★4重荷
沖田と話したその日の内に、副長室の戸に声をかけた。
「お話したいことがございます」
入室を促される。奥に座った土方は、煙管の灰を落とした。
「俺の助けはいらなくなったみたいだな」
驚いた。
何を見てそう思ったのだろう。
しかし、当たっていた。
沖田のことに関して、土方に話さないと決めたのだ。
――自分の人生は、自分で閉じる
そう言ってくれた、彼の意思を尊重しようと。
まだ迷う部分もあるから、この決心が変わってしまう前に副長室に来たのだった。
「土方さんには、総司さんと向き合うきっかけをいただきました。それに、お願いごとがあります」
「なんだ」
覚悟してきたはずが、十近く歳の離れた土方へなかなか口が開けない。
(大丈夫……事実を伝えるだけ)
持ってきた、手当の記録を土方へ差し出した。
「総司さんに限らずに、年明けから体調不良者が増えております」
「ほう、それで?」
試すような物言いは、葵が何を言い出すのかと面白がっているようだった。
「体調不良者は、休むように副長から命令を出していただきたいのです」
手当を担当するようになってから分かったことだが、誰もが限界を超えてから手当室に来るのだ。
「そんなもんは、気合がたりねえんだよ」
「いいえ。病は気合では治りません。そのために医学が発展するのです」
きっぱりした返答に土方は眉を寄せる。
葵は、拭いても滲んでくる手のひらの汗を拭った。
「症状が軽い内に休む方が早く治ります。無理が必要な時もありますが、平時はどうか土方さんから――」
土方はぱたんと帳面を閉じた。
「お前、飯食ったのか」
「は……え? 食べました」
葵の面食らった顔は、沖田が倒れたときよりも赤みが差し、生気が戻っていた。
土方は愉快そうに笑った。
「副長命令で休養か。とりあえず試してやるよ。またこの記録帳を見せに来い」
「ありがとうございます」
礼を言ったのに葵は立ち去らない。
土方はまだなにかあるのか、と尋ねた。
「いえ、膝が……すみません」
緊張が一気に襲ってきた。
よろよろ立ち上がり、襖の前で礼をした。
◆
葵がいなくなると、土方は遅れて立ち上がる。
廊下を歩き、沖田の部屋の襖を開けた。
「あれ、土方さん」
沖田は本を閉じ、「この度はご迷惑おかけしました」と土方へ詫びた。
土方は「全くだ」とぶっきらぼうに返して、畳へ腰を下ろした。
男二人の部屋で、土方はなんとなしに首を回す。
部屋の隅には水盆に手ぬぐいはもちろん、葵に頼まれて近藤が買った体温計、
医学書など、葵の看病の跡が見て取れた。
「愛されてんな」
「羨ましいですか?」
軽口に、土方も笑う。
「どうだか……俺には重いな」
沖田は葵の作った経口補水液を口に含むと顔をしかめ、「ねえ、土方さん」と器を置いた。
「愛する人の最期を知ってるというのは、どれほどの重荷になるんでしょうね」
土方は、答えるのに間は置かなかった。
「仮に、あいつの最期を……天寿以外の葵の最期を知ったら、お前ならどうする?」
沖田は微笑った。
「足掻くでしょうね、盛大に」
「だろうな」
と、土方は沖田の器から水を飲んだ。
「うげ、なんだこりゃ。甘いんだがしょっぱいんだか」
「ふふ、愛が入ってるらしいですよ」
悪戯っぽく微笑む沖田は、大きく伸びをして剣を取る。
「土方さん、付き合ってくれません?」
「……もう一日休め。副長命令だ」
ふうん、と沖田は訝しげに土方を観察する。
それ以上のことを言わないと分かると、布団へ戻った。
「では、ありがたく休みます」
そこへ、葵が戻った。
沖田から話を聞き、葵は大仰に土方に頭を下げた。
「お休みくださったんですね、ありがとうございます!」
「ふん、まだ青い顔してるからな。早く治せよ」
土方は頭を掻いて出て行った。
葵は布団に入った沖田の頭を撫でた。
「良かったです……! ちゃんと休んでくださいね」
「うん、葵のおかげ?」
「え? 土方さんのおかげですよ?」
「へえ。最近、よく副長室行ってるもんね」
沖田は布団にうつ伏せで、枕に顔を埋めた。
寝るのかな、と葵がまた出て行こうとすると、手を引かれた。
「一緒に、寝てほしい」
手が掴まれているので、葵は沖田の額に自分のおでこを合わせた。
彼は「熱なんてないよ、失礼だな」と拗ねた。
「葵と寝たいだけ、駄目?」
「駄目なわけないです」
甘えたようにする彼に、葵は布団に入る。抱き寄せられたと思った次の瞬間、
「……総司さん?」
いつの間にか彼が上になっていて、休んでくれと抗議した。
すると、突っ張っていた彼の肘が折れ、のしりと体重をかけられる。
重いが、彼が倒れたあの日よりは断然軽い。
「加減、してくれてます?」
「そりゃそうでしょ」
「試しに、全力で乗ってくれません?」
あの日支えられなかった彼の体重をもう一度試したかったのだが、沖田はごろんと横へ退いてしまった。
「潰しちゃうよ、そんな事できない」
「……ごめんなさ……い!?」
ふわっと沖田は、葵を自分の上に乗せた。
「これならいいよ」
休めないのではと、彼の胸に手をつき、腹をまたいで起き上がる。
「そんなに心配?」
「はい」
沖田は耐えるように細く息を吐くと、葵を下ろして横たえた。
「悲しませたくないから、今日はやめにしておく」
「あの、治ったら……」
続きは彼の耳に。
驚いた沖田はしばし返事を忘れ、ぎゅっと葵を抱き枕にした。
「さすがにそれはさせられないかな」
「が、頑張りますから」
熱い顔を、彼の胸に当てた。
「葵が、笑っていて良かった」
沖田は軽くほほ笑み、今度こそ目を閉じた。
葵もしばらく寝顔を見つめてから、目を閉じた。




