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#002







 むかしむかし、とあるみどりゆたかな王国に、ふしぎな力を持った聖女様がおりました。

 聖女様はそのふしぎなお力で、王国にせめいる魔物たちをいくたびものけ、国民たちにとてもしたわれておりました。

 あるとき、みどりの王国は魔物の王におそわれます。

 いかな聖女様のおちからでも、ひとりではとうていかなわない──そこにあらわれたのが、女神様にえらばれし勇者様でした。

 勇者様は聖女様のおちからを剣にかえ、国じゅうを光でつつみこみました。

 そして、みどりの王国にはへいわが……。

 





「──と、いうのは子供向けの嘘で、大人になると、三百年前の聖女様と勇者様は負けて国の半分が吹き飛んだことを知るわけだが」


 大人の階段ってやつだな、とカナイは感慨深く頷いた。

 仕留めたイノシシのような魔物から槍を引き抜く。


「おとぎ話の勇者様の再来だ。夢でも見てるのかって気分になるな」


 あの祝宴から三日たらず、町の北に魔物の群れがでて、そっちで祝宴の続きをやろうという勢いでグリムロック騎士団は出撃した。

 未開の地に接する領地を持つ辺境伯の騎士団は勇猛で名高い。その騎士団を若いギオン・サエモンが率いる。それは彼の豊かな金髪や、金のあしらわれた鎧もあいまって、まるで黄金の戦旗だった。


 太陽がそそがれるようにギオンが無双する。


 いつものようにふわふわの髪の毛を隙間からはみ出させながら、兜の下でカナイが子供のように目を輝かせた。

「いつかオレもギオン様をお守りする護衛騎士になるんだ」

「カナイならなれるよ」

「お前はまた、簡単そうにっ」 

 カナイはいつものように俺の脇腹を小突いた。


 俺たちは叩き上げで、ふたりして騎士見習いになれたといっても、やることは雑兵とかわらない。黄金の戦旗から随分とおいところで莫迦の一つ覚えのように突撃をして、自分ひとりぶんの体を張って一体でも魔物を減らすのが仕事だ。

 一方で、ギオンを筆頭に騎士たちがでかい魔物に突撃したんだろう、森の向こうから喚声と地響きが聞こえる。


 ギオンを無比の剣とするならその周りを固める護衛騎士たちは鉄壁の盾だ。

 熟練の騎士たちはなおギオンの盾であるために鍛錬に血道を上げている。


 カナイはその鍛錬を盗み見ては真似るようになった。


 カナイならなれる。

 俺は心からそう思う。

 俺から見ても、カナイはどんどん強くなっているし、俺と違って元奴隷じゃない。実力さえ認められればそのうち騎士の称号を受けられる──そう言ったら、カナイは怒った。


「俺より強いくせして、嫌味がすぎる」、と。









 

 下手すれば家ひとつぶんあるようなオオトカゲを討ち取って、勇者が町に凱旋する。


「なんてこった、あの城壁喰らい(ウォールイーター )を! 西の町では部隊をひとつ犠牲にしたというぞ」

「さすが勇者様!」

「ギオン様万歳!」

「勇者様万歳!」


 町の歓声がここまで聞こえてくる。

 俺たちはといえば休むまもなく後かたづけだ。

 凱旋した彼らに振りむかれることもなく斃れた同胞たちを荷台に乗せる。

 歓声はさすがに今の俺たちの胸までにはおりてこない。


「ブラッドハウンドだーっ」


 そして感傷に浸っている暇もなかった。戦場のあとをエサ場にするけだものは多いのだ。


「ローエンっ、頼むぅ!」


 赤みがかった毛の口裂けオオカミは、俺たちの仲間の悲鳴のど真ん中を五匹の群れで突っ込んできた。

 ふつうのオオカミより一回り大きくより獰猛なけだものが、ただれたような赤い目をぎらつかせて牙をむく。

 俺は剣を抜き、一人で四匹を斬り捨てる。

 もう一匹はカナイが斬った。

 カナイの獲物がその勢いで木に突っ込み、血のあぶくを吹きながら痙攣する。カナイがいそいでとどめを刺すと、赤い目がくぼみのなかでドロリと溶けた。魔物の死骸はそうしてかならず夜の壺みたいな穴があいている。


「よしッ」


 俺とカナイは手と手を叩いた。

 そのとき、またワアッと悲鳴が上がった。

 身構える。だが、その悲鳴は途端に泣き声に毛色を変えた。


「コルドー様ああっ」

「くそっ、コルドー様だ。ひでえ」


 コルドーはギオンの周りを固める護衛騎士のひとりで、グリムロック騎士団でも鉄血で知られる猛者だ。

 それが、上半身をすり潰されて、秋の森の黒い土と混ざり込んでいる。さながら腰から上を穴につっこんで動けなくなったモグラみたいに。


「あのオオトカゲに踏みつけられたのか……」

「逃げ遅れたのかな」

「まさか、コルドー様ほどの方が」

「ギオン様は気づいてらっしゃらないのか?」

「ギオン様のまわりは、そりゃ激戦だったから……」


 かろうじて、潰れた鎧と剣がコルドーの面影を残していた。

 カナイがコルドーの鎧と上半身をかき集める。俺もそれを手伝った。


「……厳しかったけど、オレたちにも温かい方だったよな」


 俺は頷いた。

 俺も彼のことは嫌いではなかった。うるさいくらいに正しいことしか言わなかった人だ。その正しさが、すべての者に共通するかを知っていたかはともかくとして。

 騎士たちの鍛錬をこそこそと嗅ぎ回っていたカナイに「腕ならし」とうそぶいて稽古をつけてくれたのは彼だ。アニス・サエモンの犬だった俺を従士にと推挙してくれたのも彼だった。


《ローエン、お前の剣の才は、いずれギオン様をも凌ぐやもしれぬ》

《恐れるな》

《剣をとれ》


 俺たちは素手で土を掘る。

 遠い歓声が波のように聞こえている。


 だれかの死を、悲しみを、恐怖をかき消すための光が、空に増幅しながら降ってくる。


 



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