★夏祭り3
R15に改稿していますが身体接触があります
ぱたりと戸が閉まれば完全に二人だけで、葵は布団へ正座した。
沖田は葵を布団へ寝かし、横で肘を付いて片手で頭を撫でた。
彼と一日過ごせたことで胸がいっぱいで、なのにまだ望んでしまう。
「あの」
「なに?」
葵は口を噤んだ。
(……なんて言えば?)
思い浮かぶ言葉をはしたないかな、と打ち消して、他に上品な言葉を探してみても、
甘い香りで満たされた部屋は酸素が追いやられていくようで、頭がぼうっとなる。
(どうしよう、何もされてないのに……なんか……)
頭を撫でていた手が髪を梳き、耳を掠めると、想いの強さがますます過敏になる。
沖田は葵の瞳に自身を映し、手を額に当てた。
「平気? 熱?」
いつものからかう声ではない。本気で心配されているのだとわかり、
なのに、硬い手の平が自分よりずっと熱いから、
濡れた目尻を擦り付けるように枕へ顔を隠した。
「変なんです……恥ずかしい……」
後頭部を撫でていた彼の手が、葵の髪紐に触れる。結び目が緩む。束ねた黒髪がほどけていき、流れるように沖田の手にかかる。
「大丈夫だから」
彼は背に被さるように躰を重ねた。枕に顔を埋めている葵の浴衣に手をかけ、肌に擦れないように襟を後ろへずらす。
「あ……それ」
震えが大きくなる。声が高くなり、枕の端をきゅうっと握った。そのとき、彼の動きが止まった。
「はぁっ……?」
葵は肘をつき、乱れた髪を押さえながら後ろを見た。
彼の細まった目が、優しくこちらに向いている。言葉の続きを待っているようだった。
「なんでもない……です」
この熱に気づきたくなくて、再びうつ伏せになる。
触れられるたびに、もっと、と身体が彼を追うが探しても足りない。
何度もそうされ、もどかしくて灼き切れそうで、どうしたらいいかわからない。
「もう、や……」
声の震えを受けて、手が静かに離れた。
「ごめん、聞きたかったんだ」
昂った熱が引いていく。それが寂しくて、どれだけ彼を求めているのかわかってほしくて、
「欲しい、総司さん……」
やっと聞こえるくらいの声を絞り出した。
「嬉しい」
背へ口づけたままの彼の唇から、真っ直ぐな言葉が紡がれる。
受け止めてもらえた。
そのことが甘い幸せとなって全身へ広がり、
呼吸を忘れていた胸が数回、大きく上下した。
息を深く吸えるようになるまで、沖田はただ、手のひらで背を温めてくれていた。
「落ち着いた?」
改めて確認されると、また恥ずかしくて、小さく頷いた。
しがみついていた枕が引き抜かれ、肩からゆっくり仰向けに返される。
沖田は微かに息を飲んだ。
「葵」
掠れた声が耳に届いて、身体が力強く抱かれた。
赴くまま唇をもらった。
余裕のない接吻に、抑えられない声を丸ごと飲み込まれてもなお、あらゆるところから零れ落ちる。
心が掬い上げられ、幾重にも大切に包まれる。
その落差に視界が霞み、
何度目かの口づけにまぶたを閉じた。
◇
朝、目を瞑った葵は陽に包まれていた。
沖田は癖になったように後ろ髪を梳いていた。葵の鎖骨までの短い髪は、生糸のようだけど絡まない。
寝顔なのだから笑っているわけではないのだけど、
柔らかに瞳を覆うまぶたも、自然に開かれた唇も、健やかという言葉がぴったりであまりに幸せそうで。
もう少し、後少し。
がいつの間か"ずっと"に変わっていく。
この先何度も訪れるはずのこのひとときを、こんなに刹那く見詰めてしまうのは――
思考を封じようとしたとき、ちょうど、葵のまつ毛が朝の光を揺らした。
◆
「良く寝てたね」
「ん……はい」
抱かれる感触がいつもと違うことで、互いに衣服を着ていないことに思い至る。
(でも、意外と大丈夫……)
昨日受け止めてくれたからだ。と、結局彼に顔を埋めようとしたら、逆に自分の胸にぬくもりが飛び込んできた。
「そ、そうじさ……ん?」
黙って葵の腕に抱かれている沖田。
寝る時用に、いつもより低い位置で髪が結ばれている。普段はあまり触れない頭を、そうっと頭頂から結び目まで撫でた。
(後頭部が、丸い)
当たり前だ。
でもそれだけで胸がいっぱいになる。
なぜか腕の中の彼を小さく感じた。
「……なにか、ありました?」
え、と見上げてきた目はすぐに伏せられた。
「なんでもない」
寂寥を帯びた笑みに、きゅっと腕を強くした。
「総司さんの胸みたいに広くないですが……良ければいつでもどうぞ」
くくっと笑う声が胸に響いた。
「広くはないけど、深いよ。葵は懐が深い」
沖田は葵を支えるようにして起こす。
昨夜買った櫛を、葵の髪に入れた。
上からそっと梳かし、絡むと無理にせず、もう一度頭頂から櫛を入れる。
慈しむような手つきを感じながら、鳥のさえずりに耳を任せた。
引っかかりなく流れるようになった髪に、葵は手ぐしを通して顔をほころばせた。
「つげの櫛、さらさらになりますね」
シンプルな方が髪に良いと店の人に教えてもらったのが、言う通りのようだ。椿油を買おうかな、なんて思いながら、返してもらった櫛を大切に櫛入れに戻した。
「もっと伸びれば、簪も挿せるよ」
「どれくらいですか?」
「これくらいかな」
沖田の手が、肩甲骨の辺りに触れる。
もともとはそれくらいあったな。と、葵が鎖骨までの髪を後ろへまとめようとすると、沖田が紐を引き取る。
「すぐ伸びるよ」
髪に口づけられた音がした。
「葵の誕生日も一緒に祝おう」
彼としたいと思ったことは今まで全部叶ってきた。
年越しも、桜も、祭も……
だからもうすぐ来る葵の誕生日も一緒にいられる――葵は「はい」と元気よく頷いた。
外へ出ると、日差しが辺りを明るく照らしていた。
まだ朝は早いから、暑さも控えめで歩きやすい。
それでも彼は巡察中よりずっとゆっくり歩いて、葵を日陰に置いてくれる。
「暑いけど、休む?」
「まだ大丈夫です」
優しすぎるくらい優しい彼に礼を言うと、沖田は微笑んで河原を眺めた。
河原には、夏雲の切れ端が野原に落ちてきたような、撫子の花が咲いていた。
葵は眩しさに、手でひさしを作った。
「撫子は痩せた土地でも咲ける」
と教えてくれたのは母だった、と突然に思い出した。
けれど、いつも思い出と共にあった、母を死なせてしまったという痛みがない。
痛みを忘れたら、母を慕う心まで消えてしまうと決めつけて、縛り付けていたのは自分だった。
「葵、撫子好きなの?」
残っていたほんの少しの感傷は、彼に巻き取られ、胸が透いた。
「はい、大好きです」
しゃがんで、両手で撫子の花を包んだ。
沖田も手を重ねる。
風が吹いていないのに、その一輪だけがそよいで揺れた。




