第八話 「いざ、町探検!」
翌日の午前十時、王女宮こと緑ノ宮の玄関口の前で、わたしは人生初の馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃーい!」
玄関のステップの上で歌鈴が見送っている。小窓からみんなでそれに手を振り、馬車は短い並木道を抜けて北門へと走り出した。
「スズカ様、揺れがお辛ければいつでも仰って下さいね。」
「はい、でも大丈夫です。」
北門の前から町へと続く道は広々とした石畳。石畳がきちんと整備されている為か、この馬車の椅子のクッションが良いのか、さほど揺れは酷くない。王都の殆どの大きな道も舗装された石畳だし、細い土の道も綺麗にならされているらしいから、たぶん大丈夫だろう。わたしは乗り物酔いもしないタチだし。
馬車は四人乗り。わたしの隣にキャシーさん、正面にアサムさん、あともう一人犬族の特徴がある女騎士さんが乗っている。わたしはいつものドレスではなく、綿のブラウスにウールのロングスカートと薄手の上着というラフな格好。もっとも、綿もウールもわたしの知っているものとは違うので「のようなもの」といったところだけど。この世界では、これは中小貴族の普段着か町民のお出掛け着といったあたりの服装らしい。わたし以外の三人はもう一段階下がった同じような町民スタイル。インナーは綿じゃなくて麻かな? 上着もスカートもわたしのみたいに装飾ついていないし。そこはわたしのだけ差をつけなくてもいいのではと思って物申したんだけど、態度を対等に出来ないのに見た目を対等にしてしまうとかえって不自然だと反論されて納得しました。設定としてはちょっと大きいお家のお嬢さんとご友人です。ま、王女様よりは動きやすいかな。
「騎士さんたちのそういう格好、新鮮ですね。」
普段お城では騎士装束か、改まった場の甲冑姿しか見たことないもんね。
「ええ、このような長いスカートは久しぶりに着ましたね。もっとも、護衛のために必要とあらばドレス姿でお付きすることもありますけれど、そのような任務はしばらくありませんでしたので。」
「私も久々です。いつもより少しは動きにくいですが、姫様……あ、スズカ様お一人をお守りするには支障ありません。」
そう言ってにこやかに答える二人は、武器も持っていない一般市民の女性にしか見えない。こう見えてスカートの下や上着の裏にいろいろ仕込んでるらしいけど、ぱっと見では分からないし。護衛という固い雰囲気を見せず、目立たず街中を動き回ることができそうだ。犬族やキャシーさんの猫族の特徴を除けば、この四人で日本の行楽地にいても誰も不思議には思わないだろう。
「スズカ様は、ニホンでは市民だったのですよね。このような服装をしていらしたのですか?」
「こういうスカートは日本にもありましたけど、わたしと同じくらいの女性の間ではもっと短いのが流行していました。わたし個人は、スカートはあまり好きではなくてズボンばかりでしたけどね。」
そもそも所謂「女性らしい格好」ってのが性に合わなかったんだよね。動きにくいし。
「私も日本の小学生だったころは、男の子のような格好をして駆け回って遊んでいましたよ。スカートもかわいい服も嫌がって。」
「アサムさん、わたしと気が合いそうですね。」
そんなファッション談義(?)に花を咲かせているうちに、馬車はあっという間に目的地に近付いていた。
「スズカ様、スクートゥムの町ですよ!」
キャシーさんがはしゃいだ様子で小窓のカーテンを持ち上げた。外には石とレンガでつくられた家々が立ち並ぶ美しい街並みが広がっている。テレビや写真でしか見たことないけど、ヨーロッパの住宅街に似てるかな。区画整備もされているし、たまにお屋敷と呼べるような大きな家も見える。高級住宅地といったところか。あそこに見えるのは、装飾や屋根の様子なんかが教会に似てる。あっちの大きな建物は何だろう。どうやら人がたくさん集まる公共施設みたい。
「綺麗な町……!」
ポストカードがそのまま立体になったような街並みに、海外旅行すらしたことがなかったわたしはすっかり魅了されていた。
いくつか角をおれると、住宅街から一転して大小さまざまな店が軒を連ねる、この町のメインストリートに出た。ここから見えるだけでも、八百屋や肉屋のような食材の店、日用品、服や靴、雑貨、軽食のカウンターまである。人通りがかなり多くて、賑わいがここまで伝わってくる。馬車はそのうち一つ、お洒落で高級そうな大きな店の前で止まった。
「いざ、町探検!」
はしゃいだ子どものように呟いて、わたしは馬車の扉を開けて一息で道へと降り立った。




