第13章 饒速日と尾張氏の関係
「饒速日命」と、愛知県周辺から巨大な勢力を誇った日本屈指の古代豪族「尾張氏」は、単なる同盟関係を超えた「血の繋がった完全な同族(一族)」であり、大和朝廷(天孫族)の東国進出を決定づけた、最も強力な【巨大海洋・鉄器軍事複合体】という関係にあります。
これまで導き出してきた「九州・海神族 、 瀬戸内海 、大和 、出雲」という西日本全体の統合ルートの次に、「大和王権が東日本(東国)へ版図を広げていくための、最強の東の拠点」として現れるのが、この「饒速日=物部氏=尾張氏」の強固なネットワークです。
尾張氏の祖神は「天火明命」ですが、神話では「天火明命と饒速日命は、実は同じ神の別名である」とされています。
仮に別々の存在だとしても、饒速日の子供である宇摩志麻遅命から「物部氏」が生まれ、もう一人の子供(あるいは天火明命の直系)から「尾張氏」が生まれており、物部氏と尾張氏は「兄と弟」のような関係にあたります。
尾張氏は、現在の愛知県西部に広がる濃尾平野を本拠地とした豪族ですが、その本質は「海神族」としての卓越した航海術と、朝鮮半島から直輸入した「最先端の製鉄技術」の融合にありました。
尾張氏は、東海地方から東国へ向かう際の最大の難所である「伊勢湾」や「木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)」の制海権・水運権を完全に握っていました。
3世紀、大和盆地へいち早く降臨した饒速日(物部勢力)にとって、東隣の尾張(名古屋周辺)に自分たちの同族である「尾張氏」が控えていることは、東国からの蛮族の侵入を防ぎ、かつ東の富を吸い上げるための「巨大な東の盾であり、貿易港」として機能していました。
一方で、100m超の巨大古墳の分布をみると、断夫山古墳や青塚古墳といった、大和の天皇陵に匹敵するレベルの超巨大古墳が確認されます。
これらの巨大古墳の存在は、尾張氏が大和朝廷(中央)にただ従っていた地方豪族ではなく、「饒速日の血統」という最高のプライドを持ち、大和と対等に渡り合えるだけの軍事・経済力を持った独立王国(経済特区)であったことを雄弁に物語っています。




