↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽を直視するな――北の山で巨人の遺骸を見つけた調査隊は、全員が自分の目を抉って土に還った  作者: 空の異変


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

終話 朝の放送

山を下りてから、報告書を書いた。


見たこと、起きたことを、起きた順に。名前を書いた人間は、全部で5人になる。


祭壇のことも、書いた。


俺が見たとおりに、全部。


様式の最後に、所見を書く欄がある。少し考えてから、一行だけ書いた。


祭壇は、元の形に戻した。


研究所の窓口に出すと、事務の人が書類の束を揃え、受付印を押す。朱肉のケースの角が擦れて、地の色が白く覗いている。


「お預かりします。……大変でしたね」


「よろしくお願いします」


「あの、溝口さんの分の報告は、別に出されますか」


「隊長の分は、隊長が出すと思います」


事務の人は、少しの間、俺の顔を見ていた。それから「そうですね」とだけ言って、書類の束を後ろの棚に入れた。


それきり、誰からも続きの連絡はない。


じいちゃんの葬式は、そのあとでようやく出せた。


小さな式。


「喪主様は、こちらにお立ちください。ご焼香の際は、お一人ずつ前へ」


葬儀社の人に言われたとおりに立ち、言われたとおりに頭を下げた。焼香の列は短く、読経だけが長い。


棺の窓は、最後まで閉じたまま。


骨を拾う。箸の先で、白いかけらが軽い音を立てた。


家に帰って、何日か、何もしないで眠った。


    *


目が覚めたのは、朝の早い時間だった。


目覚ましが鳴るより、ずっと前。カーテンの隙間から、白い光が細く差しこんでいる。


外で、雀が鳴いていた。


久しぶりに、頭がすっきりしていた。何日も眠ったせいか、体が軽い。


起き上がって、机の上の箱を引き寄せた。じいちゃんの家から持ち帰った、写真の箱だ。


葬式の間は、蓋を開ける気になれなかった。


一枚ずつ、めくっていく。


学会の集合写真。どこかの発掘現場。


暗室で焼いたらしい、モノクロの山並み。若い頃のじいちゃんが、知らない誰かと肩を組んで笑っている一枚。


前の隊の、出発の朝の写真もあった。林道の終点で、隊員たちがザックを背負って並んでいる。


端のほうに、作業着にダウンの鵜飼さんが、ほかの人間から少し離れて立っていた。


箱の底から、印画紙の酸っぱい匂いが立つ。


その下に、壺の写真があった。


研究所の台帳に貼るために撮ったものだろう。正面から、二行の文字にきっちりとピントが合っている。


指で、なぞった。


「高く懸かる日、直視すべからず」


声に出してから、指が止まった。


読めている。


研究所の誰も、一文字も読めなかった文字だ。対照表も、辞書も、見たことがない。


それなのに、二行とも、意味がそのまま頭に入ってくる。刻んだ人間の手の動きまで、分かる気がした。


もう一度、口の中で転がす。文字の形と音が、何の引っかかりもなく、ぴたりと重なる。


……どうして、読めるんだ。


3つ目の鼻を掻いた。


    *


そういえば、ひどい夢を見ていた。


夢の中では、周りの人間がみんな化け物になっていた。


二本の脚で、まっすぐ立って歩く。全身が、白くてつるりとした皮膚に覆われている。


頭のてっぺんにだけ、黒い毛がもじゃもじゃと生えている。


そして顔には、目が二つと、口が一つしかなかった。


連中は、水を飲んでいた。透明で、匂いもしない水を、喉を鳴らして、うまそうに。


空を見上げるときは、決まって手をかざして、顔をしかめていた。


最初は、江崎さんだった。それから、根津さんと吉岡さん。


最後には、鵜飼さんと、隊長まで。


みんな、その顔で俺を見ていた。それで俺は、一人ずつ、片づけるしかなかった。


思い出すと、喉の奥がひりつく。


台所に立って、冷蔵庫から瓶を出した。冷たいままだと、味がしない。


小鍋で少しだけ温めて、カップに注ぐ。


二口、飲んだ。


温かい血が、喉を降りていった。


ようやく、喉のひりつきが引いていく。


携帯を取って、隊長に電話をかけた。報告書を出したことを、まだ伝えていない。


呼び出し音が鳴らない。


「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため――」


切って、画面を見た。発信履歴の一番上に、「隊長」とだけ表示されている。


もう一度かけようとして、やめた。山の中にいるのかもしれない。


隊長は、いつも仕事が残っている人だった。


    *


顔を洗って、ベランダに出た。


朝の空気が、まだ少し冷たい。向かいの屋根のアンテナが、斜めの日を返している。


下の通りを、自転車が一台、ブレーキを軋ませて曲がっていった。


物干し竿の下、エアコンの室外機の上に、サングラスが置いてあった。


黒いフレームの、どこにでもある形。


いつからここにあるのか、覚えていない。手に取った。


つるの内側に、小さな金色の刻印がある。どこかで見たことのある、店の名前だった。


レンズを数える。


一枚。二枚。


それで全部だった。


誰のだろう。


少なくとも、俺のじゃない。俺の目は5つある。


二枚では、どうやったってかけられない。


フレームを光にかざして、つるを開いたり閉じたりした。


そういえば、夢の中でも、こういうものを使っていた気がする。


隔てる物がないと怪物が見えないんだっけ。


よく、覚えていない。夢の中のことを、いちいち覚えていてもしかたがない。


サングラスを、室外機の上に戻した。


日差しが、温かかった。


空の高いところに、太陽が懸かっている。雲が一つもない。


こんなにいい天気は、久しぶりだった。


俺は顔を上げて、目を細めた。


何も隔てずに、まっすぐ見る。


無数の触手が、ゆるやかにうねっていた。その表面を、蜂の巣みたいにびっしりと目が覆っている。


ところどころで、濡れた鱗が日を照り返す。全部が、ひとつの体だった。


しばらく、そのまま見上げていた。触手の一本一本が、ほどけては絡み、また別の一本に寄り添っていく。


こんなに美しいものを、どうして見るなと言ったんだろう。


いくら見ていても、飽きなかった。


首の後ろが、日差しで温まってくる。


街のどこかで、屋外スピーカーの入る音がした。


「今日の太陽は美しい。見上げましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。