第七話 最後の供物
1枚目。
山の上に、朝日が昇っている。その光に顔を向けて、小さな子どもたちが並んでいた。
目を見開き、まっすぐ太陽を見ている。
子どもたちのうしろに、山と見分けのつかない背丈の大人たちが立っている。その足元に、青銅の壺。
壺の中に、目が沈んでいた。
背丈が伸びきってなお日を見上げていた一人の輪郭が、ほどけ、別の形に崩れていく。
その隣で、もう一人が、太陽に背を向け、自分の目を失った。
「隔てるもの越しなら、隠された姿が見える」
霧の向こうで、隊長の声がした。
2枚目。
大人たちが、死んだ仲間を土に埋めている。手足を大の字に広げ、顔を土に伏せて。
日の光が、その背中に当たっていた。光は背中で止まり、顔のほうへは回りこまない。
3枚目。
空から、灰色の虫が降ってくる。虫は川に落ち、群がり、川は干上がった。
ひび割れた河床に、干からびた大人たちが転がっていた。
4枚目。
巨人が一人、日に向かって立っている。両腕を広げて。
その日は、白くなかった。黒い霧に包まれた、触手の塊。
サングラス越しに見た、あれだった。
巨人の足元に、祭壇がある。途切れた口の両脇に壺が置かれ、その像の顔は、壇の中心を向いていた。
中心の窪みだけが、空いている。
日の影が、壇の上を撫でていった。
石の並びがずれる。壺の像の顔が、ゆっくりと外へ向き直る。
外を向いた顔を見て、なぜか、肩の力が抜けた。
霧が薄れていく。残ったのは、頭上の巨人の遺骸だけだった。
「天の化け物はまだ死んでいない。最後の供物で落とす」
*
膝の下で、骨が軋んだ。
霧の中で見た黒い塊が、まだ目の裏に貼りついている。あれが、空にある。
毎朝、あれが昇ってくる。
「隊長。俺は、何をすればいいんですか」
隊長が、俺を見下ろした。
「お前だ」
「……え」
「最後の供物は、お前だ。崇」
「待ってください。供物って、俺は――隊長、俺は人間で」
「鵜飼さん」
後頭部に、重いものが当たった。
地面が傾いて、頬に骨が触れた。
*
……声がする。
「特製のコンタクトを外したか」
隊長の声。近い。
「ああ、今な。あの化け物の本当の姿を見るのに、ずっと入れっぱなしだった。目が焼けそうだ」
鵜飼さんの声。
「よく、耐えてくれました。あれを四六時中、すぐ横で見ながら」
「あんたこそだ。隊を率いながら、ずっとだろう」
「……準備を急ぎましょう。縛るのは、繋ぎ終えてからでいい。私が中を繋ぎます」
石を引きずる音がした。重い物を、少しずつ、壇の上で動かしている。
「起きる気配は」
「ない。……頭、強く入れすぎたか」
「息があれば、それで足ります」
「若い連中は、何も知らずに死んだ」
「英雄だ」
隊長の声は、短かった。
「あの3人のことで、あんたが止めてりゃ、とは言わん。俺も、止められなかった」
「分かっています」
俺は目を開けなかった。
化け物。本当の姿。
供物。
あの化け物というのが、空のあれのことなら。二人は、あれを見るために、ずっと何かを目に入れていた。
薄く、目を開ける。
祭壇の縁に、隊長がしゃがんでいた。その膝の横で、小さなレンズのケースが蓋を開けている。
鵜飼さんの手のひらにも、同じケースが一つ。
隊長の両手は、途切れた口から中心へ向かって、石を一つずつ繋いでいた。口の両脇の壺は、像の顔が、もう内側を向いている。
二人の姿が、見えた。
隊長の首から、何本もの触手が垂れていた。鵜飼さんの首の上には、頭が3つ並んで、それぞれに口がある。
どちらの体も、粘る液で光っていた。
*
腰に手をやった。
エンピは、まだそこにあった。
二人は、壇の上の石を見ている。こちらを見ていない。
音を立てずに留め具を外し、刃を開いた。体を起こし、鵜飼さんの背後に回る。
振り抜いた。
3つ、と数えた。
隊長が振り向いた。刃を返し、柄の先の金具を、その胸の真ん中へ突き入れる。
隊長は膝をつき、それから横向きに倒れた。
「崇……やめろ。石に、触るな」
「あの化け物を助けさせるか」
金具を引き抜いた。
「分かってるんだ。あんたたちが、ここで何をしようとしてたか。空のあれを、外に出すつもりだったんだろう。そうはさせない」
隊長の唇が、動き続けていた。
声は、もう聞き取れなかった。
*
壇に上がった。
隊長が繋いだ石の列が、途切れた口から中心の窪みへ伸びている。両脇の壺の像は、内を向いていた。
違う。
これは、元の形じゃない。
霧の最後で見た並びを、俺は覚えていた。覚えている、というのとも少し違う。
目より先に、手が知っていた。
中心へ伸びた石を一つずつ持ち上げ、外縁のほうへ並べ直す。片方の壺を抱えて回し、像の顔を外へ向ける。
もう片方も。
石の重さが、手のひらの傷に食いこんだ。
祭壇の脇の岩壁に、乾いた泥がこびりついていた。そこに背を向けて、最後の石を持ち上げる。
途切れていた口に、嵌めた。
足元で、壇が小さく震える。
頭上の遺骸が、溶けはじめた。肉が崩れ、黒い霧と混ざり合いながら、祭壇の溝へ流れこんでくる。
溝の一本一本が、内側から光った。
光は、壇の中心から一本の柱になった。
まっすぐ上へ伸びる。洞窟の天井を抜けて、その先の、空のあるほうへ。
遠くで、何かが叫んでいた。
悲鳴とも、咆哮ともつかない声。ずっと遠い、高いところから。
俺はエンピの刃を畳み、腰に戻した。
光の柱を見上げて、息を吐いた。
「終わった」




