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辞表を出した王宮翻訳官、翌朝から王国の契約魔法が全部止まりました  作者: 花守りつ


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同行不要欄は、まだ帰っていない人の灯を消せません

王太子府婚約契約管理室の扉は、旧翻訳局より明るかった。


磨かれた廊下の白い灯の下で、銀縁の控えが一枚、リディアたちの前に置かれる。


`七一番移送読了。旧筆頭翻訳官アデル、同行不要。`


管理室の若い書記は、声を低くした。


「同行不要なら、捜索灯も、待機台も、もう閉じられます。本人が来なくても、移送は読了ですから」


リディアは返事より先に、控えの下にある三つの小欄を指でなぞった。


`誰が読んだか。`


`誰が帰りを確認したか。`


`同行しないことで、誰の灯を消すか。`


どれも空白だった。


「不要という言葉は、誰かが安全に帰った後でなければ使えません。ここでは、アデル様が来ないことを、ロウさんを探さなくてよい理由にしています」


ユアンが捜索灯の油札を胸元から出した。昨夜の青い印が、まだ乾ききっていない。


「この灯は、アデル様だけじゃありません。ロウさんの帰り道と、薬湯棚の罰札を朝まで未完了にしておく灯です」


書記が眉を寄せる。


「しかし、管理室規則では、上位職の同行不要欄があれば――」


「その上位職は、誰の帰宅条件を読んでいますか」


ミナが一歩前に出た。彼女は候補者の白札ではなく、自分の名を書いた証人札を管理室の台へ置く。


`同行不要を読んだ者は、消える灯の名前を読むこと。`


続けて、トマが鍵束を台に置いた。


`鍵束移送済み。本人帰着未確認。`


セレンは保管室灯の油皿を、白い廊下の灯の下へ差し出した。


「管理室の灯は綺麗ですね。けれど、この油は棚番用です。捜索灯一晩分を、綺麗な廊下の明るさに混ぜないでください」


リディアは銀縁の控えを破らなかった。破れば、管理室は「異議なしで紛失」と書ける。


代わりに、青い保留印を同行不要欄の上へ押した。


`同行不要は、帰着確認・捜索灯・罰札保留の生活影響明細が付くまで未発効。`


書記の顔色が変わった。


「その形式は、旧翻訳局の町側証人用です。王太子府では――」


「では、王太子府の形式で名前を書いてください」


リディアは空白の責任者欄を示した。


「誰が、ロウさんの灯を消してよいと読んだのか。誰が、アデル様は帰らなくてよいと読んだのか。誰が、薬湯係の罰を本人応答へ戻すのか」


誰も筆を取らなかった。


静かな廊下で、ユアンの捜索灯だけが小さく鳴った。油皿の端に残った火が、白い床へ青い影を作る。


ミナはその影の横に、もう一枚の札を置いた。


`同行しない人の名は、消える灯の横で呼ぶ。`


そのとき、管理室奥の棚から、薄い黒革の綴じ帳がずり落ちた。


表紙には、旧筆頭翻訳官アデルの名ではなく、リディアの辞表受理印と同じ角度の印が押されている。


`婚約契約解除準備 同行者省略名簿。`


リディアは息を吸い、青い保留印を乾かすために手を止めた。


同行不要は、アデルだけの欄ではなかった。


そこには、まだ帰っていない人たちの灯を、まとめて消すための名簿が眠っていた。

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