③「幸せ」=「家族」=1億円
「幸せを買いませんか。」
と声をかけてきたのは銀縁眼鏡を掛けた銀行員風の男でした。
そう、私の担当になる銀縁さんです。
立派な名刺を渡され、「資産をお持ちの特別な方」にしかお声がけしないと言われました。
私は何かのリストに載ったのかしら?
宗教かしら?詐欺かしら?
明らかに仕事帰りの私を待っていました。
1億円も持っていると情報が漏れてしまうのね。
気をつけなくちゃ。
私はとても警戒したのを覚えています。
銀縁さんは私にパンフレットを渡し
「お待ちしておりますので。」
言うと一礼して道路脇に停めていた黒のセンチュリーに乗って行ってしまいました。
あっけないわね。
商売気がないのかしら。
駅にはゴミ箱がないので家までパンフレットを持ち帰りました。
自宅に着くとクズカゴに放り込んでしまったのですが
興味が勝って夕食後、読み始めていました。
パンフレットには「1億円の幸せをどうぞ。」とありました。
内容は以下の様なことが書かれていました。
「幸せ」とは何か。
人類学、社会学、生物学、心理学その他全ての分野の研究結果を統合した結果、それは「理想の家族」であると明確な答えが出た。
我我はその「理想の家族」を1億円から販売しています。
色んなところから怒られそうな謳い文句でした。
記載されているホームページにに飛んでみました。
パンフレットに載っているパスワードを入れるとサイトを見る事が出来るようになっています。
幸せの研究についての報告書がいくつも載っていました。
もう既に読んだことがあるものばかりだわ。
だってここ最近ずっとこんなのばかり検索していたもの。
結局どれも「人間関係」に恵まれるかどうか、
これに集約されていくのよ。
退屈ねと思いながらも読み進めていきます。
「それを踏まえて我々は『理想の家族』を販売しております。」
とパンフレットと同様にサイトは続きました。
「最新のAIによる的確な分析でお客様が最も幸せになれる『家族』をご提案させて頂きます。
配偶者、子どもなどは店内でカタログをお見せ致しますのでご自由にお選び下さい。
永久保証とさせて頂きますので安心してご購入下さい。
カウンセリングは要予約となりますのでこちらの画面からご予約下さい。
お電話でも承ております。」
サイトの隅隅まで見ました。
「幸せを買ったという人の体験談も読みました。
皆買ったことにとても満足しているようです。
あたりまえよね。
販売促進のために載せてある体験談なのだから。
不思議と「家族」を販売しているこのサイトを偽物と思わなくなっていました。
どんなものも売り買いされている究極の資本主義の世界。
そこでは「幸せ」だって簡単に買えてしまう。
お金さえあればその世界の扉が開かれる。
1億円を手にした私のそんな願望のせいでしょう。
「馬鹿ね。」
自分に言いながら私は次の土曜日に予約を入れていました。
パンフレットとサイトを何度も見る。
そんなソワソワした2日間を過ごした後、
予約した時間丁度にオフィスに着きました。
パンフレットを渡して来た銀縁さんがそのまま私の担当となりカウンセリングルームに通されました。
中は暗くプロジェクターが置かれていました。
白いスクリーンには商品を説明するスライドが映し出されています。
「販売させて頂く『家族』はプログラムされたシュミレーターではありませんのでお客様自身が作り上げていかなくては行けません。
ご夫婦仲、子どもの出来、その他全て。
上手く行くこと、行かないこと様々な経験を共にし
家族の絆を深めて行くのです。
そしてその強靭な絆が誰もが欲しがる『幸せ』を生み出すのです。
このようにお客様の力を必要とする商品となっていますが品質は大変良いものをご用意していますので快適にご使用して頂けます。」
次次にスライドを見せられながら私はカウンセリングを受けました。
でももう私はここに着いた時から買うつもりになっていたんだと思います。
いくつか質問し
「『家族』を買うわ。」
と伝えました。
その後、私に最適な家族構成を提案してもらい夫と子どもたち2人をそれぞれ選んだのでした。
私、女神になるわ。
1億円で買った家族の女神に。
如何なる時も寄り添い手を差し伸べる
慈悲深く、暖かい眼差し持った女神に。
「ではご家族様がお待ちしていますから。」
という銀縁さんの声にハッとしました。
過去の思い出から下町のマンション、202号室に引き戻されます。
彼が玄関のピンポンを押しました。
玄関の扉が開き
「パパー、おばさん立ってる!」
小柄で元気いっぱいの男の子が叫びました。
一瞬の間があった後に
「おばさんじゃないでしょ、ママだよ。」
とその後ろにいたお兄ちゃんらしき男の子がボソッと言いました。
リビングから玄関に通じる廊下に男性が顔を出しました。
「おう、お帰り。」
私が選んだとてもハンサムな夫でした。
銀縁さんが
「ではご家族をお楽しみ下さい。」
と私の背中を軽く押しました。
「ママ。」
小さな弟の方が私に抱きつき
お兄ちゃんも
「ママお帰り。」
と照れくさそうに言いました。
ああ、私は欲しいものを全て手に入れたんだわ。




