↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽を直視するな――北の山で巨人の遺骸を見つけた調査隊は、全員が自分の目を抉って土に還った  作者: 空の異変


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

第二話 空洞の目

じいちゃんの寝息が落ち着いたのを確かめてから、俺は家に帰らず、構内の研究所棟に寄った。


収蔵室の照明は、展示ケースの上に一つだけ点いていた。


ガラスの中に、例の壺がある。


緑青の浮いた肌に、文字らしい刻みが二行。どの字典にも載っていない形で、研究所の誰も、まだ一文字も読めていない。


文字の横に、あの像がいる。


太い線で彫られた体に、盛り上がった肩と、高く上げた頭。


えぐれた目の窪みには、墨のように黒い石が二つ、はめこまれていた。


石は、光を少しも返さない。


見ているうちに、像の顔が動いた気がした。


窪みの縁から黒いものが垂れて、頬を伝う。口の両端が、頬の肉ごと上へ引き上げられていく。


笑っていた。


「その壺、もとは中身が入っていたそうです」


背中から声がして、肩が跳ねた。


入口に、溝口さん――隊長が立っている。ガラスに目を戻すと、黒い石はただの石だった。


「隊長。……中身、ですか」


「拾った山守の方の話では、底に琥珀色の、膠のようなものが溜まっていたと。揮発が早くて、こちらに届いたときにはほとんど残っていませんでした」


「何だったんですか、それ」


「まだ何とも。底に残っていたわずかな分を、分析に出しています」


「出してから、もう何週間も経ってますよね。検査で分かったのは、どこまでですか」


「畑野くん、その点はまだ確認が取れていません。追加の検査中で、今週中には返事が来ます。……出発は来週です。今週は休んでください」


「隊長。あの目の石は、出てきたときから嵌まっていたんですか」


「出土時からです。外してみようと言い出した人間は、まだいません」


隊長が出ていってから、携帯で前の隊の資料を開いた。


洞窟の中の集合写真。笑っている隊員たちの足元に、大腿骨が一本横たわっている。


長さは3メートル近く、人が抱えても腕が回りきらないほど太い。


人類の進化の枝。じいちゃんの最後の報告にあった言葉を、口の中で転がした。


その夜は睡眠薬を二錠飲んで、ようやく眠った。


    *


朝、病院から電話が来た。


通された小部屋で、監視カメラの映像を見せられた。担当の職員が、早送りのボタンに指を置いている。


「先生は、日付が変わるころから窓の前に座っておられました」


早送りの間も、画面の中の背中は形ひとつ変わらなかった。


「ここからです」


「音は、出ますか」


「出ます。上げましょうか」


「お願いします」


職員が再生速度を戻した。隅の時刻表示は、5時を少し回ったところだった。


じいちゃんが立ち上がり、窓に打ちつけてあった遮光板に指をかける。爪で、一枚ずつ剥がしていく。


窓の外が、白みはじめていた。


「止めましょうか」


「続けてください」


朝日が昇るにつれて、じいちゃんの顔が少しずつ上を向いていく。光をまともに受けた頬が引きつり、口元が歪む。


涙が流れているのが、粗い画面でも分かった。


それでも、目を逸らさない。


太陽が山の端を離れたあたりで、その顔から力が抜けた。眉が開き、口元がほどけて、穏やかな寝顔のような表情になる。


じいちゃんの両手が、自分の目へ上がった。


「畑野さん」


「続けてください」


スピーカーが割れた音を立てた。じいちゃんが笑っている。


「見えなくなった。もう見えんぞ。わしが見えんだろう。ははは、ははははは」


机に上り、ベッドの下にもぐり、ロッカーに体ごとぶつかる。止まらない。


そのうち、画面から消えた。


いきなり、レンズの真ん前に顔が来た。画面いっぱいのじいちゃんの顔。


目のあったところが、暗い。


唇が動く。


「太陽を、直視するな」


そう言ってから背を向け、窓の外へ出ていった。


映像は、そこで終わり。


職員が停止ボタンを押すまで、俺はもう何も映っていない窓枠を見ていた。


    *


昼過ぎ、研究所の会議室に、調査隊の5人が呼ばれた。


隊長が、届いたばかりの書類を机に置く。


「壺の残留物の結果です。人体由来の組織液。眼球が溶けたもの、と考えられるそうです」


「眼球」


口に出したのは、俺だった。


「その『人』に、巨人も含むんですか」


江崎さんが、ペンを止めずに訊いた。


「私が答えられるのは、検査で確かめた範囲だけです。種までは特定できていません」


「でも、もし巨人のものだったら、とんでもない発見ですよ」


根津さんが身を乗り出した。隣の吉岡さんは、手元の装備リストから顔を上げない。


「サンプルの採取手順、追加になりますか。容器の数を確認しておきたいので」


俺は書類の「眼球」の二文字を見ていた。画面の中で、じいちゃんの両手が上がっていく。


席を立ったのは、俺が最初だった。


    *


研究所の玄関を出ると、日差しが顔に当たった。


見上げる。


子どもの頃から何度も見てきた、白い太陽。縁に金色がにじんでいる。


これを、見てはいけない理由が分からない。


目の奥を針で刺されたような痛みが来て、俺は顔を下ろした。


駅へ続く商店街の眼鏡店の前で、足が止まった。店先の台に、サングラスが並んでいる。


「よろしければ、おかけになってみてください」


若い女性の店員が、ガラス戸から出てくる。


「いや、いいです。これをください」


手近な一つを指さした。黒いフレームの、どこにでもある形。


「ありがとうございます。お包みしますね」


店員が台からサングラスを取り上げ、つるを畳んで、レンズを伏せたまま手のひらに載せた。


その袖口から、何かがこぼれた。


白い紐。濡れた紐が何本も這い出して、サングラスのつるに巻きつく。


先端が、ひくひくと開いては閉じる。


後ずさった踵が、段差を踏み外した。尻もちをつく。


「お客様?」


店の奥から、スーツ姿の店長が出てきた。


「その人、その――」


「この子が、何か」


店長は首をかしげ、それから店員のほうへ後頭部を突き出した。


「ちょっと見てくれる? 頭の後ろがむずむずしてね」


「はい、店長」


白い紐が、店長の頭に伸びた。生え際に先端を差しこみ、頭の皮を蓋のように持ち上げる。


その下に、目があった。7つ。


黒い葡萄の房みたいに寄り集まって、ばらばらに瞬いている。


「何もついてませんよ」


店員の口の端から、白く細い舌が覗いた。


「そうか。気のせいかな」


店長が後頭部を掻くと、皮膚が剥がれて指についてきた。それを床へ捨て、しゃがんで俺の顔を覗く。


顔の真ん中で、渦を巻いた口が開いては閉じる。


「お客様、大丈夫ですか」


俺は跳ね起きて、通りへ走り出た。


日差しが、背中に温かかった。


「お客様、お客様! サングラス!」


追いかけてくる足音に、振り向く。


息を切らした店長が立っていた。四角い顔に、少し腹の出たスーツ。


手には紙袋。店の前では、20代半ばくらいの店員がこちらを見ている。


どちらにも、おかしなところは何一つなかった。


「お忘れですよ。それと、お代がまだで」


    *


「……すみません。いただきます」


携帯で、店長が差し出したコードを読み取る。一緒に渡されたレシートは巻き癖がついていて、手のひらの上で勝手に丸まった。


店長は頭を下げて、店へ戻っていった。


人の流れは何も変わっていない。目をこすって、寝不足のせいだと思うことにした。


風が冷たくなってきた。紙袋を脇に挟んで、両手を上着のポケットに突っこむ。


右の指先に、硬いものが当たった。


円筒形。ポケットの底にちょうど収まる大きさで、ねじ式の蓋がついている。


こんなものを入れた覚えはなく、この上着を前に着たのは昨日の夜だ。


じいちゃんの病室だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。