感。
私の唇の端が、抑えきれない歓喜に歪み、深く、甘い弧を描いた。
「あ、あぁ……ヴィクトリア……助けて……俺が悪かった……俺を捨てないでくれ……っ! なんでもする、お前の言う通りにするから……っ!」
ジュリアンが、顔をグチャグチャにしながら、プライドも何もかも投げ捨てて床を這い、私にすがりつこうと汚れた手を伸ばしてきた。
彼の震える指先が、私のドレスの裾に触れるか触れないかのその瞬間。
ドンッ!!
広間全体を揺るがすような凄まじい轟音とともに、ジュリアンの目前の大理石が粉々に砕け散った。
鋭い破片がジュリアンの顔を打ち据え、彼が悲鳴を上げて仰け反る。砕けた床の跡に深々と突き刺さっていたのは、クロードの漆黒のブーツだった。
彼が私を庇うように一歩前へ出ただけで、放たれた圧倒的な殺意と暴力的な魔力の圧が、ジュリアンの身体を物理的に床へと縫い付け、呼吸すら封じ込めた。
「……気安く、我が神の衣に触れようとするな。汚らわしいゴミ虫が」
クロードの声は、地鳴りのように低く、そして無限の残虐性を孕んでいた。
彼の黄金の瞳が、床でガチガチと歯の根を鳴らして震えるジュリアンを冷酷に見下ろしている。
クロードの太い首の血管が怒りで隆起し、彼の指先からは今にもジュリアンの首を刎ね飛ばさんばかりの目に見える魔力の刃が具現化しかけていた。
彼から発せられる熱気が、私の背中を心地よく温める。
「クロード」
私が静かにその名を呼ぶと、狂犬の放っていた部屋を凍らせるほどの殺気が、一瞬にして霧散した。
彼は音もなく私の足元に片膝をつき、先ほどまでの残虐な獣の姿から一転、まるで従順な子犬のように私の手に自らの頬を擦り寄せてきた。彼の異常に高い体温が、私の冷たい指先に甘く絡みつく。私は彼の硬い黒髪を一度だけ撫で、再び床の上で虫の息になっているゴミへと視線を落とした。
「ジュリアン。貴方のその軽薄な自己愛と、底なしの愚かさのおかげで、我がアシュクロフト家は、ヴァロワ家の領地と財産、そして強力な魔石鉱山を、血を一滴も流すことなく合法的に手に入れることができたわ。貴方の唯一の功績は、自分の愚かさを自覚できず、私が用意した猛毒入りの餌を、骨の髄まで綺麗にしゃぶり尽くしてくれたことよ」
「心から感謝するわ」
私の言葉が、静まり返った大広間に響き渡る。
周囲の貴族たちは、私の底知れぬ策略と冷酷さに完全に圧倒され、誰一人として声を発することすらできない。
彼らの恐怖と畏怖に満ちた視線が、私に対する絶対的な服従の証として、心地よく私の肌を撫でる。
ジュリアンは、もはや言葉を発する気力すら失い、白目を剥きかけて口から泡を吹きながら、小刻みに痙攣を続けている。コルセットの締め付けと過呼吸によって、彼の顔は赤紫を通り越して土気色に変わっていた。
この男の尊厳は、今この瞬間、この大広間において完全に消滅したのだ。
「連れて行きなさい」
「明日から、彼の一族はすべて平民以下の身分に落ちる。この男は、最下層の魔石発掘場へ送り、死ぬまで泥に塗れて働かせなさい。彼が誇っていたその無駄な美貌も、三日も経てば見る影もなくなるでしょうね」
私の冷酷な宣告とともに、控えていた衛兵たちが無言でジュリアンの両脇を抱え上げ、ゴミ袋を引きずるようにして大広間から連れ出していく。
彼が引きずられた大理石の床には、彼の流した汚物と涙の跡だけが見苦しく残されていた。
それすらも、すぐにメイドたちによって跡形もなく拭き取られ、元の美しさを取り戻すだろう。
私の盤上から、不要な駒が完全に排除された極上の静寂。
私は、手元のワイングラスを再び手に取り、深紅の液体を喉の奥へと流し込んだ。
勝利の味は、どこまでも冷たく、そして甘かった。










