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辞表を出した王宮翻訳官、翌朝から王国の契約魔法が全部止まりました  作者: 花守りつ


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候補者同意欄の声補完番号は、聖女の空席を読了済みにできません

聖女院の面会廊下には、扉に向けて置かれた長椅子が一つだけあった。


 呼び鈴の紐は高い位置で結ばれ、椅子の前には白い札が伏せられている。リディアが札を返すと、薄い筆でこう書かれていた。


『聖女エルミア様、沈黙中につき面会辞退。本人署名欄は声補完第三七号により読了扱い』


 ミナが息を止めた。つい先ほど、自分の候補者同意欄に押されていた番号と同じだった。


「本人が出てこないなら、辞退です」


 面会係は事務的に言った。


「辞退なら、空白欄は管理室で補完できます。聖女様は祈祷中で、声を出されませんから」


「声を出さないことと、読んだことは別です」


 リディアは札を机に戻さず、扉の横の細い棚へ置いた。棚には未開封の封筒が一通だけあり、封蝋には同じ第三七号の角印が押されている。


「この封筒は、エルミア様の手に届きましたか」


「面会室前まで届いています」


「扉の向こうで、本人が読める場所に置かれましたか」


 面会係は黙った。


「読まないと本人が決めたのですか。読めない状態なのですか。同席者を求める欄は確認しましたか。返答なしを辞退に写す前に、呼び鈴は鳴らされましたか」


 廊下が静かになった。


 リディアは長椅子を扉の正面から少し横へずらした。尋問する席ではなく、誰かが出てきた時に隣へ座れる席にするためだ。


 ユアンが灯を近づけ、ロウが呼び鈴の紐を低い位置へ結び直す。マルクは封筒へ手を伸ばしかけた面会係を止め、未開封のまま透明な保全袋へ入れた。


「開けないのですか」


「開けた瞬間に、読了にされます。いま守るのは中身ではなく、まだ誰の目にも届いていない事実です」


 ミナが小さな青札を一枚取った。昨日までなら、彼女は自分の欄を守るだけで精一杯だった。けれど今日は、震える指で別の名のために書いた。


『来ていない人の沈黙を、私の同意欄の代わりに使わないでください。ミナ・リオル、候補者同意欄未読経験者』


 その青札を、ミナはエルミアの空席札の横に置いた。


 リディアは町側証人印を押す。


「分類を変えます。声補完第三七号。エルミア本人署名欄控えは、本人読了済みではなく、本人到達未確認。空席は辞退ではありません。沈黙は署名ではありません。面会不能時も、本人は同席者を求める権利を失いません」


 ロウが呼び鈴の紐に青い布を結んだ。


『本人呼出鈴。返答なしを辞退へ転記する前に、同席要求欄を確認すること』


 ユアンは砂時計を置いた。


『半刻待機。未読・保留・拒否・同席要求を分けること』


 面会係の筆が止まる。辞退処理欄へ伸びていた黒線は、青札の前で途切れた。


「聖女様をかばうのですか」


「いいえ」


 リディアは封筒の端を灯へ透かした。封蝋の下に、さらに薄い事務印が沈んでいる。


『面会前処理済。祈祷中につき本人確認不要』


 その下には、もっと薄い三つの空欄が残っていた。


『同席者欄、空白。立会要求、未確認。面会札到達時刻、未記入』


「エルミア様が出てこない理由は、まだ本人の沈黙とは読めません」


 リディアがそう言うと、廊下の奥から小さな金具の音がした。


 誰かが扉を叩いた音ではない。


 青札を結ばれた呼び鈴が、まだ一度も鳴らされていなかったと、紐の埃が答えただけだった。

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