表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辞表を出した王宮翻訳官、翌朝から王国の契約魔法が全部止まりました  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/73

聖女院搬入口帳は、候補者の声を荷受け封蝋にしてはいけません

聖女院の搬入口は、礼拝堂の白い石とは違う匂いがした。


赤土を踏んだ荷車の轍。藁くずの混じった外套洗い桶。夜食籠を戻すための低い棚。裏口門灯の油皿。その横に、半日賃金札を紐で束ねた小さな箱が置かれている。


リディアが青札を持ってそこへ着いたとき、搬入口帳の上には赤い封蝋が一粒、押し潰されていた。


聖女院の帳簿係が、薄い声で言う。


「荷受け封蝋がある。聖女院は受け取った。候補者本人、または同伴者が搬入口を通った扱いで足りるはずです」


その一文で、黒髪候補者の声も、エルミアの名も、搬入口の荷の中へ押し込まれかけた。


荷役見習いの少年が、半日賃金札の箱の前で固まっている。彼の名はリオ。昨日、赤土のついた籠を受けた者として、帳面の端に小さく書かれていた。


「ぼくが受けたなら、人も受けたことになるんですか」


リオは喉を鳴らした。


「籠と、外套包みだけです。人の声は、聞いていません。名前を呼ばれた人も、返事をした人も、見ていません」


帳簿係はすぐに筆を動かそうとした。


「ならば、荷受け不備だ。半日賃金は差し止め――」


「止めません」


リディアは搬入口帳の上へ、青い線を引いた。


「荷が届いたことは、人が声を出して到着したことではありません。荷受け封蝋は、籠と外套包みがここへ来た印です。黒髪候補者がここで名を呼ばれ、返事をし、夜食籠を本人として受けた印ではありません」


サラが呼名帳を開く。雨で波打った紙の上に、まだ返事のない空白が残っていた。


「搬入口でも、この方の名は呼ばれていません。呼ばれていないなら、宿舎呼名未到達のままです」


ミナはエルミアの略号E写しを見て、唇を噛んだ。それから、自分の夜食札を赤い封蝋の横へ置く。


「エルミア様の名も、声ではなく封蝋で届いたなら、まだ犯人欄には書けません。黒髪候補者と同じ、本人未読の名として保留します」


リオの肩が震えた。


リディアは彼の前へ、細い証言札を差し出した。


「あなたが書くのは、誰を受け取ったかではありません。何を見て、何を見ていないかです」


リオはぎこちなく筆を持った。


『荷役見習いリオ。赤い封蝋つき夜食籠一、外套包み一を受領。人の声・本人返事・同伴者確認なし。人物受領責任者へ転記不可』


最後の字が震えた。けれど、彼は自分の名を書いた。


リディアはその下へもう一枚、青札を置く。


『荷受け封蝋あり。本人到達未確認。黒髪候補者およびエルミア名を本人同伴欄へ転記不可。荷役見習いの半日賃金は、証言を理由に差し止め不可』


外套洗い桶の前にいた見習い少女が、そっと息を吐いた。


「洗い桶へ入れる前、外套にはこの荷札が結ばれていました。洗わなかったことも、書いていいですか」


「書いてください。洗わなかった怠慢ではなく、荷と人を分ける証拠保全です」


赤土、藁くず、夜食籠、外套包み、半日賃金札。


それぞれが、ようやく一つの言葉へ押し潰されずに机の上へ戻ってきた。搬入口帳は、候補者の声を荷にする帳面ではなくなった。


帳簿係は赤い封蝋を睨む。


「では、この封蝋番号は何だと言うのです」


トマが、搬入口帳の下から薄い控えを引き出した。


「同じ番号があります。候補者控室じゃない」


紙の端に、灰で汚れた親指の跡がある。


『聖女院裏台所 灰捨て帳』


リディアは封蝋を剥がさず、青い糸で帳面へ留めた。


「次に読むのは、誰が犯人かではありません」


赤い番号は、外套洗い桶の水面に小さく映っている。


「人の声を荷にしたあと、誰がそれを灰へ捨てようとしたのかです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ