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3共犯


(いや、置いて行かないで――)


 夢の叫びにびくんっと身体が揺れた。目を見開くと、見慣れた畳と縁側がある。

 

 なにか恐ろしい夢を見ていたのに、拒むようにもう思い出せなかった。


(総司さんは……まだ熱い)


 障子の影があまり動いていないから、そんなに時間が経っていないとわかった。

 起こさないように腕から抜けた。


(普段なら絶対目覚めるのに、辛いんだな)


 部屋を出ると、廊下の向こうから土方が来た。


「今おやすみになりました」


 小声で伝えると、土方は「来い」と顎をしゃくった。

 昼を回り、屯所は活気づいていた。

 付いて行った先は滅多に入ることのない副長室だった。


 襖が閉まると煙草の渋味が濃くなる。


 時間が惜しいというように立ち話が始まった。


「飯は食ったのか」 

「これからです」


「お前寝たんだろうな」

「寝ました」

 

 背筋を伸ばす葵を一瞥し、彼は襟を緩めた。

 

「総司はどうだ」


「まだ熱が高くて……咳が出ています」


「医者の言う通り風邪か?」


 土方はそんなことを聞くために葵を呼んだのだろうか。

 彫りの深い顔立ちからは何も読み取れない。喉が、からからに乾いた。


「はい、熱で喉が腫れているので風邪だと思います」

  

 土方は葵へ手を伸ばしたが、直前で躊躇(ためら)いを握りしめた拳に代わり、力なく落ちた。


「あいつの最期を、俺に話せ」


「……知りません」


 黙っていた時間は二秒とない。

 沖田以外の人にこれを聞かれることを想定していなかった分声が上ずった。

 

「俺に話せばしてやれることがあるかもしれないぞ」


 葵の瞳が、土方の前で今日初めて揺れた。

 

 土方には人事権がある。

 京都ではないところで、沖田に役目を与えることも可能かもしれない。


 けれど――


「そう言われても、知らないものは」


「まだ言うか」


 半歩詰められ、葵は大きく後退った。


「共犯になってやる」


 葵にとって、それは甘言だった。

 ずっと孤独に膝を抱えていた暗闇に、唐突に差し込んだ光に思えた。


 土方は、一定の距離を保ったまま葵を見据えていた。

 口を割りかけ、


――土方に、沖田の死の重みを背負わせていいのだろうか


 "共犯"の重みが今さら意味を帯びた。


 話せば土方は、かわいがっている沖田の笑顔を見るたびに死の影を見ることになる。

 そうなれば彼は、氷点下の中で、ままならない深呼吸をするような痛みを味わうことになるだろう。


「……時間を、ください」


 やっと絞り出して、副長室を出た。


 早足で外へ向かった。


 洗い場に行けば、皆当たり前に手洗いうがいをする。

 傷口は石鹸で洗う。

 膿みそうな深い傷には、蒸留器で作った消毒液を使う。

 

 葵がうるさく言わなくても習慣になっている。

 

 ここまで隊士たちを牽引した原動力になったのは、沖田への想いであり、 

 でもどれも「新選組全体のため」と言い訳できるものだった。


(もし、土方さんに話したら……)

 

 もし話せば、土方は本当に動くだろう。

 沖田を生かすために。全力で。

 

 葵が土方の手を借りてしまうのは、明確に彼の最期に介入することになるかもしれない。

 

 本人の意思は、そこに無い(まま)に。



 ◆


 数日後。


 葵は縁側に座ってぼんやりしていた。


 青空に映えた桜はとうに散った。

 緑豊かな木々が背負うのはどんよりした灰色の空。

 もう梅雨だ。

 

 沖田と桜を見ると決めたのは、冬の、元号が変わった日だった。

 婚礼の日に二人で桜を見られて、またひとつしたいことが叶ったと喜んだ。

 

 それだけ時が経っている。

 その時に、近づいてきている。


「葵」


 掠れた声がして、沖田が隣に座った。 


「起きていて良いんですか?」


「もう熱もないし、明日から巡察も出るからさ。ずっと寝てたら(なま)っちゃうよ」


 彼の咳は止んでいた。

 

(結核じゃなかったの……? まだここから、運命を変えることも出来るの?)


 

――労咳は安静が第一だ。新選組のような場所では難しいだろう


――共犯になってやる


 医者と土方の言葉、数日考えたことを反芻してから、袴を握った。 

 

「新選組を離れようって思ったことはありますか?」


 急になに? と返ってくる。


「今京都は、治安も悪化していますよね。もし、ここを離れて静かに暮らせたらって思うことはありませんか?」


「そのために剣を取ってるんだよ。っていうのは格好つけすぎ?」


 おどけても乗ってこない葵に小さく笑ってから、沖田も縁側の若葉を眺めた。 


「……大義のためだけじゃないよ。この道しか知らないんだ。それに、自分の剣を知らしめたいっていう欲だってある」


 正直に話してくれる彼の言葉に耳を傾ける。

 新選組を離れるだなんて、考えたこともないのだろう。

 

 結核や戦火を逃れて落ち延びたら、

 それは、沖田総司の人生になるのだろうか。 


「いつか俺の最期を知っているか聞いたね」


 葵はぴくりと動きかけた指を押し留めて、握る力を強くした。

 

「はい」


「あれは、葵が話せば楽になるのかと思ってさ」


「私……」


 貴方の最期は知らない、と嘘を重ねようとして葵は口を閉じた。 

 彼は縁側の揺れる若葉を通して、生命の豊かさを見ているようだった。

 

「俺の最期は葵に依存はしない。自分で閉じる」


 視線を移し、沖田は微笑んで葵を抱き留めた。

 心ごと包むような包容だった。


 焦がれた永遠(とわ)を、今なら口にできる。

 

「総司さん、ずっと……ずっと一緒にいさせてください」 


「そのつもりだよ」


 彼は額に唇を落とし、髪を撫でた。時おり腕の中を見て、また遠くを見ては口づける。


 ここにいるよ。

 と、ゆっくり伝えてくれた。

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