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⑦サリバンが来た。パート1

朝(あさ)の9:00、家のピンポンが鳴(な)り茶番(ちゃばん)が始まった。


「おかえり。」と声(こえ)を掛(か)けたら女はさも当(あ)たり前のように家(いえ)に入って来る。


昨日、家に着いたのは夜(よる)の23:00。

それからシャワーを浴(あ)び直(す)ぐ寝て、

起きたのはさっきだ。


1週間分(しゅうかんぶん)の後片付(あとかたづ)けを何もしないで檜洞丸(ひのきぼらまる)を縦走(じゅうそう)しに行った。


部屋の中は凄(すさ)まじい状態である。


足の踏(ふ)み場(ば)は点(てん)点(てん)とあるが

あるだけで物は散乱(さんらん)しゴチャゴチャだ。


廊下(ろうか)を渡(わた)りリビングに来て女は動きを止める。


特に何も言わずに冷蔵庫(れいぞうこ)のマグネットに引っかかっているエプロンを付けるとシンクの皿(さら)を洗(あら)い始めた。


「昨日の山どうでしたか?

檜洞丸(ひのきぼらまる)の縦走(じゅうそう)はずいぶん距離(きょり)があるはずです。

子どもたちもよく歩きました。

下山飯(げざんめし)は何を食べたのかしら?」


皿を濯(すす)ぎチャッチャと振り、

皿カゴに並べながら聞いてきた。


俺みたいにあの山ガール2人に言いくるめられてはいるんだろう。


それにしたって躊躇(ためら)いがなさすぎるのがスゲェ

よな。


いや「おばさん」ってどれもこんな感じか。

怖(こわ)いもんがない。


と同時(どうじ)に

こいつ山のこと知ってるのか。

と思った。


「生姜(しょうが)焼きと山賊(さんぞく)焼きだったよ。

一輝(かずき)は俺より飯食ってた。な。」

長男に声を掛(か)ける。

「うん、めっちゃ食べた。うまかった。」

長男が応(おう)じる。


「添(そ)えのキャベツも食べましたか。

日差(ひざ)しをたくさん浴(あ)びたでしょう。

ビタミンCをキャベツで補(おぎな)うと安心だわ。

ビタミンC添加(てんか)のレモンジュースなんかも手軽(てがる)でおすすめですが糖分(とうぶん)が余計(よけい)かも知れません。」


小(こ)うるせぇな。


「よかったね。」


それだけでいい。

長男も俺と同じ事を思っている顔だった。


「僕、キャベツ残(のこ)したぁ。嫌(きら)いだもん。

ジュースなら飲む。パパ買って。」

次男は女の言葉(ことば)に元気よく反応(はんのう)している。


「朝食(ちょうしょく)は何を食べますか。

起きたばかりの様(よう)ですけど。」


「俺はBCCA飲んだからちょっといいや。」

女はちょっと眉(まゆ)をひそめる。

しかし俺が持っているシェイカーを見て了解(りょうかい)した様(よう)だった。


「正しくはBCAA。分岐鎖(ぶんきさ)アミノ酸(さん)。

朝食に飲むのは最適(さいてき)です。なぜなら…。」

と俺のプロテインの解説(かいせつ)を始めた。


こいつモテねぇわ。


「僕お腹(なか)空(す)いたからサクサク食べる。」

次男が言う。

「サクサク?」

「コーンフレークのこと。」

長男が教える。


「なるほど、

歯触(はざわ)りからサクサクね。

素敵(すてき)な感性(かんせい)です。」

女は勝手(かって)に感動(かんどう)している。


長男が俺を見る。

俺は肩(かた)をすくめる。


次男は

「おばちゃん早く牛乳(ぎゅうにゅう)入れて。」

と女を急(せ)かしていた。


次男は昨日の飯屋(めしや)から今朝(けさ)まで

一度も起きずぐっすり寝ていた。


朝(あさ)起き掛(が)けにシッターさんが来るから「ママ」と呼(よ)べと言った。


「なんで。」

と聞いてきた。


「そうすると料金(りょうきん)が安(やす)くなるの。」

と長男がしれっと言うと

「わかった。」

と納得(なっとく)する。


次男は俺より長男の言うこと聞(き)く。

 

長男は4月生まれで身体(からだ)も大きくなんでも良く出来る。

クラスメイトからも一目(いちもく)置かれていた。

そんな兄だから誇(ほこ)らしくもあり

信頼(しんらい)を置いているのだろう。


次男は「ママ」と始めは言っていたが

すぐに女のことはおばちゃんと言う様(よう)になる。


小柄(こがら)で丸顔(まるがお)、黒目(くろめ)がちな次男が女は可愛(かわ)くて仕方(しかた)ないらしく

「おばちゃん、いつまでここにいるの?」と言われようが

「ママは死んだよ。おばちゃんママじゃないよ。」

と言われようが

「そうね、そうね。」

と言うだけで始終(しじゅう)、微笑(ほほえ)んでいる。


しかし自分の一人称(いちにんしょう)は「ママ」を貫(つらぬ)き通す。


次男は俺に似て可愛(かわい)いからな。

何だってよくなるんだろ。


「すごいね、なんか会話(かいわ)ギリギリ噛(か)み合ってるみたいじゃん。」

女と次男の会話(かいわ)を聞いていた長男が感心(かんしん)している。


「確(たし)かにすげぇ。あのおばさん頭(あたま)おかしいよな。」

俺が言うとあははと長男が笑(わら)う。


長男が声(こえ)を出して笑ったのを久(ひさ)しぶりに見た。


笑う涼(すず)やな目。

死んだ妻にそっくりだった。


そんな長男が呟(つぶや)く。

「食べ物にうるさいサリバン先生みたい。」


俺は元(もと)ネタがわからず検索(けんさく)する。


「実在(じつざい)した人物、ヘレンケラーの献身的(けんしんてき)な家庭教師(かていきょうし)」

略歴(りゃくれく)を読む。


なるほどね。

これからあのおばさんはサリバンだな。


サリバンは子どもたちに「サクサク」を食べさせ歯を磨(みが)くよう急(せ)かすと部屋の掃除(そうじ)にかかる。


床(ゆか)に落ちているものをランドセル以外(いがい)ゴミ袋(ぶくろ)に詰(つ)め込(こ)み始めた。


「おいおい、いるものもあるから待ってくれ。」

慌てて言うがサリバンはお構(かま)いなしである。


「この雑多(ざった)な堆積物(たいせきぶつ)から再度利用(さいどりよう)するものが出てくる可能性(かのうせい)は低(ひく)いでしょう?

仮(かり)にあったとしてもそのときに買ってしまった方が多少(たしょう)コストがかかってもウエルビーイングは良くなるはず。」


こいつ本当(ほんとう)に全部(ぜんぶ)捨てる気だ。

仕方(しかた)ない。

俺も手伝(てつだ)うか。


歯を磨(みが)いた長男と次男はテレビ画面(がめん)でゲームをしているようだ。

ワーワー言いながら盛(も)り上がっている。


家(いえ)の中がだいぶ片付(かたづ)いた頃(ころ)には昼(ひる)になっていた。


子どもたちのリクエストで昼飯(ひるめし)はマックに行く。


サリバンは初(はじ)めて行くという。

初(はじ)めてのマックでサリバンはハッピーセットを注文していた。

おまけのミニカーがほしい次男にせがまれ即決(そっけつ)したらしい。


マックから出ると子どもたちはそのまま公園(こうえん)へ。


「4時までに戻れよ。

塾(じゅく)のテスト直しがあるからな。」

俺が言うと長男は後(うし)ろを向いたまま

「オッケー。」

と返事(へんじ)をして次男とかけて行った。

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