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辞表を出した王宮翻訳官、翌朝から王国の契約魔法が全部止まりました  作者: 花守りつ


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昨日付け応答済みは、内側から鳴った一音を消せません

聖女院面会廊下の扉の前で、リディアは返戻札の角を指で押さえた。


 札には、きれいな朱でこう書かれている。


『昨日第六刻、本人応答済み。本人確認不要により処理』


 下働きのリナが、小さく首を振った。


「違います。鳴ったのは、今日です。今日の第三刻半、内側から、一度だけ」


 廊下の端で、薬湯盆の湯気はもう白くなかった。水杯の縁には、指が触れた跡がない。扉の呼び鈴紐だけが、昨日から積もった薄い埃を、途中で一筋だけ切っていた。


 リディアは札を裏返し、青い保留印を置く。


「応答とは、上の表に時刻が入ることではありません。本人の側へ、水と薬湯と呼び鈴が届いた時刻です」


 王太子府の書記官が眉を寄せた。


「応答済みなら、面会の処理は閉じられます。昨日付けでよいと、標準時刻表にも——」


「標準時刻表は、喉の渇きを昨日へ戻せません」


 リディアは水杯を持ち上げた。杯の底には、乾いた丸い跡が残っている。昨日置かれたまま、一度も傾かなかった証拠だった。


「リナさん。あなたが戻した回数を、ここへ」


 リナの手は震えていた。それでも彼女は返戻札の余白に、細い字を書いた。


『今日第三刻半。水杯未到達。薬湯冷却。内側から一音。リナ確認』


 ミナが隣に立ち、もう一行を足す。


『声を出せない時間は、応答済みではありません。候補者同意欄で同じ補完を受けた者として証言します』


 扉の内側で、また小さな金属音がした。


 一度きりではない。


 今度は、二度。


 廊下の空気が止まる。書記官の顔から色が引いた。


 リディアは扉へ向かって、水杯を差し出せる位置まで盆を動かした。ただし、札は閉じない。青い保留印の横へ、新しい欄名を書き足す。


『本人側到達時刻確認待ち』


「この水は、昨日の処理には入れません。今、届くまで待ちます」


 扉の下から、細い紙片が滑り出た。


 震えた筆跡で、ただ一文字。


『水』


 リナが息をのみ、ミナが唇を結んだ。リディアは紙片を犯人欄へ運ばない。青い保留印の下、本人側到達時刻の最初の証拠として、杯の影にそっと置いた。


 その瞬間、書記官の袖から別の紙が落ちた。


 王太子府標準時刻表写し。


 そこには、今日の第三刻半より一刻早く、すでに『聖女院面会廊下、全応答済みへ繰上げ』と記されていた。


 リディアは目を伏せず、写しの端を押さえる。


「次は、この繰上げ表が、誰の水と声を先に閉じたのかを読みます」

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