#003
「三百年前、世界は魔王によって蹂躙された。しかし我々は生き残り、這い上がり、残された土地をそれ以上譲ることなく生きてきた。ヒト一人の力はたかが知れている。だが、力を合わせることのできる人間は強い! 我々は強い!」
叙勲式でギオン・サエモンが熱弁を振るう。
彼の汗が輝き、広間の熱気が輝き、カナイの目も輝いている。
ギオン・サエモンの名前は女神教を経て世界中に轟いた。
彼の名を求めて、多くの商人や芸人や流浪ものが屋敷に列をなし、ギオンは鑑定の能力を駆使して多くの者たちを雇い入れた。
名のある者、力のあるものはすぐ騎士に取り立てられた。なんといってもコルドーの穴がある。騎士団の一角であったその穴をふさぐには一人や二人では到底まかなえない。
カナイも叙勲を受けた。
彼もとうとうグリムロック騎士団の正式な団員だ。
「いまなお魔王の勢力は我々を脅かしている。そしてこのグリムロックは、人類の勢力圏の限界に位置する偉大なる砦だ。その勇敢なる民を苦しめているものを、《クロニクルズ》を継ぐこのギオン・サエモンが打ち砕く!」
熱狂。
「だが、私もまたひとりのヒトに過ぎない。そして、ヒト一人の力はたかが知れている。ゆえに! 私に力を貸して欲しい。騎士団よ、グリムロックの使徒、民たちよ! 私、ギオン・サエモンに力を貸して欲しい!!」
熱狂の渦だ。
あの女神教からよこされた爺鑑定士もなぜかまたいる。なぜということもないかもしれない。女神教は、ギオンを新しい勇者と定めたのだ。
女神教は聖女を神体とする国教でもあった。だがその王国は三百年前の大厄災によって実に領土の半分を失い、女神教は聖女と勇者を失った。死に体の国にあり、女神教はそれでも生き続けた。この国のすみずみまで信仰という赤い血液をいき渡らせた。血液は希望という熱を運ぶのだ。
同時に物資を、人材を、金を。
グリムロックに集まった人材や資材は明らかに辺境伯のキャパシティを超えている。それを名声だけでまかなうことはできない。
つまりサエモンはすでに女神教を従えているのだ。
女神教は多大な信仰の力を彼に与えるだろう。信仰の力、輝かしい光や金は、つねに信者たちの命そのものでできている。
それらを惜しみなく捧げ、女神教は跪いて懇願しただろう。
ギオン・サエモンに、どうか世界をお救いくださいと。
「ありがとう、みんな。みんながいるから、私はクロニクルズで魔王を討てる!」
「おおおおおおお!」
カナイが吠える。みんなが吠える。
これは一種の信仰で、その熱量は、まるで闇や恐怖を薙ぎ払うひと振りの剣だ。
選ばれし勇者のみが振るえる剣なのだ。
***
手がぴりぴりする。
土を掘る手がぴりぴりする。
いつかカナイと打ち合った手のひら。
秋の終わりの叙勲式に、カナイと強く握り合った手のひら。
冬もただなかの今日の明け方に、立派な鎧をつけて初めての出撃に緊張していた彼の肩をバシンと叩いた手のひら。
「うう、今日は特に寒いな。しかしこう何度も、オオトカゲが出るなんて異常だよ」
「しかも今回は三体だろ。ギオン様の強さのほうが化け物じみて見えるぜ」
「……とんでもねえな」
最後にポツリと言ったそいつがなにをとんでもないと評したのか、俺には判断できない。
圧倒的なギオンの強さか、それとも、ぽっかりと空が見える、なぎ倒された木々で森がくりぬかれたような激戦の跡か。
木も泥も血も、朝方の霜なんかかけらも残さず、全部が踏み抜かれぐちゃぐちゃに混じっている。
「おい、ローエン。そのへんにしとけよ。もうすぐ日が沈む」
「気持ちはわかるが、そいつだけじゃないんだ」
手がぴりぴりする。
カナイをかき集める手がぴりぴりして、痛い。




