未完了番号七一は、帰着済みの棚へ鍵を戻せません
旧翻訳局保管室の扉は、開いていなかった。
鍵穴の横に、灰色の小札だけが新しく差されている。
`未完了番号七一。帰着済み棚へ移送可。`
ユアンが息を呑んだ。
「帰着済み棚って、アデル様が帰ってきたって意味ですか」
リディアは首を振り、扉下に置かれた三つの物を指で分けた。古い鍵束、ロウの捜索灯に付いていた油札、そして薬湯棚の罰札から外された細い紐。
「棚へ戻った鍵は読めます。でも、アデル様の足音は読めません。ロウさんの灯が消えてよいかも、薬湯係の罰が本人応答になるかも、ここには書いてありません」
ミナは膝をつき、低い台に白札を三枚並べた。
一枚目に、`鍵束到着。本人帰着未確認`。
二枚目に、`捜索灯油、一晩分を棚戻し禁止`。
三枚目に、`薬湯罰札、未完了番号へ合算不可`。
トマが鍵束を持ち上げ、古い革紐の結び目を見た。
「これ、返納箱の紐じゃない。候補者控室の帰路札束を留めてた予備紐です。鍵だけ帰ったことにしたいなら、紐は替えない」
老書庫番のセレンが、廊下の端から油皿を一つ運んできた。
「保管室灯は、棚番の灯りです。捜索灯へ渡した分まで、戻した扱いにされると困ります」
彼女は油皿の縁に、夜勤用の細い刻みを爪で示した。半分だけ減っている。ロウを探すために使った灯で、棚を照らした記録ではなかった。
ミナは四枚目の白札を足した。
`保管室灯と捜索灯を同じ油で済みにしない。`
「なら、鍵の帰着と、人の帰着を同じ棚に入れないでください」
リディアは灰色札を破らず、青い保留印を重ねた。
`未完了番号七一は、鍵・灯・罰・本人名を同時に帰着済みにしない。`
その下に、ユアンが自分の名で小さく書く。
`ロウ捜索灯、今夜も点灯。`
薬湯係の少年は、罰札の紐を胸の前で握りしめたまま、次の行へ震える字を置いた。
`罰ではなく、未応答の証拠として残す。`
扉の向こうで、棚の錠が一度だけ鳴った。
開いたわけではない。ただ、奥から差し出された薄い移動控えの端に、赤い角印が見えた。
`王太子府婚約契約管理室 七一番移送読了。`
リディアはその角印より先に、余白の一行を読んだ。
`旧筆頭翻訳官アデル、同行不要。`
「不要ではありません」
彼女は扉前の低い台を、棚ではなく待機場所として残した。
鍵束は戻さない。灯も消さない。罰札も閉じない。
まだ帰っていない人の名を呼べる高さで、未完了番号七一は青く留まった。




