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現代日本プレッパーズ~北海道各地に現れたダンジョンを利用して終末に備えろ~  作者: 256進法
第三部:駆け抜けろ 燃え尽きたろか シンデレラ

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番外編:女ランボーの日記①【シャバじゃ1ドルも稼げない私(後編)】

あの日、私は赤い悪魔になった。


鑑賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=TO-_3tck2tg

鑑賞用BGM (マクドナルドから):https://www.youtube.com/watch?v=iCJimKBtMew

鑑賞用BGM(研究所):https://www.youtube.com/watch?v=IHh9yNWUakk


~3年2か月前~

~ピッツバーグ市警察・拘置所~


手錠を掛けられたヴェルミーナはベンチに座らされ、書類の手続きを待っていた。


『……』


警官も犯罪者も、彼女の異常な目付きを恐れて目を逸らしていた。

緑色の瞳が何処かを鋭く睨んでいたが、誰にも何を視ているかは分からなかった。

そして女性警官がやって来て言う。


『手続きが終わるのは明日の朝になるわ』

『それまで個室で待ってなさい』


『……』


ヴェルミーナからの返事は無い。

警官が二人やって来て、彼女を立たせる。


『手錠は外しておいて』

『暴れる心配は無いわ』

『ただ……刺激する様な行動は一切しないで』

『もし彼女に戦場を思い出させる様な行動をしたら、その時点で死よ』


『『了解』』


警官達はヴェルミーナを専用の個室へ連れて行く。


『……まるでナム帰りの親父みたいだ……』

『親父も時々こんな感じで、何処かを睨んでやがったんだよ……』


『……正直同情するぜ』

『まだ27なのにな……』


彼女は個室のベッドに座らされ、強化プラスチックの扉が閉ざされる。

警官の一人はドーナツを取って食べながら言う。


『……聞いたか?デルタやシールズの精鋭がウクライナに送られてる、って話を……』

『デルタのある狙撃手がロシア人将軍の頭をブチ抜いた、って専らの噂だ』


『ああ、軍時代の友人から聞いてる』

『仕事上、恐らくベレーも送られてるだろうな』

『政府は送ってる、って事は死んでも公表しないだろうが……』


『折角アフガンが終わったのに、次はウクライナか?』

『ミーナみたいな元兵士を量産する事になるぜ、きっと』


扉越しに会話が聞こえていたが、ミーナは全く関心を示さず壁を見つめていた。


『(軍は……私を助けなかった)』

『(もうこちらから関わる気もない……)』

『(私の人生は……イラクで親父の死体を見た時に終わってたんだ)』


彼女は横になり、目を閉じた。

翌日──


『……酷い顔だわ』


ヴェルミーナを迎えに来たクラリスが言った。


『……元からだ』

『男にモテた事なんて一度も無いしな……』


『そういう意味じゃないわよ』

『目の下とか真っ黒よ……ちゃんと寝たの?』


『……分からない』

『もう分からないんだ、クラリス』

『自分が何処に居るのか……』


『……アンタの代わりにVA(退役軍人省)のカウンセリングに申し込んでおいたわ』


ヴェルミーナはポケットの中の小銭を漁り、自販機でゲータレード(※1)を買った。


『……ンなモン何時になるか……』

『私みたいなヤツは多いんだ』

『今申し込んでも最後尾だよ』

『第一、皆病気なんだ。私もそいつらも、軍も国も……』


『……私は諦めないわよ』

『昔のミーナお姉ちゃんが戻ってくるまで……!』


『……ああ、頼むよ』


彼女はゲータレードを飲み、クラリスへ優しく微笑み掛けた。

2日後──


『スーツのズボン、超似合ってるわね!ミーナお姉ちゃん!❤️』

『(男性)モデルみたいだわ!』


『……そうか?』

『本当はスカートでも良かったんだが……』


『そ、それはダメ!』


『何故……?』


ミーナはクラリスが作ったスクランブルエッグを食べ、コーヒーを飲む。


『……母親は元気か?クラリス』


『……薬の量が増えてる』

『薬代だけで1000ドルを超えてるわ……』

『診療代もバカにならないし……私も色々と稼ぐ方法を考えているの』


『……身体だけは売るなよ、クラリス』

『お前のバカ親父は、未だにお前を金ヅルと考えているんだからな……』


『……パパはバーの経営が上手く行かなくて酒浸りよ』

『でも見捨てられないわ……』


ミーナはカップを置き、泣きそうなクラリスの肩を撫でて言う。


『大丈夫だ』

『私がなんとかする。苦しいのは今だけだ』

『だから、お前は安心して学校に行って来い』


『お姉ちゃん……』


『……分かったな。私は面接へ行って来る』


彼女はクラリスの額にキスをすると、そのまま玄関に向かって行く。


『(今なら分かる……親父がどれだけ凄い男だったのか)』

『(この崩壊しかけの一族をどうやって維持していたんだ)』


彼女は玄関に置いてある18世紀のピストルに目をやる。


『(ご先祖様はドイツの貴族か騎士だというが……)』

『(子孫達の有様を見たらエラい嘆くだろうな)』


そして、彼女はガレージを開ける。

彼女は父親の形見である4WD車に乗り込み、キーを差し込む。


『(……昨日整備したから大丈夫だろ)』

『(バイクで面接行くワケにも行かないしな……)』


無事エンジンは掛かり、彼女は車を発進させた。


~資材会社~


『ふむふむ。そうですか』

『陸軍で9年勤めて特殊部隊にまで所属し、勲章も貰ったと』

『で、お辞めになられた理由は?』


『えっ、えっと……』


『……答えられないのですか?』


『子供を……撃った……』

『10歳ぐらいの子供を……』


『──申し訳ございませんが、ミス・リュドヴィッツ』

『我が社には家庭持ちも多いんです』

『そういう方が居るだけで、不安を感じる方もいらっしゃいます』


『……ですよね』


『ただ……そのような経験をしても尚、前に進もうとする貴女の姿勢……』

『そして正直さには好感を持っています』

『個人的には、ですが……』


~物流会社~


『将校まで行ったんだな』

『で?大学は出ていたのか?』

『出てねぇのか。偉業だが、このポジションじゃ受け入れられないな』

『間違いなく、名門大学出の幹部達の反発を食らう』


『んなアホな……』


『アホみたいだが、これが現実だミーナ』

『俺はお前のガッツが好きだが、上はお前を嫌うだろうな……』

『そうなると、採用した俺の責任問題にもなる』

『俺にも家族が居るんだ。済まない……』


~保険会社~


『軍では部隊を率いていた、との事ですが……』

『それが当社でのマネージメント業務にどう活かせると?』


『どう活かすって……』

『そりゃ普通に命令して仕事させて、仕事後も相談事に乗ったり……』

『現場を把握し、システム的に人員を配置して、業務を効率的に遂行する事にも慣れています』


『まさか、将校時代と同じ対応を部下になさる積りですか?』

『昨今では当社の人員の価値観も多様化しており……』


『多様化?ならそれも大丈夫です』

『部下にはアジア系もヒスパニック系も居ましたから』


『ミス・リュドヴィッツ』

『私はそういう事を言いたいのではありません』

『軍隊式のやり方では、メンタルヘルスに問題を抱える社員を量産する事になります』

『時代にそぐわないんです』


『(私は良いのかよ……)』


夕方──

ヴェルミーナは公園のベンチに座り込み、頭を抱えていた。


『ダメだ……!』

『まるでハイスクール卒の無職扱いだ……!』

『それと経験を重視する、って話はドコ行ったんだよ!』

『軍での経歴は職歴じゃないってか!?ちくしょう!』


彼女はコーラの缶を池に向かって投げた。

が、池の側に座り込んでいた女に当たってしまった。


『あ……やべ……』


銀髪の女は頭を抱えてうずくまり、恨めしそうにミーナの方を睨んだ。


『わ、悪かったって……』

『頼むから訴えてくれるなよ』


銀髪の女性は涙目になりながら、彼女に詰め寄って言う。


『一体私が何をしたというの……!?』

『確かに私は底辺だけど、ここまでされる謂れは無いわ……!』


『(め、めんどくせぇ……)』


『所詮、貴女みたいなスーツを着たエリート様には分からないわ……』

『私がどんな気持ちで池を眺めて居たか……』


『(ちょ、超めんどくせぇ……!)』


ミーナは立ち上がり、その場から逃げようとする。


『待って……!』


彼女は細い指に手首を掴まれる。

彼女は反射的に銀髪の女を投げ飛ばしてしまった。


『あっ……』


哀れ女は池に落ちてしまった。

銀髪の女は泳げないのか、水面で藻掻き始めた。


『……その池、水深70センチぐらいだぞ……』


女は足が底に着く事が分かると、立ってヴェルミーナの方を睨み始めた。


『な、なんだよ……』

『せ、洗濯代ぐらいなら出してやるから……』


『当然でしょう!?』

『私の時給は安いのよ!?』


そして、銀髪の女は泣き出してしまった。


『ヤだぁ……!もうイヤだぁ……!!』

『皆が私を虐める……!!』

『助けてお母様ぁ……!!』


通行人達の視線が彼女達に集まる。

ヴェルミーナは仕方なく池に入って泣き叫ぶ彼女を抱え、最深1メートルの池から救い出した。

そして彼女をベンチに座らせて言う。


『何か暖かい食べ物を買って来てやるから、少し待ってろ』

『……な?』


銀髪の女は泣きながら頷く。

その時、黒人の若者達がスマホをアーデルハイドへ向けていたのに、ヴェルミーナは気付く。


『(──野郎!!)』


彼女は上着を脱ぎ、シャツの腕を捲って彼等に詰め寄って行く。


『オイコラクソ共……』

『その撮った動画、どうする積りだ??』


『な、なんだよ!?』

『お前には関係ないだろ、レッドネック!!』


彼女の腕に血管が走り、筋肉が盛り上がって行く。


『この寄生虫(カス)共が……』

『こんなのを護る為にアイツらは死んだのか??』


彼女はスマホをふんだくると、凄まじい力で基盤ごと握り潰した。

そして若者の頭を掴んで言う。


『次、下らねェ動画なんて撮ったら……』

『テメェらの頭蓋を握り潰してやるからな……!!』


『わ、分かりました……』


黒人の青年達は、ヴェルミーナの脅しの前に退散して行く。


『……ったく……!』

『いつの間にこんな黒人が増えやがった……!』


彼女は怒りながらホットドッグの屋台へ行く。


『ドッグを2つ』

『ケチャップだけで良い』


『……あいよ』

『姉ちゃん、あの女に構うのは止めときな』


『……なんでだよ』


『あの女に少しでも関わると不幸になるんだよ』

『あの女の話し相手になったバアさんは、公園を出た瞬間車に轢かれて死んじまった』


『……そんなの偶然だろ、多分……』


『だと良いがな』

『兎に角、ああいう手合いには余り関わらないこった』


ヴェルミーナはホットドッグを2つ受け取り、一つを女へ渡す。


『ホラ、これでも食え』

『明日も仕事があるんだろ?』


銀髪の女は頷き、ホットドッグに小さく被りつく。


『……ありがとう』

『でも洗濯までは付き合って頂戴……』


『なんでだよ』

『カネもこれから渡すし、メシまで奢ってんだろ』

『それ以上のサービスを私に求める気か?』


銀髪の女はまたも青い瞳に涙を滲ませた。


『どうなってんだよ今日はよ……』

『言われるまでもなく厄日だぜ、屋台のオッサン……』


屋台のオッサンは肩を竦めていた。

ヴェルミーナは仕方なく銀髪の女を抱え、自分の車に乗せる。


『家まで送ってやる』

『場所は?』


『 セント・クレアのアパート……』


『……(貧困街だな……)』


彼女が運転席のドアを開けよう反対側に回ろうとした、その瞬間だった。

トラックが突如突進して来て、彼女を跳ね飛ばした。


『──っ!!?』


跳ね飛ばされた彼女は屋台に突っ込み、頭からケチャップとマスタードを被った。

屋台のオッサンは異世界転生しそうになった彼女へ、恐る恐る声を掛ける。


『お、おい……!大丈夫か姉ちゃん……!!』

『言わんこっちゃない……!!』


『……だ、大丈夫だ……!』

『アンタの話、マジだった……疑って悪かった……!』


店主はヴェルミーナの肩を抱えて起こす。


『何処か折れてるか……?』


『……いや、大丈夫だ』

『軽い打撲で済んだっぽいな』


『……普通は死んでるぞ……』

『これでもあの女に関わり続ける積りか……?』


『洗濯まで付き合う、って約束しちまったからな』

『不幸を呼ぶ女からのご命令を全うする積りだ』


『……大したモンだな、姉ちゃん……』

『損害を賠償する必要はねぇ』

『その代わりに、あの銀髪の女をどうにかしてくれや』

『このままじゃ商売上がったりだ』


『……任せておけよ』

『私に不可能な任務は無いんだ』


店主はヴェルミーナへスプライト(※2)を渡し、彼女は再び車に向かって行って乗り込んだ。


『……洗濯まで付き合ったら、本当に終わりだからな!』

『私はクラリス達の面倒まで看ないといけないんだ……!』


『……クラリスって?』


『私の従妹だよ』

『クソ生意気だが、可愛い妹みたいな存在さ』

『……それ以上聞いたらブチのめすからな』


『……分かったわ』


彼女はアクセルを踏み、 セント・クレアへ向かった。


~セント・クレア~

~銀髪の女が住んでいるアパート~


ヴェルミーナはレンガ造りのアパートメントの前で、車を停めて降りる。


『……相当なボロだな、こりゃ……』

『こんな建物があったのか、って感じだ……』


『……月350ドルで部屋を貸してくれる所なんて、ここしか無かったの……』


『……悪かった』

『てか仕事は何をしてんだ?』


銀髪の女は俯く。


『……マズかったか?』


『……部屋に入れば分かるわ……』


女はアパートメントの中に入って行く。

そして部屋に辿り着いた。


『うわ……本だらけじゃねぇか……』

『床に積み重なってやがる……教官連中が見たら血圧上がり切って卒倒しそうだ』

『それはそれとして、洗濯機とシャワーは……?』


『洗濯機は共用……』

『シャワーは配管の問題か分からないけれど、偶に止まるわ』

『1週間は浴びれなくて、ジムのシャワーを使った事もあるの……』


『ウソだろオイ』

『てかジム行ってたのか』

『ヒャハハハハハ!!その割にはカリカリじゃねぇか!』


ヴェルミーナはいきなり笑い始め、銀髪の女は不快そうに眉を顰める。


『なんて下品な笑い方……!』

『ここまでして貰っておいて何だけど、私は貴女のコトが嫌いだわぁ……!』


『おーおー嫌え嫌え』

『お陰様で、ヤハウェもビックリな疫病神とお別れ出来るぜ』

『ん……?』


彼女はハンガーに掛かっている、マックの制服に気付く。


『お前……マックで働いてんのかよ』

『難しそうな本沢山読んでるクセに……』

『なんだ?このニーチェってのは……なんか童貞拗らせてそうなツラだな』


『……!……!……っ!!』


地雷を連続で踏み抜いて行ったヴェルミーナに、銀髪の女は怒りを露わにする。


『……出てって!!』

『出て行きなさいってばぁ!!』


女はヴェルミーナを扉へ押しやろうとするが、フィジカルが余りにも違い過ぎて一ミリも動かなかった。


『お前……少しは鍛えた方が良いぞ』

『クラリスですら偶に私を投げ飛ばせるぜ?』


それはクラリスが凄いだけだと思う。


『……出て行きなさいよぉ……!』


『お前が来て欲しい、って言ったんじゃねぇか』

『マジで意味分かんねーよ……』


ヴェルミーナは女の腰を抱えて逆さまにし、ベッドへふわりと放り投げた。


『きゃっ!?』


『……ボクササイズぐらいはやった方が良いぜ』

『てか普段何を食べてるんだ……?軽すぎるぞ……』


彼女の視界にシリアルの箱と果物が映る。

彼女はシリアルの箱を取って言う。


『18世紀の船乗りかよお前は……』

『普段肉は食ってるのか?』


女は首を横に振って言う。


『1週間に1~2回ぐらい……』


『カネ無さそうだしな……』

『取り敢えずシャワー浴びさせて貰うわ』

『頭がマスタード臭くて仕方ねェ』


ヴェルミーナは服を脱ぎだし、その野性的な身体とそこに刻まれた傷が露わになる。

銀髪の女はその光景に絶句する。


『……ヒャハッ』

『そんなに銃創が珍しいか?お嬢ちゃん』


『……ギャング?』


『元軍人だよ』

『大尉だったが、子供達を撃って一般除隊になっちまった』

『……本部からの情報では爆弾を全身に巻き付けたテロリスト、って言われたが……』


『……本当にタダの子供達だった……』


『……そうだ』

『その事で査問に掛けられ、私は自分から辞める事を選ばざるを得なかった』

『私の言葉はまるで相手に届いてなかったよ』

『まるで……元からそういうシナリオが作られて居たかのように……』


銀髪の女は本の山から、一冊の青い本を取り出して言う。


『これは古代中国の故事成語を纏めた本……』

『ここには『狡兎死して走狗煮らる』、って言葉が書いてあるわぁ……』


『……どういう意味だ?』


『役立つ間は重宝されるけど……用がなくなると捨てられたり、ひどい目にあわされたりする……』

『そういう意味よぉ……』


『……今の状況そのまんまじゃねェか』

『私の事が邪魔になったんだな、ウェストポイント組の連中は……』


ヴェルミーナは下着姿でタバコの箱を取り出し、火を点けようとする。

すると、銀髪の女は酷く怯え始める。


『……タバコがダメなのか?』


女は問いかけに答える事が出来ず、唇を震わせるだけだった。

ヴェルミーナはタバコを窓の外から捨て、ライターを上着へ仕舞った。


『……そういや、名前も聞いて無かったな』


『ア、アーデルハイド・R・サクラスブルグ……』


『……ドイツ系か』

『私と同じだな。私はスコットランドやアイルランドの血が混ざってるけど……』

『出身は?』


『フレデリックスバーグ……』


『なんだよ、割と良い所で生まれたじゃねェか』

『もっと酷い場所かと思っていたぜ』


彼女は下着を脱ぎ、シャワールームへ向かう。

突然、弱弱しい抱擁が彼女の胴を包んだ。


『……そっちの趣味があるのか?』


『……ありがとう。自分の人生を犠牲にして、私達の生活を護ってくれて……』

『皆はどう言うか分からないけど、貴女は私のヒーローよ……』


ヴェルミーナの緑色の瞳に、少しずつ涙が溜まって行く。


『……一緒にシャワーを浴びてくれないか……?』

『手が震えて、蛇口を握れそうにない……』


アーデルハイドの細い指に彼女の涙が落ちて行く。

二人は手を握りながらシャワールームへ行き、アーデルハイドはバルブを捻った。

最初は冷たかった水が、少しずつ暖かくなって行く。


『……暫く……こうして居てくれるか?』


『ええ、英雄の貴女が望むのなら何時までも……』


アーデルハイドの華奢な身体が筋肉質なヴェルミーナの身体へ、ピタリと引っ付く。

濡れた髪が混じり合い、絡み合う。

アーデルハイドはヴェルミーナの左胸に自分の頭を押し付けた。


『暖かくて……優しい鼓動……』

『そして力強い……』


『……そんな事を言われたのは初めてだ……』

『私の戦いに……意味はあったのか……?』


『もし無かったのならば……これから私が意味を与えてあげるわぁ……』

『こんなにも心を通わせられた人は初めてよぉ……』


アーデルハイドの碧眼が湯気の中で妖しく光る。

ヴェルミーナは尖った歯を剥き出しにし、アーデルハイドの薄い肩を甘噛みした。

翌日──


ヴェルミーナは裸で目を覚ました。


『……これはクラリスに怒られるな、色んな意味で……』


ベッドの隣には裸のアーデルハイドが寝息を立てていた。

彼女は起き上がる。


『……よし!』

『任務完了!』

『家まで撤退するか……!』


ヴェルミーナはスマホで時間を確認する。

そこにはクラリス閣下からの着信やチャットが大量に入っていた。


『……』


アーデルハイドは身を捩り微笑みながら、ヴェルミーナの腕に自分の腕を絡める。


『…………』

『もう一眠りするか……!』


クラリス閣下開廷の軍法会議が決定した瞬間だった。

数時間後──


『なんか言い訳ある?』

『このバカミーナ』


『……いや、アレは事故だったんだ』

『それにあのまま放っておくワケにも行かなかったし……』


『どー考えても誘われてるでしょ!それは!!』

『無職なのに女と寝てる場合!?』

『ホンっと信じられない……!』


『すまない……それについては弁明のしようがない……』


クラリスは腕を組み、正座するヴェルミーナを冷たく見下ろす。


『罰として今日から一緒に私と寝る事』

『そしておやすみとおはようのキスをする事』

『良いわね??』


『あ、いや、その帰れない事もあるし……』


『無職に拒否権は無いわ』

『そういう事は1ドルでも稼いで来てから言うべきね』


完膚なきまでの正論に、ヴェルミーナは唇を結び首を捻って抵抗するのが精一杯だった。

しかしクラリスの顔は明るく、何処か満足気だった。

そりゃ、大好きなミーナお姉ちゃんと毎日寝られるんだからな。


『……で』

『再就職、上手く行ってる?』


『……ダメだ』

『面接の時点で脈なしだった……』

『ハイスクールを出て、ロスの裏路地でヤク吸ってた連中と同じ扱いなんだ』

『辞めた理由を聞かれたりもした。だが……だが……』


『……分かったわ』

『ミーナお姉ちゃんは十分以上に頑張ってる』

『このクラリス・フォン・ザイトリッツが認めているわ』

『で……今日のご飯はどうするの?』


『キャンベルのスープ』

『それかヴェンディーズ(※3)で』


クラリスはヴェルミーナへ顔を近づけて言う。


『……料理出来ないの……?』


『肉を焼くくらいなら出来る……!』


『パイの作り方とか……習わなかったの??』


『生地のこね方の代わりに、銃の撃ち方を覚えさせられたからな』

『文句は死んだ親父に言ってくれ』


『生活力ゼロ過ぎて笑う気も起きないんだけど……』

『アヴリルさんは一体アンタに何を教えていたワケ??』


ヴェルミーナの緑色の瞳が、鋭くクラリスを見据える。


『あのクソ女の事は二度と口に出すな』

『研究の為に私と親父を捨てやがった、あのクソの事はな』


『……迂闊だったわ』

『ごめん』


『スマン……アイツの名前が出るとついカッとなるんだ』

『親父は死ぬまであの女の事を気にかけていた』

『親父が家庭で満たされていれば、PMCに入ってイラクなんぞへ行く必要もなかった……』


ヴェルミーナは棚からワインボトルを取り出し、開けて飲み始める。

レイやんと同じラッパ飲みだ。


『でも一番憎いのはあの女の遺伝子のお陰で生き延びて来られた、って事だ』

『その気が無くても嫌にお脳が冴えすぎる……忘れたい事も忘れられねェ……』

『SAT(※4)だって楽勝過ぎた。だからこそ……』


『シュナイダーさんの道を進んだのよね』

『彼を尊敬していたから、敢えてアヴリルさんとは正反対の世界を突き進んだ……』


『そしてこのザマだ』

『研究者になって白衣を着た私を見たかったか?』


『(ちょ、超見たい……!)』


クラリスは赤面しながら下腹部を撫でた。


──3日後。

カーネギー美術館にて。


『……オイ』

『美術館なんて、私に一番そぐわないぞ……』


『それは思い込みよぉ、ミーナ……』

『貴女には無限の可能性があると思うの』

『それを自分からフイにしてしまうのは、余りにも悲しいわ』


『可能性、なぁ……』


二人はまばらな人通りに紛れながら、名画や恐竜の標本などを鑑賞して行く。

そして、ヴェルミーナはある絵画の前で立ち止まる。


『これは……』


『《浴槽の中の裸婦》』

『19世紀から20世紀に掛けてパリで活躍した、ポスト印象派過渡期の画家……』


『ふーん……』

『で、モデルは誰なんだ?これ……』


『妻のマルトよ』

『持病があって、日に何回も入浴を繰り返していたらしいの』


『……絵、って描ける場所あるか?』


『──あるわ』

『今日はワークショップも開かれているから』


ヴェルミーナはアーデルハイドの肩を抱き、ワークショップの開催場所まで歩いて行く。


『……さっきはこんな場所そぐわない、って言ってたのに』


『言いたい事が出来たんだ』

『でも上手く言葉に出来なかった』

『だから、絵にしてみようと思ったんだよ』


ヴェルミーナは日の差す窓の向こうを、ジッと眺めて居た。


『もしかしたら、ミーナには芸術家としての才能があるのかも……』


『……よせよ』

『絵具を使って絵を描くなんて、何年ぶりだって感じだしな……』


そして──

アーデルハイドはミーナのキャンバスに落とし込まれた光景に、思わず涙が出てしまった。


『……凄いわ……』


ヴェルミーナは凄まじい集中力で、プロの画家顔負けの絵を創り上げて行く。

講師や職員達も呆気に取られ、彼女と彼女の絵に魅入ってしまっていた。


『……良し、出来上がりだ』


そこにはシャワーを浴びる、痩せた銀髪の女が描がかれていた。

しかし、寒々しさは無く、何処か暖かさを感じさせる色使いでもあった。


『題名はさしずめ《シャワーの中の裸婦》、ってトコか』


アーデルハイドの顔が真っ赤になり、ヴェルミーナの肩をポカポカと叩く。

ヴェルミーナは尖った歯を剥き出しにして笑いこける。

そこへキュレーターらしき女性が近づいて来て、彼女へゆっくりと声を掛ける。


『……お客様』

『貴女は何処かで絵画を学ばれたか……それともプロの画家では……』


『いいや、タダの退役軍人だ』

『任務でヒマな時、スケッチはしていたりしたが』


『……もし宜しければ、個展へ出品する手配をしても……』

『貴女には紛れもない才能があります』

『30年この道に従事して来ましたが、ここまで心に食い入る絵は無かった……』


『そんな価値があるのかよ、私とこの絵に』

『これは私の心を救ってくれている女の為に描いた』

『非売品、っていうかプレゼントする為に描いたんだよ』


ヴェルミーナはアーデルハイドの方へ向けてウィンクした。

アーデルハイドは恥ずかしがって、跳ねた髪を整えた。


『お望みならもう一枚描いても良いぜ』

『ただ、アンタらが正気を保てるかどうかは保証しない』

『……描くのは私の闇だ。それでも構わないか……?』


『……是非』


『──分かった』

『明日また来るから、道具だけ用意しておいてくれ』

『その絵も明日取りに行く』


『……お待ちしております』


二人は美術館を出て行く。


『……ミーナ』

『本当に美術学校とか行ってないの?』


『……ああ』

『なんかな、不思議と昔から何でも出来ちまうんだよ私』

『だからスポーツや格闘技が楽しかった』

『ケンカもだけど、な(実は勉強も)』


『……羨ましいわ』

『私に貴女程の才能があれば……』


『ここまで苦労はしなかった、ってか?』

『絵も描いていたんだよな、アーデルハイド』


『……芽吹かなかったわ』

『私……人物を描くのが苦手なの』

『でも貴女は真っ先に人を描いた……』


『そりゃ私はお前の事が好きだからな』

『お前の事を描くに決まってんだろ』


アーデルハイドはヴェルミーナへ肩を寄せる。


『私ね……貴女に嫉妬してるし、憎い所があるの』

『正直、好きか嫌いかで言えば嫌い寄りかもしれない』


『……ずっと好きだったり嫌いだったり、って方が珍しいだろ』

『クラリスなんかとはずっと波があるしな……』

『あれ程好きだった軍隊も、今じゃ嫌悪の対象だ』

『正直、戦争なんかより絵を描いたり、観光をしながらお前と平穏に過ごす方が良いな……って思うんだ』


『ミーナ……』


『今、私の人生は一番落ち着いているよ』

『こんな日々が続けば良いのに、とすら思い始めてる』


『……私もよ』


彼女はヴェルミーナの指に、そっと自分の指を絡ませた。

4週間後──

彼女は庭で酒浸りになっていた。


『ママー!ホームレスがいるー!』


『しっ!指差しちゃダメ!』

『アレはリュドヴィッツさん家の悪魔よ……!』

『ヘタな事をしたら焼いて食われちゃうわよ……!』


ヴェルミーナはカッとなり叫ぶ。


『私はホームレスでも悪魔でもねーよ!』

『この家の所有者だよ!!』

『本当に焼いて食っちまうぞ!!クソガキ!オラァ!』


子供は泣いて退散し、親は彼女と目線を合わさずに同じく逃げて行く。

そこへバイク(無免許)に乗ったクラリスが現れる。

お行儀が悪い事に大股開きだ。ショーツも丸見えだ。


『……悪化してるわ』

『もう本当にヤバいかも……』


彼女は赤紫色の髪を振り払いながらヘルメットを脱ぎ、背後からヴェルミーナの頭を殴りつけた。


『ご近所評価が既に星ゼロなのに、マイナスまで突っ切る気?』


『ステイツの国旗から星を抜いたらマレーシアだ(意味不明)』


『はい没収&処分』


クラリスは酒を回収し、ゴミ箱へと放り込んだ。


『一応聞くけど……あの女との間に何かあったの??』


『……ワークショップで描いた絵が金持ちに売れたんだ』

『7万ドルで』


『ウソぉ……』


『だよな……私もまだウソだと思ってるが、口座の残高は増えてる』


クラリスはヴェルミーナへ抱き着く。


『やったじゃない!これでお姉ちゃんも画家の仲間入りよ!』

『今から食材を買ってくるわ!今日()腕によりを掛けてあげる!』


今日()の間違いである。


『で……何でアンタは酒浸りになんかなってるワケ?』


『……そのせいでフラれた……』

『かもしれない』


『やったわ(やったわ)』


本音が隠せてないぞ、クラリス閣下。

ヴェルミーナは彼女へアームロックを極めつつ言う。


『……アーデルハイドは画家を志していたが、評価されず挫折したんだ』

『人物が上手く描けなくてな……』


『ぐぎぎ……!』

『そ、それ、嫉妬から来る拒絶じゃない……!』

『で……アンタはどうしたの?……ああ~~っ!ギブ!ギブ!』


彼女はアームロックを解く。


『何度か会いに家に行ったり、電話を掛けたんだ』

『チャットも送ってるが、全て梨のつぶてだ……』


『めんどくさぁ……!』

『その女、ちょ~~うぜっっつにめんどくさ!!』

『……で、ここに面倒くさく無くて、超有能で超カワイイ美少女が居ます(チラッチラッ)』


『へぇ』


ヴェルミーナは芝生の上に寝転がって、クラリスへ背を向けた。


『コイツ……!』

『モテるって自覚し始めたわね……!』

『で』


『ん』


『就職どうなの??』


『……』


『もしかして、あのアーデルハイドって女の事で頭一杯だから、就職活動出来ませんでした、って?』

『フラれたからここ毎日昼間からお酒飲んでて、パソコンも開いて居ないと??』

『もう画家になって、感傷に浸りながら自堕落に生きて行きます、ってカンジ??』


数秒間の沈黙が二人を支配した。

今度はクラリスの後ろ三角絞めが、ヴェルミーナに対して炸裂した。


『4週間前の決意と覚悟は何処行ったのよ!このバカミーナ!!』

『おら~~!!』


『うぐぐぐ……!』


ヴェルミーナの顔が青くなっていく。

そして──


『ヤバい、極められているせいで吐きそうだ……!』


『ちょっ、ちょっ待っ……!』


『ダッ、ダメだ待てなおろおろろ……』


大惨事がクラリスの足と、ヴェルミーナの胸の上で発生した。

2時間後──


『反省』


『チッ、うっせ……』


『反省』


『反省してます』


15の少女に27の女が説教をかまされていた。

クラリスは冷凍ピザをつつきながら、ヴェルミーナへ言う。


『……実際どうすんのよ』

『まず絵が売れたのは偶然と考える事。良いわね?』


『ああ』


『で、お金は何かあった時の為に8割は取っておく』

『今のアンタじゃ絶対に管理出来ないだろうから、私が管理しておくわ』

『それと外出は申請&許可制ね』


『なんで外出まで制限するんだよ!』


『無職なのにフラフラ街をうろついていたら、捕まるわよ』

『ランボーみたいに』

『就職が決まるまでは、私が簡単な仕事を与えるわ』

『仕事の報酬も、私がアンタの口座から出すわね』


『完全に禁治産者扱いじゃねーか……』


『もうほぼそうなのよ、ミーナお姉ちゃん』

『状況分かってないの……アンタだけよ』

『そして、早速お使いに行って貰うわ』


ヴェルミーナはコーラを飲みながらクラリスへ質問する。


『お使い?一体何処に行くんだよ』

『つーか私は5歳児か』


『身体が大きくて強い分、5歳児より遙かにタチが悪いっての』

『今日の夜は……マックのハンバーガーが食べたい気分なのよ』


『マック』


『ええ、マックのハンバーガー』

『ポテトとナゲットもね』


『で、報酬は?』


『5ドル』

『そして私のキス……プライスレス❤️』


『任務拒否』


『抗命罪でディープキス&乳首舐めの刑❤️』


『行ってきます』


従姉妹同士の会話か?これが……

ヴェルミーナは立ち上がり、バイクのキーを手に取った。

40分後──


『……うぇ~……』

『何処も並んでやがるぜ、ファックだなマジで……』

『いやそれダメじゃん……!このままじゃお使いも出来ない27歳児じゃねーか……!』


ヴェルミーナはスマホで新たな店を探し始める。


『……少し時間は掛かるが背に腹は変えられねぇか……』


さらに15分後──


『そういやこの辺り……』

『いや、まさかな』


赤い髪を揺らし、ヴェルミーナは店の中へ入っていく。


『──』


そこには無理矢理笑顔を作っていた銀髪の女性店員が居た。

ヴェルミーナはパネルで注文を済ませ、カウンターでの呼び出しを待つ。


『248番の方』

『商品が出来上がりました』


彼女は商品をゆっくりと取りに行く。

だが、出迎えたのは別の店員だった。


『……なんだよ』

『私の顔になんか付いてるか?』


ヒスパニック系の店員が彼女を睨む様に見ていた。

その目からは、僅かに敵対心が感じられた。

そして、彼女は耳にしてしまった。

愛する女が啜り泣く声を。


『オイ』

『奥で誰か泣いてるけど、何があったんだ』


『……お客様には関係の無い事です』


『そうかい』


ヴェルミーナは紙袋からバーガーを取り出し、齧って言う。


『……こんなペラペラなバーガーが5ドルだと?ふざけてんのか』

『画像と全く違うじゃねぇかよ』

『店長呼べや』


『当店ではそのような対応は……』


ヴェルミーナはホルスターから銃を取り出し、店員の額に突きつけた。


『事情を説明しろって言ってんだよ』

『このクソビーナー(※5)が』

『お情けでステイツへ入れてやってんのに、客の言う事も聞けねェのか?』


彼女の猛烈な殺気に店員は汗だくになりながら頷き、店長を呼ぶ。

そして店長が出てきて言う。


『お客様、一体どのようなご用件で……』


『あの銀髪の女店員……どうした??』


『……お客様にはご関係……』


銃弾が店長の帽子を掠め、タイマーに直撃する。

店内が騒然とし、悲鳴が上がる。


『どうした、って聞いてんだよ!!』

『今すぐ理由を言わねぇと……クソテロリスト共みたいに、テメェの脳ミソブチ撒けてやるからな!!』

『あァ!?』


店長は震えながら言う。


『その店員は……たった今解雇にしました……』


『何故だ』


『ミスが多く……仕事も遅く、クレームが発生しており……』

『エリアマネージャーとの協議の元、たった今解雇を……』


ヴェルミーナは眉を顰めて銃を仕舞い、商品をふんだくって言う。


『私基準ならテメーらの方がクビだ』

『想像を絶する屈辱と挫折に耐えながらも、無理に笑顔を作って客に対応する……』

『そんな事がテメェらに出来んのかよ』

『あと……警察を呼んだみてェだが……』


ヴェルミーナの緑色の瞳が凶暴に光る。


『今夜は死人が大量に出るぜ』

『お前らのお陰でな』


彼女は怯える店員と客達の間を通り抜け、店を出る。

そしてバイクに乗り、店の裏手に回った。


『……うぅ……お母様……』

『私……またダメだったわ……!』

『うぅっ〜……!』


ゴミ箱の横に銀髪の女が座り込み、暗闇を見ながら号泣していた。


『アーデルハイド……』


『見ないで……!』

『私を見ないでよぉ……!』

『貴女には……貴女だけにはこんな姿を見られたくなかった……!』


ヴェルミーナはバイクから降り、アーデルハイドを優しく抱え上げた。


『少しドライブに行こうぜ、お姫様』

『赤い天使が月まで連れて行ってやる』


彼女は泣きぐずるアーデルハイドと共にバイクへ乗り、アクセルをふかす。

その時、背後から多くのサイレンが鳴り響き始めた。


『さあ行くぜ!!ドライブ開始だ!!』


店の裏手から赤いバイクが飛び出る。

警官達は驚き目を丸くしたが、それが銃撃犯が運転するバイクであると気付き始めた。


『ミーナ……!一体何を……!』


『クソ共を少し銃で脅しただけさ!!』

『愛する女の名誉の為にな!!』


『ミーナぁぁ……!』


警察車両がミーナのバイクを追い始めた。

アーデルハイドはヴェルミーナに泣きながらしがみつく。

ヴェルミーナは叫ぶ。


『絵はもうお前の為にしか描かない!!』


『……!!』


『お前が死ねと言えば死ぬ!』

『お前が生きろと言えばどんな状況でも生き抜いて見せる!』

『何故ならお前を心底好きで愛しているからだ!!』

『お前が私にまだ戦う理由をくれているんだ!!』


アーデルハイドはヴェルミーナの言葉を聞き、力の限り泣き叫んだ。

警官隊は止まらないバイクへ発砲する。

ヴェルミーナはブレーキを踏みながら方向転換し、バイクは森の中へ入っていく。


『……崖か!』

『上等だ!!アフガンの山よりは全くマシだぜ!!』


バイクは木々を避け、満月を背に崖から飛んでいく。

赤いバイクが月を通り過ぎて行く。


『ヒャハハハハハハ!!』

『見ろ!!今私達は月を走っている!!』

『まだ走れるんだ!!私達は!!』


赤い悪魔の耳障りな笑い声に、銀髪の悪魔は少しだけ微笑みを浮かべた。


〜現在〜

~苫小牧市~


『……もしもーし』


クラリスは眠り込んだヴェルミーナの頬をつつく。

しかし、返事は無かった。


『疲れているんでしょう』

『それに今まで蓄積して来たダメージは、常人の比じゃないかと』


『その通りよ、ヴェルチカ』

『まだ生きているのが不思議なくらいだもの。ふふふっ❤️』

『でも……ミーナのお陰で皆の今がある』


『……そこは認めざるを得ませんね』

『現状、フリスという創造神を名乗る超常存在に対抗出来そうなのは、彼女だけと言っても良い』

『それと……本国でラロシェルが活発に動き回っています』


クラリスは舌を出す。


『うげ……』

『生きてたんだ、アイツ……』

『【デビルチェイサー】では地獄へ放り込まれたのが視えたのに』


『正直、どうやって殺すか何度も思案したのですが……』

『今は……異空間に閉じ込めるぐらいしか方法が無いんですよ』

『シジマはその辺り、非常に上手くやってくれましたね』


アーデルハイドはヴェルミーナの毛先を撫でる。


『ええ。本当に本当に優しいお巡りさんだわぁ』

『けどだからこそ、最適解を選べた……』


『ラロシェル対策、その光明を僅かながら彼女が見せてくれました』

『それに東京を彼の魔の手から護り切った』

『この戦略的意義は非常に大きい』

『本人にも分かって無いでしょうが、この私が保証します』


ヴェルチカは眼鏡を上げながら、パソコンを閉じた。


~アメリカ西部・ロッキー山脈~

~とある地下研究所~


『地獄巡りを堪能して来ました』

『地獄があるからこそ、楽園がある……』

『そうは思いませんか?アヴリル女史』


《……知った風な事を余り言うと、貴方自身の能力が疑われるわ》


『おやおや……これは手厳しい……』

『しかし、それでこそ科学者として尊敬出来ます』


仮面を被った男が、巨大な水槽の前に立つ。

水槽の中には若い女性が浮かんでいた。

水槽は女の目の色と同じ、緑色の液体で満たされていた。


《貴方が約束した、【ティアマトの泥】……》

《まだ納入されないのかしら》


『……事故が起きましてね』

『回収しようとは思っていますが、何分多忙なモノで』


《手を広げすぎよ、ラロシェル》

《一体何が……そこまで貴方を急がせている?》


『【終末(カタストロフ)】』

『賢明な貴女ならそれでご理解頂けるかと』


《……!!》


ラロシェルは培養槽の周囲を歩き出す。


『私の試算によると、残されたリミットは80ヶ月と25日』

『後11ヶ月後から大規模な兆候が現れ始めます』

『この地下研究所も無事では済まないかもしれません』


《アラル海で津波が起きたのは……》


『いわゆる、第ゼロ段階の現象です』

『次はインドのパンジャーブ地方が70度の熱波に襲われるでしょう』

『その次はコンゴで危険生物の大量発生……』


《……個々の小さな事象への対処は、時間とコストの無駄だと……?》


『流石はアヴリル女史』

『私の思う所を直ぐに理解し、納得してくれる』

『貴女の娘とは大違いだ……』


水槽の中に泡が立つ。


《……娘があの悪魔に深く入れ込んでいるのは知っている》

《貴方と思想的・軍事的に対立しているのも……》

《けど、それでも私の大事な娘……》

《手を出すのなら、考えがある》


『フフフフ……まさか……』

『家庭のご事情に踏み入るなんて事はしませんよ』

『ただ、共有して欲しいのですよ……【パーフェクトソルジャー計画】の全容を』

『遺伝子工学と生体工学の結晶たる、あの計画の詳細な内容を、です』


《……出来ないわ》

《何故なら、その結晶があの子なのだから》

《数千人の兵士や捕虜……そしてシュナイダーとの時間……その上にあの娘は居る》


ラロシェルはお辞儀をする。

まるで日本人だな、お前は。


『成る程……それが貴女のこちらに対する切り札……』

『承知しました』

『なら、私はあの銀髪のサタンを始末する事に、より力を注ぎましょう』

『サタンが居なくなれば、きっと娘さんは貴女を愛するようになる筈です』


ラロシェルはブロックがバラバラになるように崩れ、その場から消えて行った。


※1 水分・電解質・炭水化物を効率的に補給できる世界的に有名なスポーツドリンク。運動しない人が飲みまくったら死ぬぞ。


※2 コカ・コーラのレモンライム風味炭酸飲料。雷雲上での発光現象レッドスプライトという意味も持つ。


※3 ウェンディーズのもじり。日本で見掛けなくなったのは、ゼンショーとの契約が切れたから。

日本の庶民はゼンショーと共に生きている。


※4 アメリカの大学進学を希望する高校生が受ける共通の学力テストで、英語(Reading & Writing)と数学のセクションで構成される。

ミーナは大学へ行かずに軍隊行ったので、彼女の複雑な心境が窺えます。

因みに、彼女はそこで満点を叩き出しました。

多分これが可能、もしくは達成したのが、作中だとヴェルチカとクラリス、エリシェバ、ラロシェルだけですね。


※5 豆野郎(beaner)は主にメキシコ系アメリカ人を指す、差別的なスラング。ジュビアさんの前で言えたら大したモンだと思う。ミーナは気軽に言うと思うけど。


今回は話が一番長かったな。

でもそれだけ書きたかった。


警官達の話に出て来たデルタの狙撃手、これはクエイドの事です。

彼の症状はミーナよりも更に重く、街で生活する事を彼自身から避けているぐらいです。

彼目線では札幌の街が、キエフやバグダッドに視えています。

外付け装置が弱い分、クエイドの方がミーナより危険かもしれない。


二人共本来日常生活には戻って来れない人なんだけど、ダンジョンという非日常が出現した事で、皮肉にも社会へ戻って来た感がある。

二人共戦士として余りにも完璧過ぎた……


そして、再就職に苦戦するシーンですが……

人によってはトラウマを抉られるかもしれません。

が、向こうの就活の厳しさはこちらの比じゃありません。

これでもかなり優しい描写です。

人事側も退役軍人に対するリスペクトがあるから。

このリスペクトを抜きにしたのが、民間人の就職活動です。


一族を養って行こう、と腹を決めて1日3件も面接に行く、ミーナのこの覚悟とバイタリティが本当に凄い。

自殺寸前の精神状態でコレですから、資本主義の本場では生きるのが本当に厳しいんだなと思う。

あのミーナが、屈辱を堪えて敬語を使っているぐらいですからね……


ピッツバーグはケッチャプとマスタードで有名なハインツの発祥地でもあります。

無論、ホットドッグ屋のオッサンも居ます。今は分かりませんが。

ホットドッグはドイツ移民がソーセージ料理をアメリカに持ち込んで、発展しました。

ドイツ系の三人に取っては馴染みの深い食い物です。


閑話休題。


アーデルハイドに取ってはミーナが救いだったし、ミーナは彼女のお陰で本来の自分を少しずつ取り戻せて行けた。

ただ、そう上手く行かないのが人生です。


ミーナの知能の高さは母親譲りですね。

彼女の父親と母親は軍の研究所で知り合い、結婚しました。

ただ、シュナイダーは軍務で家を空け、アヴリルは研究で家に居ない事もしばしばでした。

普通はこの環境だとグレるけど、父親のシュナイダーのお陰でミーナはかなりの程度まともになった気がする。


普段はヒャハヒャハオラオラ言ってるけど、人一倍繊細で真面目な人かもしれない。

1日に面接を3件受けるのは心底真面目じゃないと無理だって。

自分も昔転職した時1日2件が限界だったし。


そして、母親のアヴリルはまだ生きています。

ラロシェルは彼女と共同プロジェクトでやり取りをしている。

さあ面白くなってきたぜ。

あのイケメン仮面の手は何処までも広い。


ミーナはラロシェルを始めとした超エリート達に、知力でも負けていません。

ただ、その方向性が違っています。

何処まで行ってもブルーカラー的な思考・価値観なんです。

面接に通らない根本の理由はそこにあると思う。

これは父親の影響というか、自分で自分に掛けた呪いみたいなもんかと。


彼女は研究者や芸術家としてもやっていけるぐらい、頭が良くてセンスがあるとも思う。

ただ、彼女自身はバイクを弄ったり格闘技をやる方が楽しいと思っています。

スプレーアートとかでとんでない傑作残すタイプ。

ミューゼさんとはかなり気が合って合同作品を創る気もする。

クラリス閣下とアーデルハイド総統がそんな事許さんが。


イチカは未来派の優等生だけど、ヴェルミーナはストリート派の麒麟児ですね。

【降下機甲猟兵】のスケベな服装デザインは、彼女のラフが元になっています。

デザイン会社で働いてるミーナを想像するのも楽しい。

でも彼女は塗装屋を選ぶだろうな。


で、ラロシェルが地獄温泉巡りから帰国しました。

時間はあくまでもヤツの推測と試算ですが、大体は合っています。

暫くしたら、大事件を起こすので乞うご期待を。


ヴェルミーナは、遺伝子工学と生体工学の傑作である可能性が生まれて来ました。

近いスペックのクラリス閣下もその可能性が出て来ています。

だとしたら、クラリスのパパは娘を売った二重のロクデナシって事になるけど、ここまで来たら突っ走って欲しい。


というワケで今回の後書きは終わりだぜ、お前等。


「面白かった」「次も期待している」「地獄から帰ってくるな」

「ミーナが想像以上にまともで驚いた」「PTSD状態のミーナは見ていられなくなる」「クエイドスゲェ……」「クラリスの世話焼きっぷりがもう嫁やん」「そ、それはダメ!」「先祖が貴族なのか!?」

「確かに嘆く」「で、お辞めになられた理由は?」「それが当社での業務にどう活かせると?」

「め、めんどくせぇ……」「ちょ、超めんどくせぇ……!」「異世界転生始まるかと思った」

「ミーナが頑丈過ぎてビビる」「出会いは割りと最悪」「まだ退職に追い込まれた理由ありそう」

「ゆうべはおたのしみでしたね」「バカミーナすぎる……」「クラリスかわいいな……」

「ちょ、超見たい……!」「アーデルハイド、頭は良さそうなんだよな……」「もう美術館デートやんけ」

「シャワーの中の裸婦は草」「スペック高いな、ミーナ……」「ママー!ホームレスがいるー!」

「ウソぉ……」「へぇ」「就職どうなの??」「反省してます」「私のキス……プライスレス❤️」

「抗命罪やめろ」「クラリス閣下はさぁ……」「正直、ハンバーガーに対してはそう思う時ある」

「やっぱキレるとヤバいなミーナは」「マジで愛しているんだな、アーデルハイドを……」

「誰も傷つけなかったのは根本が優しすぎる」「マジでカッコいいな、この赤い天使……」

「ヴェルチカの言葉が気になった」「なんだその計画……」「こんな完璧じゃない兵士が何処に居んだよ」


と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。

宜しくお願い致します。

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