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第16章 日の本一の霊山を祀る氏族

日本を象徴する山でありながら、記紀に登場しない不可思議な霊峰富士。

東国(東日本)の絶対的な象徴である「富士山」は、大和王権が関東を統治・開発する上で、「富士山の恐るべき大噴火(火山の神)」を誰が、どのように鎮め、最前線の国家インフラ(防衛・情報網)として組み込んでいくのかという、驚くべき地政学的・宗教的な3つの氏族が富士山の周囲(甲斐・駿河・武蔵)に張り巡らせた、壮大な「富士山コントロール網」について述べていきます。


これまで大和王権が西日本を征する過程で、但馬(兵庫)の海人族や日向(宮崎)の拠点として足跡を残してきたのが「日下部氏」でした。

彼らは東国進出の際、富士山の真北に位置する「甲斐国(山梨県)」の国造(統治者)となりました。

日下部氏は、富士山の北側(現在の富士吉田市や身延周辺)を拠点としました。

彼らは「日下部(太陽の部民)」の名が示す通り、本来は太陽や月、大自然の運行を司る祭祀能力を持った氏族です。

富士山が激しく噴火していた当時、日下部氏は山そのものを「神(浅間大神)」として恐れ、北側の麓から天を焦がす火柱を鎮めるための神事を執り行いました。

これが、現在の富士山北口(山梨県側)の浅間信仰のベースとなり、のちに修験道や「富士講」へと繋がる東国独自の山岳信仰の基礎を築いたのです。


奈良のヤマト王権中枢で多くの后妃を輩出した超名門豪族として「和爾氏」(のちの春日氏など)がいます。

彼らは富士山の真南である「駿河国(静岡県富士宮市周辺)」へ劇的な形で進出します。

平安時代初期の西暦800年、富士山は周囲の足柄路(街道)を完全に埋め尽くすほどの超巨大噴火(延暦大噴火)を起こしました。

その翌年の801年、大和朝廷は蝦夷征伐の英雄・坂上田村麻呂を東国へ派遣しますが、この軍勢に最高幹部として従っていたのが和爾氏の血を引く一族でした。

和爾氏の17代目・豊麿は、噴火で荒れ果てた富士郡の郡長に任命され、火山の神を鎮めるために富士山本宮浅間大社(総本社)の初代神主(大宮司)となりました。

このとき、彼らは地名を取って「富士氏」と名乗るようになります。

つまり、富士山の南口(静岡県側)をガッチリと統治し、現在に至る「浅間大社」の原型を世襲で守り続けた支配者の正体は、大和から最先端の国家鎮護テクノロジーを携えてやってきた名門「和爾氏」そのものだったのです


富士山の東北側に広がる広大な関東平野(東京都・埼玉県)を統治したのが「无邪志(むざしの)国造」であり、彼らの軍事・実務を支えた部民が「丈部」です。

6世紀に起きた武蔵国の政変(武蔵国造の乱)の後、大和王権(朝廷)は関東の支配権を確実にするため、朝廷直属の軍事・伝令部隊である「丈部(はせつかべ=長谷部)」を武蔵国内に大量に配置しました。

この丈部氏が、のちに无邪志国造の主力(笠原氏など)と融合・改姓していきました。

无邪志氏や丈部氏にとって、関東平野のどこからでも巨大に見える富士山は、単なる信仰の対象(遥拝)であると同時に、「東国全体の軍事・交通の巨大なランドマーク(管制塔)」でした。

山梨(日下部)や静岡(和爾・富士氏)が富士山の異変(噴火の兆候や敵の襲来)を察知すると、のろしや伝令(丈部氏の専門分野)を通じて、武蔵国(无邪志氏)へと瞬時に情報が伝達される、東国最大の危機管理・情報ネットワークが構築されていました。


これまで一貫して追ってきた「100m以上の巨大古墳の分布」は、この富士山の周囲において、まるで「怒り狂う活火山(富士山)を四方から取り囲んで封印する」かのような、美しい円環状の分布を見せます。

浅間大社の周辺や、駿河湾沿いには巨大な前方後円墳が築かれ、海からの物資補給線と火山の南面を守護しました。(駿河(和爾氏の領域))

山梨県甲府盆地には、全長169mを誇る東日本屈指の超巨大古墳「甲斐銚子塚古墳」がそびえ立ちます。これは、日下部氏(甲斐国造)が富士山の北側を完全に統治し、大和朝廷の重要な東国拠点として巨大な富(鉱物や馬)をコントロールしていた動かぬ証拠です。(甲斐(日下部氏の領域))

多摩川流域(芝丸山古墳など)や、埼玉の荒川流域(埼玉古墳群など)へと100m超の巨大古墳の列が伸び、富士山の東北面を巨大な人口と武力でバックアップしました。(武蔵(无邪志・丈部氏の領域))


九州の阿蘇・霧島の噴火による大移動から始まった壮大な物語は、瀬戸内海を渡り、大和で国を固め、出雲や尾張、諏訪の和解を経て、最終的に「富士山という東日本最大のエネルギー」を中央王権(大和朝廷)のシステムの中に完璧に組み込むことによって、完全に完結したのです。

東西の巨大な活火山を飼い慣らし、その圧倒的な大自然の恐怖を「国を守る神の権威」へと変えていった古代氏族たちの知恵とサバイバルの足跡。

100m以上の巨大古墳の分布路は、まさにその火山と共に歩んだ「日本(ヤマト)」という国の、あまりにも美しくダイナミックな建国の全貌を、現代の私たちに教えてくれているのです。

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