⑤檜洞丸(ヒノキボラマル)の縦走(ジュウソウ)。
午前4:00。
スマホのアラームが鳴る。
ちゃんと登頂できたら
檜洞丸の山バッジがほしいと次男が言っていた。
バッジを売っている西丹沢ビジターセンターは17:00に閉まる。
それまでに下ってしまいたい。
まあ、バッジ云云の前に
暗くなったら危険だしな。
午前7:00には登り始めていたかった。
仕事で疲れ、
昨日出来なかった山の準備をする。
リュックサックを背負うのは俺だけだ。
長男と次男にバテられては面倒になる。
何よりも俺に付き合ってもらっている形だ。
だから何も持たずにただ山を楽しんでもらいたい。
持ち物のチェックが終わり
寝ぼけ眼の長男と次男をライズに押し込んで出発。
何だかんだで午前6:00。
1時間遅れの出発となった。
「パパさん、たくさん荷物背負っているのに身軽に登ってすごいですね!」
若い女連れ二人が声を掛けて来た。
20代前半だろう。
一人は黒髪のミディアムボブで
もう一人は少し明るい髪をユルくフワッと束ねている。
登り始めは後ろにいた垢抜けた山ガール2人。
登って行くうちに俺たち3人が追い抜かれる。
しばらくしてこちらがまた山ガール2人を追い抜く。
そんなことを何度か繰り返す。
少し道幅が広くなったところで休憩のタイミングが一緒になる。
その時に話しかけられたのだ。
若い女の二人連れが山で男に話しかけてくるなんてまずない。
なんだこいつら?
一瞬警戒したが息子たちがいるからかと思い直す。
ミディアムボブは加奈子、
ユルくフワッとと髪を束ねた方はミイナと名乗る。。
次男は人懐っこく2人と直ぐ打ち解けた。
行動食のお菓子を交換したりしている。
「ぼくコアラのマーチだよ。
チョコだけどコアラの中に入っているから溶けても手につかないんだよ。」
次男は俺が教えたことを山ガールたちに得意げに教えていた。
「すごぉい。君、頭いいね!」
山ガールたちが大げさに褒める。
次男は褒められたのが嬉しいらしく鼻の穴が開きフンフンしていた。
男って単純だよな。
騙されるな、次男。
それは社交辞令だ。
「お兄ちゃんもどうぞ。」
山ガールたちは長男も輪に入れていく。
長男は「ありがと。」とボソッと言うだけで愛想がない。
そうだ。お前はそれでいい。冷静だ。
同じルートだから9時間一緒に登り一緒に下ることになる。
途中、息子たちのペースが崩れたり山ガールたちの靴紐がほどけたりした。
その度に「先に行って下さい。」、「お先にどうぞ。」と何度か離れたが
結局同じパーティーにおさまっていった。
「檜洞丸」という地名を
脈絡がなさすぎて覚えられないという話を俺がすると
山ガールたちがケラケラ笑う。
楽しそうな笑い声につられて次男が笑い出す。
長男もさっきの仏頂面は消えてクスクス笑っている。
次男「ヒノキ?」
加奈子「ボラ?」
ミイナ「マル!」
延延とこれを繰り返し始めイヤでも覚えてしまった。
いつの間にか次男はミイナと手をつないでいて
長男は加奈子と小学校あるあるで盛り上がっている。
悪くない登山だ。
「いたぁい。この草イジワル。」
ミイナが叫ぶ。
なんだ?
見ると
アロエみたいな形をした草に刺されたらしかった。
「私には棘があります。」
いかにも攻撃的な姿。
葉の裏にまで念入りに棘が生えている。
「やだ、見た目もイジワルじゃない。
職場のイジワル女にそっくり。」
加奈子が口を曲げて言うから笑ってしまった。
俺の会社にもいるな。
この草みたいなトゲトゲした女。
いつのまにかこの草を「イジワルそう」と呼ぶようになる。
陽を浴びるための進化だろう。
人が通ると道ができる。
道ができたところには草は生えない。
「イジワルそう」は陽をたくさん浴びたくて
草が生えない人が通る道に生え始める。
人に踏まれたくないから
人が避けていくように
トゲトゲしくなっていったんだろう。
たくさん陽を浴びれていいだろうが
こんなに嫌われるのもどうなんだ。
気にしないか。
草だもんな。
それからイジワルそうを見つけると
長男と次男は
「トゲトゲッ、トゲトゲッ!」
と変な声で山ガールたちに知らせるようになった。
山頂ではこのパーティーで各自カップラーメンを作って食べることになる。
俺の使っているガスバーナーと山ガールたちが使っているガスバーナーが同じメーカーで話が弾む。
山ガールたちは夏はスキューバダイビング、冬はスノボとアウトドア派。
登山はなんかちょっと知的かもと思って最近始めたそうだ。
そうこうしているとお湯が沸く。
長男は定番のシーフードヌードル、
次男は米タイプのミラノ風ドリア、
俺はプロテインが入ったいわゆる完全飯と言われるヌードル。
山ガールたちはアジアンヌードル。
妻もよく食べていた酸っぱ辛いヌードルだ。
女ってなんでああいうの好きなんだろうな。
「ママは今日お家?」
ミイナが聞く。
「ママはちょっと前に死んだ。」
長男が機械的に答えた。
「ママ死んでから大変なんだよ。
家の中グッチャグチャ。」
次男はそう言うと「ママ」と涙ぐむ。
「あっごめんね。」
ミイナは慌てて言い俺の方を見て
「すみません。」と頭を下げた。
「ちょっと!」
と加奈子がミイナをつつく。
「はは、こちらこそ息子たちにかまってもらって。
おかげでいい気分転換ですよ。」
俺は次男の頭をポンポンと叩いて言った。
間の悪い女だな。
これからの下山が辛気臭くなるじゃないか。
しんみりしてしまったが下山のコースは岩場や鎖場が初っ端にあり皆そちらに集中していく。
富士山と対面しながらの下山ルートは絶景かな絶景かな。
一気に心を奪われていく。
先程の会話など忘れていった。
美しい風景に圧倒され
長距離歩行で疲労が出て来たこともあって
下山の途中から会話が減る。
若い山ガール達も体力があるとはいえそこそこ堪えていた。
長男はいつも通りのペースで黙黙と歩き
次男は終盤ウトウト眠りながら歩き
17:00皆無事下山した。




