②1億円で「家族」を買った女について。
私のモノトーンな生活。
都内1Kのマンションで一人暮らし。
仕事は月曜日から金曜日まで8:30から17:30。
都心の一等地にある個人病院の管理栄養士をしています。
調理などの厨房業務は全部委託会社さんにお願いしています。
私の仕事は食事箋の管理や栄養指導。
そのほか、患者様のお食事に対するご要望を調理師さんにつなぐといったことでしょうか。
院内は全てのフロアにカーペットが敷かれ、
壁には絵や書が飾られています。
どれも皆聞いたことのある作者によるもの。
初めて来たときは美術館のようだと思ったものです。
職場の人間関係はお互い希薄で礼儀正しい。
廊下ですれ違えば薄く微笑えで会釈するけれど個人的な話はほとんどしません。
たくさん患者様が入院しているわけでもないので
皆落ち着いて穏やかです。
深く関わらないのでこじれがない。
ストレスもないし刺激もない。
そんな静かな生活を10年以上続けていました。
「凪のような毎日」と言えましょう。
私が望んだことです。
私自身の物語は私の中ですでに完結していました。
絵本の最後のページに書かれた「おしまい」の後をゆっくりと生きている、
そんな感覚です。
私は24歳の時に一生で一度の恋をしました。
都内の大学を卒業後、田舎に戻り働いていたときです。
母の運営している障がい者施設で生活支援スタッフをしていました。
そこに障がい者として通っていた利用者側の青年と恋に落ちたんです。
私より2歳下の背が高い人でした。
当時私にはもう親同士が決めた結婚相手がいました。
お見合いの準備がされている最中での出来事。
しかも私は立場上、恋をしてはいけない相手でした。
思い悩んだ挙句、
私たちは駆け落ちをしました。
2人で東京に出たんです。
大変な騒ぎとなりました。
3ヶ月もしないうちに彼は田舎に引き戻され
私は田舎には2度と帰らないと決意をします。
何年かして彼は同じ障がいを持つ女性と結婚したと聞きました。
その日以来、私の生活から色が消えたんです。
私の物語りはここで「おしまい」、
そう思いました。
彼と一緒に買ったシルバーのリングをまだ持っています。
お互いの名前とちょっと恥ずかしいですが「Forever Love」の文字がリングの裏に。
絵本の最後のページにはきっとこのリングが描かれていることでしょう。
私はその後、転職し今の職場に就きました。
30歳手前のことです。
田舎の方とはすっかり疎遠になりました。
淡淡とした日々は何も変わることなくあっという間に過ぎていきます。
最近になって母が亡くなりました。
そして立て続けに父も亡くなったと連絡があったんです。
私が高校進学とともに両親は離婚していました。
両親の離婚後、父とは一度も会っていません。
その父から遺産が入りました。
1億円という額。
40歳を過ぎもうすぐ41になる時でした。
生きていく上で充分なお金が手に入ったわ。
なんて嬉しいのかしら。
始めの感想でした。
あると使いたくなるのがお金です。
バッドエンドを迎えた先ほどの物語の主人公をハッピーエンドにしてあげたいと思いました。
「おしまい」の後を生きる私にハッピーエンドを。
ちょっと高い買い物をしたり、贅沢な旅行に出掛けてみたりしました。
ただ虚しいだけです。
理由はわかっていました。
私は一緒に行動する友だちがいないのです。
学生時代の友だちも駆け落ち騒動以来、私を避けていました。
今までは独り身でも友だちがいなくてもそれほど気になりませんでした。
生活して行くのにやらなければならない事で埋まっていましたから。
仕事に行ってお給料頂いて。
休日は仕事に行くために体を休めたり気分転換をする。
少し外出して心身共に健全な状態を整えて。
でもしなくていい事ばかりになるのです。
考える時間も沢山になってしまって私はだんだん滅入って来ました。
今更友だちなんて作れない。
恋人がいればいいのかしら?
この歳で?
絶世の美女になればできるかしら?
違う。
美容外科にお世話になるくらいなら恋人なんて買った方が早い。
続かないけれど。
どうすれば幸せになれるのかしら?
「幸せ」の定義を検索しましたがどこの内容も似通っていました。
良好な人間関係が築けているか否か。
結局そこに行き着くのです。
そして私はそこだけ欠如していました。
どこかで買えないかしら?
「これが『幸せ』ですよ。」という人間関係を丸ごとポンと手に入れられたらこんないいことはない。
私はそんな考えに取り憑かれて行きました。
暇さえあれば「出会い レンタル 友だち 恋人」などを検索していました。
寂しい人というのはどこにでもいるのでしょう。
様々サイトが出てきます。
でもこれというものが見つかりません。
「幸せ」を丸ごと私の物にしてしまいたい。
こんなにお金が手に入ったのだから何とかして買えないかしら。
庶民が知らない究極の資本主義世界がどこかにあるはず。
お金さえ払えば何だって手に入る世界が。
妄想めいた考えがグルグル回っていた頃、
仕事帰りに駅前で声を掛けられました。
「幸せを買いませんか?」と。




