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幕末男子の愛が重すぎます――あさぎに揺れて【新選組 沖田総司✕タイムスリップ恋愛小説】 【7/31に完結します】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中
【第三部】二章 歴史の大河

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C偽の文


 ◇


「で? 攘夷派共は、古高が捕まったことを踏まえてこの後会合するんだろう? いい加減場所を教えろ」


 蔵を出た土方は、古高を取り調べた勢いのままに、血走った目で葵に凄んできた。


「あまり早くお伝えすると、何処かから漏れれば歴史の流れが変わるかもしれませんので」


「ちっ、わかった。だが、この後の動きは俺はまだ決めてないからな」

 

 土方は、葵の案に異を唱えているのだ。

 

 葵の意見は「会津藩の手を借りて数で池田屋を包囲し、会合に集まった攘夷派を全員生け捕りにする」。

 

 そうすれば攘夷派の怒りを買わずに、禁門の変を防げると考えている。


 土方は奮然と腕を組み直す。


「一番に刀身を抜くのは、俺たち新選組でなけりゃならねえ。

安全なところで声を上げるだけじゃ、会津様を通して報国すると誓った誠が嘘になる」


 彼の熱い(ほむら)が宿る目は、未来は知らないはずなのに、もっとずっと遠くを見据えているようだ。


 沖田は葵と土方を見比べ、静かに手を挙げる。 


「それでは、会津藩には周囲の援護や逃亡者の追手を頼み、あくまで実戦は新選組が主導するのはいかがです?」


「……総司、お前までそんな(ぬる)い事を言うのか」


 土方はにじり寄るが、沖田の目を見てため息をついた。


「目は口ほどに物を言うとは、よく言ったもんだ。お前の志は変わっていないな」


「ええ、試衛館を出た頃から。この先も変わることはありません」


 二人が意志を交わし合うのを見て、葵は胸が熱くなった。


 きっと上手く行く。

 希望を抱き、葵は小さく息を吐き出した。


(さあ、まだやることがある……)


 二人が局長室に入るのを見届けて、葵は屯所を出た。 






 夕暮が路樹を橙に染める頃。

 葵は薬屋に変装して、池田屋近くを歩いていた。


(来るかな……)


 ちょうど見つけられるかはわからないが、芸妓として潜入したときに逢っていた桂小五郎に会いたかった。


 池田屋の角を曲がった時、人へぶつかった。


「失礼つかまった」

 

 男はアクセントで対馬(今の長崎)の訛りを装い、着物や刀などの身なりも対馬藩士風に変装しているが、声でぴんときた。


 桂小五郎だ。

 

 聡明さを感じさせる穏やかな声と目の奥は、芸妓の(あお)を見逃してくれたときと何も変わっていない。


「ええ、大丈夫です」

 葵は声を高くして返事をすると、その場から離れた。


 物陰からひっそり確認する。桂は周囲を窺って池田屋に身を滑り込ませた。

 

 歴史が変わっていないか不安だったが、

 桂が来たということは、攘夷派の会合場所に変更はなさそうだ。


 そして、葵が桂に会いに来た理由はもう一つ。


――桂が無事に池田屋の難を逃れてくれること

 

 父が何度も語っていた。"逃げの小五郎"。 池田屋でも、桂は早く着きすぎたことで難を逃れたと言われている。


 葵は用意してきた文に手を伸ばす。

 もし、桂が池田屋から出てこなければ、「会合場所が変わった」と書いたこの偽の文を、池田屋へ投げ入れるつもりだった。

 

 だが、杞憂だったようだ。 

 仲間がまだ来ていないとわかったのか、じきに桂は池田屋から出てきた。


 懐手(ふところで)をして、対馬藩邸へと入っていく。


(良かった)


 葵は文を使わなくて済んだ事にほっとし、彼の無事を祈りながら裏道を走った。


 ふと、桂が死んだら薩長同盟は結ばれずに、新選組は助かるのだろうか? いや、過激な攘夷派を止めてくれそうな桂を、史実通りに生かした方が良い――

 

 そこまで考えてぞっとした。


(私、何様……?)

 

 桂は生きている人なのに、まるで歴史の駒のように俯瞰(ふかん)して見はしなかったか。


 唇を噛み締め、走り続ける。

 ますます沈む夕陽に影が盗まれないように、足は決して止めなかった。


 

 



 部屋へ帰り着くと沖田が戻ったところだった。


「出動だ。会津藩にも話はついた」


 近藤が会津藩へ直接出向き、話をつけてくれたという。

 葵も鎖帷子(くさりかたびら)、鉢金と防具を順に装備した。

 重量が肩にのしかかる。


 沖田は、唇まで青ざめた葵の背を押した。


「大丈夫、上手く行く」


「……はい」


 すっかり日も沈み、誠の提灯の灯りを頼りに池田屋へ向かう。

 新選組は総勢三十名。他のものは市中見廻りだ。


 地面から湯気が上りそうな熱帯夜だ。

 葵はなんだかふらつく足を踏みしめて、近藤らと先頭を行く沖田の小さな頭を見た。


(忘れてたけど、総司さんって今日……)

 

 熱中症だ、結核の喀血(かっけつ)だのと諸説あるが、沖田は倒れて池田屋から離脱したといわれている。


 考えようとした時、沖田が振り返って葵を呼んだ。


「これから池田屋へ踏み込んで話を付ける」

  

 まだ姿は見えないが、甲冑(かっちゅう)を着込んだ会津藩士たちがこちらへ向かっていた。


 耳をすませば微かに金属の触れ合う音がする。


「片桐左京もいるかもしれない」


 葵は朱色の組紐に触れて頷いた。

 長州派の人斬りである片桐左京は、ここにいる可能性が高い。

 仇を捕らえることが出来たら、この組紐に変化は起きるのだろうか。


「行ってくる」


 暗闇であっても全てを見透かすかのように、沖田の目は冴えていた。 

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