第2話:不成就日のリモート・デバッグ(ビルド)
葬式が終わって、それぞれ自宅へと帰宅した後のことだ。
不意に、スマホが鳴った。
「……でさ、俺の遺産の取り分なんだけどさ?」
開口一番、これだ。
想定していた通り、嫁の権利なんて法的にありえないのに、図々しくも権利を主張してくる。
マジか? こいつ、本当にクソでアホでクズな……。
わが弟ながら、その頭の悪さに眩暈を覚える。
消えてくれ。
心の底から、本気で願う。
こういう場合、悪魔に願うと叶うんだろうか?
世間一般に、神様が良い行いにはそれ相応の見返りを下さるなんて、信仰の最たるものの象徴だろう。
では、その対極の裏側にでもおわすお方こそが、邪神とでもいうのか?
邪神の信仰なんて、結局は悪魔崇拝にでも繋がるのかもしれないな……。
なんて思いを馳せていたところで、「ねえ? 聞いてる!?」一段大きな声が耳に届き、我に返る。
……くそが。
あー、うるさい。
ここは「弁護士」というパワーワードでいったん黙らせ、電話を切ってやった。フン。
葬式したばっかだぞ。バカは嫌いだ。
イライラを抑えながら、風呂に入ってさっぱりしてこよう。
「……ちっ」
盛大に舌打ちをしながら、部屋を後にした。
◆◆◆
(妄想シミュレーション、テイク 1)
確か……嫁とその連れ子だけで旅行に行くと話していたな。
タイミングが良すぎだ。天は私に味方しているらしい(笑)
おかしな自信とともに、考えにふける。
まずは偽装工作だ。
嫁が不在のタイミングを狙い、愚弟宅のスマート家電を、嫁が使っている有名なVPN経由で操作されたようにログを捏造する。
これなら、嫁のスマホのIDを偽装するだけで「旅行先から嫁が操作した」証拠が作れる。
「あいつの家のWi-Fi? パスワードの推測なんて3秒だ。『自分の誕生日+飼い犬の名前』……ほらな、一発で通った。本当に底の浅い、バカでクズでつまらない人間だ」
「ははっ、これでクソ嫁のデバイスが殺人鬼として準備されるわけだ。極上のデトックスだな」
湯船に浸かり、目を閉じて開始する「排除シミュレーション」。
「あいつのルーチンは把握している。毎晩、安ビールのロング缶を二本空けて、リビングのソファでそのまま寝落ちる。……最高に無防備で、最高に始末しやすいゴミだ」
まずは物理レイヤーの操作だ。 スマート換気扇を遠隔で停止させ、ブラインドを完全に密閉して部屋を「コンテナ化」する。 仕上げに、ルンバを動かしてドアの隙間にピタリと配置すれば、簡易的なドアストッパーの完成だ。
あとは、スマート給湯器か暖房を暴走させ、不完全燃焼を誘発させる……。 誰の手も汚さず、静かに、清潔に、ゴミ(弟)が処理される「一酸化炭素中毒」という名の、死の設計 (デザイン)。
「クソ嫁が、温泉旅館の露天風呂でビールでも飲んでいる間に、あいつの息の根を止めて、さらにその罪を嫁に着せる。完璧だ……」
湯船で独りごちる。
ここまでは、私の設計 (ビルド)通り。
脳内では、所轄の刑事たちが私の思惑通りに動いている。
「奥さん、あんたが旅館から操作した証拠があるんだ!」
嫁を追い詰める刑事たち。
泣き叫ぶ嫁。
それを脳内再生 (レンダリング)しながら、湯船の中で勝利を確信する。
……だが。
そこへ、カツカツと場違いに綺麗な靴音が響く。
本庁から送り込まれた、自分大好き警視の登場だ。
所轄が「あご」で使われ、悔しそうに道を開ける。
「やれやれ。所轄の報告書は相変わらず解像度が低い……。前髪のセットが乱れるような、泥臭い捜査はやめていただけますか?」
彼はスマホをインカメラに切り替え、液晶を鏡代わりに前髪を整えると、ニヤリと笑う。
「奥さん。あなたは運がいい。……あなたの『頭の悪さ』が、唯一のアリバイだ」
ストレートなもの言いである。
「……安心してください、褒めているわけではありませんよ。純粋な『スペック確認』です」
ここまで言われれば清々しい。
「……おかしいですねぇ。このVPN接続のログ、あまりに無駄がなさすぎる。まるで『最適化されたコード』のようだ。温泉旅行で浮かれている女が、震える手でアプリを操作したにしては、パケットの挙動が……『美しすぎる』」
彼は、私さえも気づかなかった「私の技術的クセ」を指摘し始める。
「……犯人は、奥さんのスマホを『踏み台』にしたプロだ。システムの構築からデプロイ、そしてログの隠蔽まで。これほど冷徹なデザインができるのは……身近にいる『お姉さん』、あなたしかいない(前髪ファサッ)」
「はあああ!? なんで私の妄想なのに、私が負けるんだよ!? この顔面国宝、権限強すぎだろ! クソが!!」
盛大にため息をついた。
「……何やってんだか。出るか」
湯船から出ると、指はふやけてシワシワだった。




