省略名簿は、呼ばれていない名前を帰着済みにできません
黒革帳を開く前に、リディアは白い閲覧台へ三つのものを並べた。
帰着灯の替え芯を三本。未完了欄へ戻すための白札を一束。まだ誰の名も書かれていない呼び出し札を五枚。
「名簿を読む前に、消される名前の置き場所を作ります」
若い書記は唇を結んだ。
「それは王太子府の手順ではありません。省略名簿は、本人名別紙を参照する形式です」
黒革の表紙を開くと、名前ではなく、きれいな分類語だけが並んでいた。
`同行者一括省略。`
`帰着灯不要。`
`未完了欄整理済。`
`本人名、別紙参照。`
ミナが一行を声に出そうとして、途中で止まった。
「読めません。ここには、人の名がありません」
ユアンは替え芯を数え直した。三本では足りなかった。下の欄に、小さな同じ記号が八つ続いている。
「この記号、灯の数ですか」
「いいえ」リディアは首を振った。「灯を消してよい数に見せかけた、帰っていない人の数です」
管理室の奥から、年配の下級係がそっと顔を出した。手には、昨日の夜に返却済みとして束ねられた呼び出し札がある。
「……一枚だけ、名を覚えています。食器棚の水差しを返しに来た子です。別紙では“候補者補助一名”でした。でも、本人はナナと言いました」
書記が慌てて止めた。
「別紙を出すまでは、正式名として扱えません」
「逆です」
リディアは白札を一枚取り、空欄に大きく書いた。
`ナナ。本人名読上げ待ち。帰着灯未確認。`
そして、黒革帳の `候補者補助一名` の横へ、青い線を引いた。保留印はまだ押さない。押す前に、本人名の席を作るためだった。
「別紙を出せない名簿は、完了名簿ではありません。未完了在庫です。物ではなく、人の帰りが未配送です」
下級係の肩が小さく震えた。
「では、ナナの灯は」
「消せません。呼ばれた名が、本人の帰着を確認するまで」
若い書記は長く黙ったあと、自分の筆を取った。リディアの青い線の横に、震える字で一行を足す。
`本人名未読のため、一括省略停止。`
その瞬間、台の端に置いた呼び出し札が一枚だけ、分類語から人の名へ戻った。ナナ、と書かれた白札の下で、替え芯一本が別の皿へ移される。
ユアンは息を吐いた。
「一人分、灯が戻りました」
「一人分だけです」リディアは黒革帳の厚みを見た。「だから、ここからは一行ずつ呼びます」
書記が奥の鍵箱へ手を伸ばした。しかし鍵穴には、リディアの辞表受理印と同じ角度の封緘紙が貼られている。
そこには、小さくこう書かれていた。
`本人名別紙、辞表受理者欄へ統合済。帰着灯不要者、王太子府内滞在扱い。`
リディアは、自分の名がまだどこへ帰されていないのかを、初めて帳の中に見た。




