⑧私の「家族」。パート1
なんて洗礼かしら?
202号室の中に入って思いました。
廊下を渡って直ぐのリビングルームの床には様々な物が散乱しています。
でも不思議と歩くのに不自由しません。
足の踏み場が小さな水たまりのようにできています。
そこを渡って行くと大抵の目的地に着くことが出来ました。
お手洗いの前まで、各部屋のドアの前まで、キッチンのガスコンロやシンクの前まで。
人が行く所に道はできるのね。
私は変なところで感動してしまいました。
まずお皿を洗わなくちゃ。
人生は「食事」から始まるのよ。
赤ちゃん見てみなさい。
泣いてばかりじゃ生きて行かれないから
ミルクを飲むわ。
それと同じ。
炊事場を整え火をおこし
お腹を満たし、人は歩きだす。
狩に行くにしろ
オフィスに行くにしろ。
それに何かしていないと
緊張でどうにかなりそうだわ。
私の買った「夫」はとても素敵な人でした。
年甲斐もなくドキドキしてしまいます。
目が合うと
何を話していいか頭が真っ白になるので
左脳ばかりが働きついついしゃべり過ぎてしまいました。
子どもたちも申し分ありません。
利発そうな一に輝やく一輝お兄ちゃん。
よく考え一歩引いて私と関わって来る印象でした。
シャイボーイなのね。
言葉数が少なく、それがまた思慮深く感じさせていました。
お兄ちゃんの目は私によく似ています。
とても嬉しいわ。
そして旬くん。
キュートアグレッションを起こしてしまいそうです。
旬という漢字も栄養士の私には好ましく感じられました。
「旬」は人を元気にしてくれますから。
この世界は本来よく出来ているんでしょう。
一生物である「ヒト」は「旬」の食物とともに生きているんだと思います。
旬くんは私をママではなくおばちゃんと呼びます。
そして自分のママは死んじゃったと教えてくれました。
私の買った「夫」や「一輝お兄ちゃん」は
きちんと私向けに調整されています。
「旬くん」はまだ幼いし調整が難しかったのでしょう。
どこから連れてこられ
どのように商品として調整されているとか
私が気に病むことじゃない。
1億円も出したのよ。
あれこれ詮索したら損。
煩しいことは1億円で全て免除されたわ。
買った「家族」を楽しまなくては。
旬君に何を言われても私は平気。
だって可愛いもの。
こんなに大きな大福餅ほっぺの可愛い旬君。
お顔もお目目もまん丸。
出会ってしまったら手離せないわ。
「家族」は昨日、檜洞丸を縦走したと銀縁さんから聞いていました。
私は剱岳をテーマにした山岳小説がきっかけで
山の本をよく読んでいた時期があります。
ですから山について多少の知識がありました。
栄養士ですから当然、
行動食)や下山飯について興味がいきます。
どの本も楽しく読ませてもらいました。
そして実際に山を登ったりはしませんでしたが
小説に出て来る山の地図を眺めて色々と想像したものです。
品のある八ヶ岳、絵のような富士山を愛でる丹沢、切り立ち雄々(おお)しい北アルプス、花咲き艶やかな南アルプス。
まるで山それぞれに人格が存在するかのように感じときめきました。
下山飯について聞いたついでに
好き嫌いについても聞いてみました。
パパはインゲンが嫌い。
野菜は食べるのにインゲンだけどうしても無理なんて。
食感かしら。
お兄ちゃんはヨーグルトが苦手。
匂いダメなんですって。
旬君は野菜がぜーんぶイヤ。
断固として言っていたから
食べさせようとしたら手強そうね。
家を片付けた後、
私は生まれて初めてマックに行きました。
ハンバーガーのいい匂い、紙袋の音、
ハッピーセットについてくるおもちゃ。
パパとママが笑って
2人の子どもは目を輝かしている。
子どもの頃、テレビCMで見た憧れの世界です。
パパとお兄ちゃんは二段重ねのバーガーとサラダ、飲み物はそれぞれアイスコーヒーとコーラ。
旬くんはハッピーセット。
私もハッピーセット。
おまけのミニカーがほしいと旬くんにせがまれたんです。
パパは健康アプリに食べたものを記録していました。
ジムにも通っているみたいだからセルフコントロールはバッチリ。
やっぱり山に登る男は違うわね。
お兄ちゃんも野菜好き。
子どもが好きなフライドポテトではなくサラダを選択したとき感動を覚えてしまいました。
2人の食生活には問題がなさそう。
問題は旬くんね。
セットはサラダではなくフライドポテト。
自分のハンバーガーにレタスとトマトが挟んでいないか確かめてから食べていました。
これは指導してあげなくてはいけない。
でもバンズをそっとはずす仕草があまりにも可愛くて今回は許します。
旬くんが食べるものが気になって
私もセットはフライドポテトにしました。
塩味が利いていておいしい。
「ポテト時間が経つと不味くなるよ。」
お兄ちゃんが教えてくれました。
出来たてマジックね。
初めてきたマックは家族と楽しい時間を過ごせるお店でした。
昼食がすむと子どもたちは公園へ。
私とパパは買い出しへ。
パパがクレジットカードで支払い
パパが買い物袋を持ってくれました。
また年甲斐もなくキュンときます。
「ありがとう。」
「うん、ああ。」
何でもないことのように返事が返ってきました。
幸せだわ。
やぁね。
人に何かをやってもらった瞬間に「幸せ」を感じるなんて。
でもいいの。
1億円も支払ったのだから
どこでどう「幸せ」を感じようと私の勝手。




