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11話

「インバード! こっち!!」


 一瞬理解が遅れる。 カナリアは反射的に隣のインバードを強く抱き寄せて天使が向ける矢尻に自分の背中を向ける。


 想定はしていた。


 観測していた堕天者に何かが起きた今、退屈を持て余した天使が新しい道楽をもとめるのは必然。


 これも”楽しい”の一環なのだろうが、あまりにも興味が他に移るのが早すぎる気がする。


 それにどうにも腑に落ちない点もある。 それは他でもない、彼らが今現在私たちに対して向けている殺意だ。


「今朝から一体、何が――!?」


 考えるが纏まらない、いや。 今はそんな事どうだっていい!! 今するべきはインバードを死んでも守る!!


「お姉ちゃんが!!絶対に守るから!!」


 強引に弟を抱き寄せたカナリアはまぶたを瞑り、サムクルはそんな姉弟を守るように翼を広げて羽毛の内側に二人を隠す。


「どけろデカドリ!!」


「いや、むしろあの鳥狙おうぜ。 その方が面白い!!」


「ああ、確かにそのほうが面白い!!」


 向けられる弓矢は空気を切り裂き、流星のごとく周囲一帯へと降り注がれる。


 無数の攻撃を掻い潜り、二本の足で走り回るサムクルは地上の天使たちを一掃する。


 しかし、地上に着弾した矢は爆発して一切の容赦なく思い出が詰まった家屋を破壊した。


 飛び散る木片をサムクルは覚えていた。


 インバードがカナリアと一緒に文字を学んでいた机。 毎日広げたテーブルクロス。 嵩んだ食器。


 何気ない日常が為す術なく焼けて空へと舞い散る現実に、サムクルの瞳孔が小さくなる。


 炭化した建物、砕け散る外壁と抉られた地面。


 たった一瞬、たったひと時の他人の快楽の為に思い出が踏みにじられ、世界から奪われた事実を認知する。


 焦げた布の匂いが鼻腔を擽り、動きを止めたサムクルを天使は躊躇うことなく追撃する。


「でかい図体は当てやすくっていいなぁ!」


「楽しい! たのしい!!」


 硬化した翼以外の腹部や首元に無数の矢が突き刺さる。


 鈍い痛みが到達していないはずの心臓まで届く、血液と一緒に涙が流れる。


 何も知らぬ姉弟を守る為、翼を閉じて決して動かなかったサムクルだけが見届けた。


 拾われ、愛され、育った思い出の場所の最後。


 雨の中、サムクルは他の兄弟とは見た目が違うが故に母と父によって地上から、ここケレナ大森林に捨てられた。


 本当は、捨てないで欲しかった。


 でも今思えば地上で生まれた私をわざわざ天界に捨てたのは母と父の、せめてもの良心だったのかもしれない。


 雨粒ひとつ降らない天上の大地。 私はどうせ死ぬ。


『クェ』


 そうと分かっていながら喉を鳴らしたその時、藪の中から小さな少年が私を見つけてくれた。


 それからインバードが私にサムクルという名をくれた。


 カナリアが私をずっと抱きしめて帰る居場所をくれた。


 本当に――ここだけが私にとって大切な居場所だった。


 それなのに。


 何も知らない赤の他人が突然現れたと思えば、当然のように私から大切を居場所を奪った。


 サムクルは原型の無くなった家を見た後に、ふと翼の中にいるふたつの小さな命が震えていることに気がつく。


「カナリアたちは死んだか?」


 天使の声が聞こえる。


 家族の死を嬉々として楽しむ目の前の敵に、サムクルはぶわっと毛並みを逆立てる。


「ーーーーーーッッッッツ」


 今まで感じたことの無い感情、唸り声をあげたサムクルは肉体を歪に変貌させて天使とは比較にならない死の圧を放つ。


 白目は黒へと反転し、月のように黄色く輝いた鋭い瞳孔が天使を睨みつける。


「おい、死んだかお前見に行けよ」


「えー、嫌だよ。汚い」


「なら、俺が行くわ」


 空で待機している天使が、面倒くさそうに地上に降りると舞い上がる粉塵の中。


 最もサムクルの近くにいた天使の一人が一目散に走り出す。


「殺せ! あの化け物を、殺せ!! じゃない――俺たちが殺される」


「は? 何ビビって――」


 ひと回り大きくなったサムクルに助けを乞う天使が頭から食いちぎられる。


「お前ら!! 早くやつを殺せ!!」


 すぐに飛び立つ天使の一喝により周囲でたいきしていた天使の雰囲気は一変、生死を掛けた攻撃へと転じる。


「やばい! あの鳥は!! やばい!!」


 その声に、陣を組む天使は幾重もの閃光を放ちサムクルのその肉体を貫く。


 しかしサムクルは決して動じなかった。 肉体は更に変異し、遂には入道雲と同等の大きさにまで巨大化する。


 天使たちは武器を手放し、後悔した。


 無意味な殺意がこの世の生物が決して触れてはいけない逆鱗を逆撫でしてしまったと。


「お願いサムクル! 死なないで!! あなたまで失ったら……私はもう……」


 翼の中、必死に声を上げるカナリアの声が怒りで我を忘れたサムクルを呼び戻す。


 しかしそれでも、サムクルに天使への慈悲はない。


「いけ!! 早く殺せ!!」


 放たれた第三撃目の射出。


「やったか!?」


 遠方でサムクルを仕留めたとほくそ笑む天使から瞬間、笑顔は消え失せる。


 舞い上がる粉塵の中で、鋭い眼光が天から光っている。


 その異形の姿に焦った天使が連携を乱して攻撃をするもサムクルが睨めば降り注がれた矢の雨は霧散した。


 まるで見えない、次元の壁に阻まれているように。


「に、逃げろ!!」


 撤退を余儀なくされる天使。


 後方の数人を除いたほぼ全員がサムクルの翼のたった一度の羽ばたきにより制御を失って墜落。


 そして風圧は瞬く間にケレナ大森林を荒野へと変える。


『――――』


 堕ちる天使。


 そこにサムクルは間髪入れず咆哮を放ち天使の鼓膜を破裂させて、同時に三半規管すら破壊する。


「あ、頭が……ダメだ、だめだ、ダメだ!!!!」


 地面を這い蹲る天使、その頭上から差し迫る炎。


「なんで、俺が何やったんって言うんだよ?」


 サムクルによって吐き出された炎が大地を包みこむ。


「嫌だ!嫌だ、死にたくない!」


「カナリアがさっさと死ななかったせいで! なんだよこれ!」


「やっぱりもっと早く壊すべきだった! もっと遊んでおけば良かった!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。


 巨大な怪鳥により、ケレナ大森林は跡形もなく焼失。


 そのままサムクルは元の姿に躯体を戻すと、方向を変えてカナリア達が目指す西へと急いだ。


「クェア!」


「一体……何が?」


 死を覚悟していたカナリアが恐る恐る瞼を開けるとそこは既に空の上、綺麗な青が広がっていた。


 カナリアは周囲を確認するが先ほどまで居た天使の姿は見当たらず、ただ下には焼け野原が広がっていて疑問を感じる。


「どこか遠くに逃げた――の? それよりサムクル、あなた大丈夫? 怪我はないの!?」


「クェア」


 抱き合っている姉弟の無事を喜ぶように喉を鳴らし、カナリアの心配をかき消す様にサムクルは更にに強く翼を羽ばたかせる。


 それは姉弟を守れるかもしれない唯一の希望、天使が嫌う唯一の禁則地。


 通称、廃楽園。


「すごい!サムクル! いい子いい子!」


 何も理解していないインバードは純粋な笑顔でサムクルを撫で回す。 


「――クェ」


 サムクルはインバードの声に答えるように小さく鳴く素振りをしてから、傷がバレないよう彼らの視界を風圧で奪い去る。


 急ぐサムクル、その背中に必死でしがみ付くカナリアとインバード。


 前を見ようとするカナリアとは対照的にどこか物寂しそうに後ろを眺めるインバードはこの時には既に察していたのかもしれない。


 数々の思い出を育んだ家が既になくなっていた事。


 サムクルが重傷を負っていた事、そしてもう二度と当たり前の生活は戻ってこない事に。


「どうしたの?」


「いや、なんでもないよ! ただ、」


 様子がおかしいと感じたカナリアから質問に言い淀むインバード。


「ただ?」


「ただ、許すことはないなって」


 何を言っているのか風圧で聞き取れなかったが、何となくインバードが憤っていることだけは声音から感じ取れた。


「天使もみんながみんな悪い人ばかりじゃないよ?ただ、今日の人達とは少し合わなかっただけ、だから一概に否定しちゃだめだよ」


「おねーちゃんがそう言うなら……」


 不服そうに答えるインバードの背後からカナリアはゆっくりと手を回して頭を撫でる。


 そんな姉の手を握るインバードの体は震えながらも少しだけ力強かった。 


「うん、おねーちゃんとの約束ね」


 弟にだけは偏見で周りと接して欲しくない。 そんなカナリアの身勝手な願いにインバードは小さく頷いた。


 今回が特殊だっただけ。


 きっとマリアやイデルバにあったらインバードも全員が悪じゃないって分かってくれるに決まってる。 


 だから今は不安にさせる様な仕草をしないように注意しないと。


「約束するよ、おねーちゃんに危害が及ばない限り僕はあいつらにこれ以上の感情は持たないよ」


 感情のない冷酷にも似た言葉の重さ。


 甲高い声とは真逆の低音に一瞬だけ弟がインバードなのか疑いそうになるが、すぐにこちらに可愛らしい笑顔を向けて来たのでカナリアはその異常さを気にも留めなかった。


「あはは、ま、十人十色だからね……」


「そうだね! おねーちゃんの言う通り十人十色だ! でも習性は種族の性質だから気をつけてね!」


 難しい事を言うなぁと首を傾げながら適当な相槌を打っていると気がつけば、すぐ真下に廃楽園が広がっていて、カナリアは息を呑んだ。



 

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