#001
「なぜ…………なぜだ? なぜ、俺の能力にかからない!」
ギオン・サエモンが叫ぶ。俺は倒れ込んだ同僚の足の傷を覗き込む。そいつのすねあてはまさに氷のごとく砕けて血を滴らせていた。
「生命転換」
「ヒール!?」
素っ頓狂な声を上げたのは同僚の騎士キリィだ。
「お前、無能だったはずじゃ……!」
キリィの顔が青いのは、雨のせいか、超回復の反動か、あるいは俺を無能だドレイだと見下していた反動だろうか。
俺はキリィの治療を終えるとゆっくりと立ち上がった。
視線の先には、金の鎧をドラゴンの血で青ざめさせた《勇者》が立っている。彼の顔からは、いつもの余裕ある笑みが消え失せていた。
「ローエン。答えろ。君はなぜ、俺の能力を受けない。俺の力は、女神より与えられし最強の祝福のはずだ」
俺は首を傾げた。
「単純な話では? 『より強力な能力は下位の能力を拒絶する』」
「……なんだと?」
ひく、とギオンの頬が震える。
「下位……!? 俺が? 俺より強力な能力だと……!?」
「確かに、あんたは素質から高位の能力者だ。いまいち使い慣れていない《鑑定》も、《クロニクルズ》で強化がかかっているいまなら、あの爺よりよっぽどよく見えるんだろうな」
はっとして、ギオンはスキルを行使させた。遅い。後発的な能力はだれしも忘れがちだ。
ギオンが明らかに狼狽える。
「何だ、これは……? 見えない? いや、意図的に隠されているのか……? いやっ、そもそも君は、名無しではないのか!?」
一部とはいえ、鑑えている。
そのあたりはさすがだ。
女神教の爺鑑定士は、鑑えないことが鑑えなかったのだ。
「ま、まて、スキル……君の、スキルは……っ」
そして彼は鑑る。
そして顔色を変える。
「何者なんだキミはぁぁぁぁっ!!」
「見ての通り、名無しで無能だろう。そのかわり、三百年前に俺を殺したとっておきの《首輪》は、あんた程度じゃ破れない」
俺はトントン、と首のタトゥーを指す。
当時の俺のスキルをぶち抜いて俺を支配したもの。
ギオンの目が血走る。
彼のプライドから血がもうもうとあふれている。
冷静な思考もできていない。
俺を叩き潰したくて、殺したくて、仕方がないって顔だ。だが、俺に《クロニクルズ》は効かない。
「それじゃあ、ガチンコで行こうか」
俺は青い血を振り抜いて、再び剣を構えた。
「とある騎士様がお墨付きをくれたんだ。俺の剣はあんたをも凌ぐかもしれないって。あの人の目利きを試してみたい」
「ロウェェェェンンンンンンン!」
「来いよ。他人のお守りがないと、はしゃげないわけじゃないだろ」
【 第1部 偽りの太陽 】
羊腸のような坂をのぼりつめた先にグリムロック辺境伯の屋敷は建っている。
見下ろす町は同じ名で、三キロにわたる城壁の、北側半分はずいぶんむかしに放棄され、南側に五千の民が密集隊形をとって生きている。この時代にあっては十分要塞都市といっていい町だ。
そのうちの百人がこの大広間に詰め込まれていたのだから、これは間違いなく盛大なパーティーだった。
「名無し。かつ無能です」
女神教がよこした白い髭の鑑定士は、俺を一目みるなり一笑に付した。
百人分の視線がいっせいに俺を笑う。部隊の同僚、屋敷のメイド、見ず知らずの貴族たち、そして若きグリムロック辺境伯ギオン・サエモン。
「わかりきっていたことではないですか」当主の横で、四十絡みの護衛騎士が当然のように言った。「この者は従士といえども奴隷上がり。女神のご寵愛を受けるギオン様とは格が違います」
「しかしな、ローエンは記憶をさっぱり失っているというし、何か手がかりになればと思ったんだよ」
ギオン・サエモンはぽりぽりとこめかみをかいて、人好きのする笑顔を俺に向けた。
女たちの黄色い悲鳴が上がる。
金髪碧眼、スラリとした長身に非の打ち所のない容色。どこぞのメイドいわく、女神様はまずギオン・サエモンの顔面に太陽を与えたもうた。
そしてふたつめに、《勇者の力》を与えたのだ。
ほんの五分前、爺鑑定士はギオン・サエモンの能力を公的に鑑定し、認めた。これこそが今日この大広間に大勢の人間が集められた理由だ。
能力は選ばれた者にしか与えられない女神の祝福だ。千人に一人いるかいないか、まして二つ与えられるのは万に一つといわれる奇跡的な確率の中で、ギオンが祝福を持っているのはその圧倒的な強さから誰の目にも疑いようがなかったが、果たして鑑定されたスキルは、《鑑定》──
「鑑定?」
と誰もが首を傾げた。本人もだ。
商人や伝道師には垂涎ものの能力だし、人も物も鑑えるレベルならどこにいったって優遇されるし──生き方の選択を保証された能力といっていい。
だが、ここにいる百人が彼に求めていたものはそんなものではない。
「まいったな」とギオンも顔をしかめた。「そんな能力を使えたことはないんだが……」
「そしてもうひとつ」
「もうひとつ!?」
「まさか、ふたつの祝福もちか!」
爺鑑定士はにやりと笑った。
「ひとつの能力が強大であればあるほど、もうひとつが顧みられることはない。女神様のご寵愛というのは、凡人にはまったく憎らしいものでございます」
「そ、それで、辺境伯の能力は……!?」
《勇者の力》。
それは三百年間、誰も得ることがなかった能力──
かつて最強といわれた勇者が持っていた無双の能力。
それを告げられた時の広間の熱狂といったらなかった。
──と、ここまで言えば、そのあとの俺の無能発覚なんてものは、メインに対しての添え物、コントラスト、勇者が勇者であるためのゴミであったことがわかるだろう。
「ギオン様万歳!」
「勇者様万歳!」
俺の無能は意図的に忘れ去られ、準備されていたパーティーの予定時刻よりもずっと早く持ちこまれた酒によってきれいにどこかへ流された。
熱気にむせるくらいの、浮かれだったお祭り騒ぎの匂い。
(さて、酒をもらって帰るか……)
とりあえず俺は期待されていた程度の役割は果たせたのだから、それくらいはいいだろう。そう思ってさまよっていると、
「ロウェェェエン」
優雅に扇をたてながらひとりのご令嬢が近づいてきた。
人形のような金髪碧眼、ミルクの肌に桃色の頬、(見た目だけなら)非の打ち所のない太陽の顔面その二だ。
アニス・サエモン。
ギオン・サエモンの妹で、今年十七になる。たぶん。
「この無能者! ちょっとばかり剣が達者だからって、お兄様に取り立てられて、でも面目丸潰れじゃない。また私の犬にもどったらどう?」
「遠慮しておきます」
「無能者が戦場に行ったってただ死ぬだけだわ。私のところにいればそんな心配もないし、素敵な首輪も買ってあげ」「遠慮しておきます」
食い気味に言ってさっさと人混みに紛れようとする。それをふさぐように、目の前に男が立った。
ギオン・サエモン。
「お兄様ァァァァン!」
アニスが黄色い声をあげる。
「ねえ、ローエンったらひどいの! この男をアニスの犬にもどしてくださいっ」
「はは、アニスはローエンのことが大好きだな。でも、アニスにはハブトがいるじゃないか」
「あれは黄色くて、これは黒いんですわ〜」
ハブトは金色の毛並みのアニスの犬だ。アニスはその犬をとてもかわいがっている。そして俺をそこに並べたがっている。俺の髪や瞳をオニキスだとアニス・サエモンはよくたとえる。
ギオン・サエモンが空のグラスをメイドのトレーに乗せた。長い指が流れるように新しいグラスを取る。黄色い声こそないが、メイドはそれを潤んだ目で眺めている。
「ローエンに戦いなど無理です。お兄様に比べて弱よわなんですもの」
「ローエンは弱くないよ。あと、俺と比べるものじゃない」
「──キャッ」
と、さっきのメイドが小さく悲鳴をあげた。
俺の隣を過ぎしなに、向こうの男とぶつかったのだ。一瞬の、彼女の驚きにふくらむ顔。トレーから落ちていく細いグラス。
「……、…………えっ? あら? あら??」
メイドの目がパチパチとまたたく。
グラスが何事もなくトレーの上に立っている。
トレーの上から落ちていったはずのグラスだ。
メイドは首を傾げながら去っていった。
「お兄様、聞いてますの〜?」
「……」
ギオン・サエモンと視線がぶつかる。
メイドにも見えず、アニスにはとらえようもなかった俺の動きを、ギオンは見ていたようだった。
「ローエンをアニスに返してください、お兄様ぁん。騎士見習いなど、ローエンには無理です。闘争心なんてものがないんですもの、臆病なの」
「俺はそうは思わないけどね」
ギオンがにやりと笑った。
「それに、俺にはとても挑戦的な目に見えるよ」
そこで来賓の貴族たちがこぞってギオンを取り囲んだのは僥倖で、俺はそのすきにふたりから離れた。アニス・サエモンのヒステリックな声が聞こえる。あれも、一応黄色い悲鳴と言えるのだろうか。
「ローエン」
するとまた声をかけられて、振り向くと、収まりの悪い栗色の髪をふわふわさせた若い男が小走りでやってきた。同僚のカナイだ。俺と同じ叩き上げの従士 。
「ローエン、大丈夫だったか?」
「なにが?」
するとカナイは、なにかを真似て口の周りで手をひらひらさせた。ついでに体をくねらす。どこも似てはいないが、アニス・サエモンのつもりらしい。
「また靴の先を舐めさせられたんじゃないだろうな」
「さすがにこんなとこではしない」
「こんなとこじゃなくても普通はしねえんだよ」
はあーっとカナイは肩を落とした。
「ギオン様も、たったひとりの妹君だから、かわいくて仕方がないのはわかるけど……。でも、もー、お前、記憶もジョーシキもないから怖い。とにかく、なんかあったらすぐオレを呼べよな」
「わかってる」
カナイは俺より年下で十代のおわりだが、奴隷あがりの俺からすると何年もセンパイだ。さっきの無能鑑定の爆笑のなかで、きっとひとり笑わなかったにちがいない俺の同僚。
カナイと酒を求めて人混みを流れていると、今度は突然肩をつかまれた。
「きみ、待ちたまえ」
あの爺鑑定士だった。
爺の割に強い力が俺の肩をみしりと鳴らす。容赦がない、というか礼儀がない。
「その首輪……いや、首のタトゥーはなんだ?」
「これですか」
俺は支給服の黒のハイネックを指した。正確には、ハイネックシャツでほどよく隠れたタトゥーを指した。
首をぐるりと一周する、アニス・サエモンいわく、黒い首輪だ。
「俺は奴隷あがりなので……」
そう言えばだいたいの者は察してくれた。
奴隷も往々にして所有物として《記名》されるからだ。
察してくれないのは子どもかタトゥー屋くらいだろう。もっと見せてとあいつらはしつこい。
驚いたことに、この爺鑑定士も、そいつら寄りだった。食い入るように俺のタトゥーを見ている。シンプルだが茨をモチーフにしたきわめて嗜虐的なデザイン。
「似合ってますか? 前の《ご主人様》は、そう言ってくれたんですけど」
皮肉っぽく言い、逆にタトゥーを見せつける。すると爺ははっとして、やっと良識のリョの字くらいを思い出したのか、「そうか、だったらいい」と首を振った。
(《だったらいい》、じゃねえだろ)
奴隷は家畜と変わらない。焼印じゃないぶん随分人道的だと、この古い鑑定士は思うのかもしれない。
「いや、なに……、そういう呪いがあるものでな。より強力な能力は下位の能力を拒絶する。もしもそれが私の思うようなモノであれば、私の能力は……いや、そんな極位の呪いは奴隷に使うような代物ではない。おぬしの前の主人がそのようなモチーフが好みだったんだろう。良い趣味をしている」
「……ふふっ」
俺が鼻で笑うと、爺は気味悪そうに俺を見た。気味悪いのはどう考えてもヒトを家畜と言い切れるそっち側だと思うんだが。
ちなみに前のご主人様はアニス・サエモンのことではない。
アニス・サエモン、前のご主人様、どちらも俺を所有しようとして、アニスが俺の周りを吠えて回る犬なら、後者は俺にまとわりつく粘液そのもののようなやつだった。
俺に興味をなくした爺鑑定士が何事もなかったかのように去っていく。
それを見送りながらカナイが舌をだした。
『このタトゥー? 前のご主人様の趣味』
と言ったとき、カナイだけはひとり悔しそうに震えてくれた。かけがえのない同僚だ。
「今日は飲もうぜ」
カナイが俺の肩をバシンと叩く。
いつも軽快にたたくくせに、一度だけ強く叩くときは、必ず俺を勇気づける意味がある。
三百年ぶりの勇者誕生にあやかり浴びるほど振る舞われる酒の味に、俺とカナイはキャッキャとケチをつける。
これから何度もこの酒を思い出すことになるとも知らずに。
『親友を殺したツケは払わせる』
鑑定不能の《無能》による絶対不敬の勇者殺し(第1部)
第1部のラストまで一気に更新予定です
よろしくお願いします




