⑪サリバンと俺たちと富士山
サリバンが来て2週間目の土曜日、
富士登山を計画。
長男の塾が17:00。
それまでに帰れるように予定を組む。
前泊したいが俺の仕事で無理だ。
日曜日の登山も考えたが
ピアノの発表会がある。
死んだ妻が楽しみにしていたから
欠席は考えられない。
そして何よりも土曜日の天気が最高だ。
サリバンは俺の計画を聞き一瞬、怪訝な表情を見せる。
でもすぐにニコッと笑い
「山男にお任せするわ。」
と子どもたちと自分の登山服を用意し始めた。
わかってるさ。
急すぎる。
だけど4人で登れば何かが吹っ切れる気がした。
7月4日土曜日。
午前3:00にライズで出発。
真夜中のサファリパークのような首都高を抜ける。
夜行性肉食動物のギラギラした目から逃げ切った感覚だ。
昔の俺は向こう側だったけどな。
子どもたちはまた眠りについていた。
長男は俺の隣の助手席。
次男はサリバンと後部座席だ。
サリバンは静かに窓の方を見ている。
俺の視線に気付いたのかサリバンがバックミラーに顔を向けた。
バックミラーの中で互いの目が合う。
ずっと何か言いたそうなんだよな。
「どうかした?」
取り敢えず聞いてみる。
サリバンは言いかけた言葉を一度飲み込んだ。
それからニコッと笑って
「夜の首都高は賑やかな深海のようですね。
斜め前を走っているトラックなんか色とりどりのクラゲのようだわ。」
と言う。
あのデコトラな。
確かにやり過ぎだ。
俺はサファリパークでサリバンは深海か。
子どもと関わっているとそんな発想になって来る。
いや、サリバンは子どもがいないから
ただ浮世離れしているだけだな。
山道に差し掛かる頃にはスゥッと朝が訪れていた。
午前6:00 5合目に着く。
さあ、出発だ。
午後2:00前には5合目に下山する。
もう行かないと間に合わない。
始めはいたって順調だった。
次男とサリバンは「ともだち100人できるかな」
を歌い
長男は
「旬はもう2年生でしょ。」
とツッコミを入れたりしている。
7合目を越す。
風が強くなる。
8合目目前で
次男が頭が痛いと言い出す。
唇は白っぽくカサカサだ。
さっきまでの元気はなくなり
立ったまま動かない。
「あなた降りましょう。
この子、高山病だと思います。」
サリバンが次男の肩を抱いて言う。
やっぱりか。
前泊してねぇな。
ずっと心に引っかかっていた。
俺、長男、次男3人で今年になってから富士山の隣、宝永山を2回登った。
だから長男も次男も問題ない。
そう自分に言い聞かせていたところがある。
本当は5合目の駐車場で前泊すべきだった。
特に小柄な次男には必要だった。
俺のわがままとも言える
強行突破の登山。
「少し休憩だ。」
天候は申し分ない。
頂上は最高の眺望だろう。
どうしても登ってしまいたかった。
「うん。」
次男は力なく返事をすると座り込む。
女もとなりに座り強風から次男を守るように
抱きかかえている。
しばらくしてサリバンがはっきり言う。
「どの山も人を招いたことは一度もありません。
招かれていないのに
人が勝手に惚れて勝手に登るんです。
今日は引き返しましょう。
富士山はここから動きません。
また日を改めて来ればいいだけです。」
カチンとときた。
日を改めてって言うけどな。
天候次第じゃないか。
天気良好、そして今日の様な土日。
長男の塾の調整、
俺の仕事の調整。
今日だったんだよ。
そんな全部が整って
眺望も素晴らしいという日が。
「何なんだよ、偉そうに。
あんた赤の他人だろ。
俺はずっとこいつらのこと見てきたんだ。
いちいち口出さないでくれ。」
サリバンは明らかに怒っていた。
こめかみの血管が青く浮き上がっている。
くだらない茶番はおしまいだ。
下山したら即解散。
2度と顔を見ることもない。
うんざりだ。
教師みたいな口の利き方、
独善的な態度、
子どもたちと面白がっていたそれらの全てが
不快に変わった。
そりゃ家事をしてくれるは助かる。
子どもの世話もありがたかった。
しかしそれだけだ。
他に何の感情も湧くこともない。
サリバンにしたって暇つぶしをしているだけじゃないか。
何も起こらないつまらない自分自身の人生の。
そんな怒りが駆け巡る。
サリバンは黙ったままだ。
「旬、頑張れる?」
長男が次男の顔をのぞき込む。
次男は首を横に振っているようだった。
俺はリュックを下ろし次男を背負う。
サリバンは次男を背負って俺が頂上を目指すと思ったらしかった。
血相をかえる。
「一輝、下山だ。」
長男はホッとした顔を見せた。
「パパ、ごめんね。」
背負われた次男が耳元でつぶやく。
「謝るな。悪いのはパパだ。」
サリバンは下山とわかると
俺が地面に下ろしたリュックを担ぎよろめく。
「こんなに重かったんですね。」
登りと打って変わって無言の下山。
次男は少し下ると回復し自分の足で歩き始めた。
俺はサリバンが背負っていたリュックを背負う。
下山したら即解散のはずが
富士を下っているうちにどうでもよくなってきた。
霧が晴れ抜けるような青空。
振り返れば厳かにたたずむ富士山。
「どの山も人を招いたことは一度もない」か。
ではこの美しさは何のためにある。
頂上には行けなかったが
心地よい疲労とともに5合目に戻る。
サリバンの言うように
またくればいいさ。




