23話
胸に手を当てたイデルバがお辞儀と共に翼を広げ、この世界に、目の前の魔女に己の存在を主張する。
「自惚れるなよ――目を逸らして罪を濁流のように自覚した結果がこれだろ?」
「罪を自覚させたのはこの廃楽園を仕切る貴方の責任でしょ? それを私に擦り付けようなんて……ほんっと。 今、貴方の方がよっぽど欠陥品だってわかってます?」
メルフィはナイフの切っ先をイデルバの足元に転がる死体の山に向けた後、添わせるようにイデルバ本人へとナイフを向ける。
「罪とは――天使も例外ではなく生まれた時点で備わっている。ただお前らは背負うべきものをここに押し付けた、それだけの話だ」
「おや。 魔女さまともあろうお方が間違えてらっしゃる。 お前ら、ではなくこの足元の″ゴミが″、ですよ?」
殺気立つメルフィに、イデルバは不服そうに訂正をする。
瓦解した壁から夕日が差し込む。
「あぁ、だから、私が余計に腹が立っての、見てわかるでしょ?」
この廃楽園にいながら未だ罪を自覚しない事がメルフィにとって目の前の男がイデルバ本人である証明だった。
それはつまり、カナリアとインバードの件、その全てはイデルバ本人の意思の結果。
「罪から目を逸らして、死にゆく大人に甘えたお前は、結局私が居なきゃ死ぬそいつらと同じ欠陥品なんだよ」
目を伏せ深呼吸をするメルフィ。
冷静を保ちながらも一切の憤りを隠さず、静かに――それでいて強かな声で問いかける。
「それで? これは一体何の真似だ。なぜあの子たちが神殿で暮らしていない」
「それはまぁご存知のとおり、姉弟が神殿から抜け出してしまいまして……ええ。本当に! 本当に致し方なく引き取りに来ただけですよ。はぁ、ああ!!! 子供を育てるのには苦労しましたとも。魔女様には感謝してほしい限りですな!! 私が!! 育ててやったんですからね!!」
涙涙のあからさまな演技。感情の制御もままならぬ赤子のような喜怒哀楽。それはメルフィの知りえるイデルバとは明らかに違う。
「……感謝? あの子たちを神殿に送らず、虐めて楽しんでいたお前らに――感謝か?」
「虐めぇぇ? そんな低俗なこと、我ら天使がするわけがありません。馬鹿にしてるんですか? ありえない。そんな下品なことを我らがするものですか! あれは――そう、“遊戯”ですよ、遊戯。舞台の幕間に退屈した観客が、気まぐれに役者をいじるようなもの! ハハハ! 娯楽に飢えた私たちには、それこそがご馳走! あの子たちの悲鳴は、ほんっっっとうに……最高の余興だった」
「――は?」
「あ! もしかして迎えに来るのが遅くなったことに怒っておられますか? 失敬、少々やることがありまして」
笑顔を崩さないイデルバは、罪の重さを自覚して死んだ天使たちの亡骸を蹴飛ばし、自分の言っている矛盾などお構いなしに、その場しのぎの言葉を軽々と並べる。
「真面目に答えるつもりはないってことか……そうか」
フラフラと体を揺らすメルフィ。
眼光がイデルバを睨む瞬刻。
崩壊した床を隔てた数メートルの距離を、瞬きすら許さぬ間に飛び越え、イデルバの心臓へとナイフを突き立てる。
「――死ねよ」
しかし防がれた刃。 突然イデルバの足元から骨と血で形成された槍が現れた。
「おっと危ない!! 早速殺しに来るなんて、どんな神経してるんですか……そういえば! 魔女様はアンリユを覚えてらっしゃいますか?」
それでも体制を立て直し無言で急所を狙い続けるメルフィ。
目にも止まらぬ速度で刃を交わしながら、なおも嬉々とした表情を崩さないイデルバはメルフィに気安く問いを投げるが、応答はなく、連撃は加速する。
「魔女様が育てた、廃楽園に棄てられた子供ですよ。ああ、嘆かわしい! 愚かにも神と恋に落ちた娘のアンリユ! かわいそうなアンリユ! 貴方を慕っていた愛娘のアンリユ!! 私の子供、アンリユ!!」
「その汚い口を閉じろ。二人をアンリユのところに返さなかった屑が」
いよいよ、自分の娘の名が目の前の薄汚い天使の口から発せられることに嫌気が差し、鍔迫り合いをしながらメルフィは殺気立って口を開く。
ようやく反応を返したメルフィに、待ってましたと言わんばかりのニヤリと不敵な笑みを浮かべるイデルバはメルフィの耳元に顔を近づける。




