④妻を突然亡くした男
さて、困った。
妻が死んで2ヶ月が過ぎた。
動脈瘤の破裂。
救急車で運ばれたが病院に着く前に死亡。
あれから大変だった。
病院で死んでいないから
警察が来た。
保険関係など形式的に聞かれる。
規則なのはわかるが
腑が煮え繰り返った。
こっちは妻が死んだんだ。
ふざけんなよ。
葬式がすみ、親戚や友だちが入れ替わり立ち替わり来た。
あまり覚えていない。
少し落ち着き、日常に戻り始めた。
子どもたちは学校へ。
俺は仕事。
長男は小学4年。
次男は小学2年。
まだまだ母親が恋しい頃だ。
長男は「俺がしっかりしないとママが悲しむから。」
と泣くのを堪える。
次男は「僕もママの所に行きたい。」と泣く。
俺が支えてやらないと。
残業なしで帰る日が続く。
妻の母親は遠方に住み認知症の傾向が見えた。
父親は亡くなっている。
自分の両親には頼る気はサラサラない。
上手くいかなくなるのは目に見えていた。
父親も母親もそれは承知でいる。
心配はしてくれているが
向こうから積極的には関わってこない。
俺なら一人でも息子二人を育てられる自信はある。
が、やはりハードだ。
煩わしくて人間に相談する気になれずAIに相談する。
俺を労る教科書通りのような言葉が返ってくる。
そんなものは役に立たない。
今ははっきりとした解決策がほしい。
AIは俺の意図を汲んだかのように続ける。
「何らかの『助け』が必要でしょう。」
家事代行、ベビーシッター、俺でも思いつく。
毎月いくらだ?
誰かにやってもらいたいがそこに金を掛けたくない。
教育費だってある。
中学受験の塾がバカ高い。
長男はやる気になっていて今更辞めさせるのは酷すぎる。
二馬力が俺だけになったのは正直痛かった。
食事は何とでもなる。
死んだ妻は料理はする方じゃなかった。
掃除、洗濯だって極限まで汚くしても俺と息子たちは大丈夫だ。
週末まとめてやればいい。
と思っていたが
週末やればいいは当てが外れた。
俺たち3人は休みになると家にいない。
どこかしらの山に登る。
仕事のある日は仕事で気が紛れる。
しかし休みの日は現実と向き合うことになる。
息子たちを連れて山に行かないと気が狂う気がした。
だから家の中は片付かない。
足の踏み場がないほどだ。
いや、足の踏み場は点在している。
そこを足がかりに歩くから困らなくなる。
それで余計片付けない。
キッチンのシンクは見たくもなかった。
さすがに限界だ。
AIは次々と提案してくる。
「お子さんの理解を充分に得た上で再婚を検討してもいいでしょう。」
AIのくせに月並みだ。
どこから調達すればいい?
出会って関係を深めて
子どもたちが懐いて
そんな正統派は気が遠くなる。
子育てパートナー、
注文 当日 郵送 翌日着。
到着後 即使用可。
なんてな。
2段ベッドから息子たちの寝息が聞こえて来る。
取り敢えず家事代行は頼むしかないだろう。
俺も寝るか。
明日は午前4:00起きだ。
檜洞丸を縦走する。
ツツジ新道入り口から入り、ゴーラ沢出合、展望台を経てツツジ新道、檜洞丸。
青ヶ岳山荘では長男にコーラを買う約束をしている。
次男はポカリにするか悩んでいるそうだ。
下山ルートは熊笹ノ峰から大笄、小笄、犬越路、用木沢出合、東沢林道起点、ツツジ新道入り口。
俺は一人で縦走したことがある。
下山時に対面する富士山が圧巻だった。
子どもの足で9時間くらいか。
長男の塾が金曜日に振替になったから組むことができたルートだ。
小学2年の次男が少し心配だが最悪の場合、
荷物を置いて俺が肩車すればいい。
小学4年の長男は大丈夫だ。
あいつは自分のペース配分をよくわかっている。
山を始めたのは長男が生まれた後。
丁度アウトドアブームが来ていた。
子どもも出来たしなとブームに乗る。
そんなファミリーキャンプから始まった。
テントをそろえたりするうちに登山について興味を持つ。
初めて登った八ヶ岳がきっかけでやみつきになる。
登山が趣味だと言うと昔の知り合いからは驚かれた。
「あのチャラチャラしてたお前が?」
1番驚いているのは俺自身だな。
まさかこんなにはまるとは思わなかった。
妻が生きている頃は1人で登っていた。
平日だったら有給を取る。
休みの日だったら登ろうと思う山を決め、その近くのキャンプ場を探す。
妻と子どもたちは1日中そこの近くの川や天然のアスレチックで遊び、俺は山に行く。
「山男に惚れるんじゃなかったわ。
母さんの言う通り。」
妻の口ぐせ。
妻の父親も山に登る男だったから
俺が山を登ることに理解はあった。
しかし大賛成というわけではない。
きっと妻の母親もそうだったのだろう。
妻はよく俺が山の準備をする度にリュックをのぞいたりしながら
「あなたの好物は飯盒飯なんでしょ。
飯盒が入ってないわ。」
とからかってきた。
どうやら山男を歌った昭和歌謡があるらしい。
そこの歌詞に
「山男の好物は山の便りと飯盒飯」
というくだりがあり妻の母親がよく歌っていたそうだ。
「飯盒なんて重たくて持っていくやついねぇよ。」
妻は笑う。
「あなたが楽しそうにしていると何だか私も楽しい。」
嘘ではなかったと思う。
実際、登山を趣味にしている俺を周りに控えめながら自慢していたのを知っている。
ただ「冬の剱岳に登る。」と言ったときは茶碗が飛んできた。
言わずと知れた名峰、剱岳。
妻の父親は大学時代に登頂している。
まあ、次男が生まれたばかりだったしな。
茶碗を投げつける妻の気持ちもわかる。
剱岳は子どもが巣立ってからと約束させられた。
先に死んだのはお前だったけどな。




