★8二度目の我が家
※身体接触があります
二度目の我が家。
「おかえり」「ただいま」
優しい眼差しが、彼も同じ気持ちなんだと言ってくれる。
抱きつきたくなるのを堪えていると、向こうから熱い抱擁があった。
「今日は一人にしてごめん」
「いえ、藤堂さん達もいましたから」
沖田の眉がぴくりと動く。
「ずっと、そんな顔して買い物してたの?」
沖田の目に映るのは、うっとり蕩けたように自分を見つめる妻であり、その妻は困ったようにまつ毛を上下させた。
「何か変ですか?」
「なんでもないよ」
沖田は腕を解いて微笑んだ。
その笑顔に嫉妬の炎が籠もっていることを、葵は買い物の楽しさで見逃していた。
「そういえば葵、この間は水回り見てないよね?」
襖を開け、二人は京町屋らしいうなぎ寝床の家を見て回る。
こじんまりした台所と――
「わ、お風呂……!」
この時代高級なお風呂が付いていることにびっくりした。
「葵、風呂好きだよね」
「はい! もしかして、探してくれたんですか?」
「うん、一緒に入ろうか」
うなずきかけて、引き返した。
「一緒に?」
「ん? とりあえず沸かす?」
ごまかされた。
一度火を起こし再び風呂に戻った。
陽が沈み、隅にある行灯の灯りだけの風呂は薄暗かった。
もうもうと湯気が立ち込める中、すのこの上で葵は着物を握りしめる。
無理です。と言いたいような、いっそ強引にされたら入りたいような。
背後で、すでに脱ぎ始めている衣擦れ音が聞こえた。
葵はまぶたを閉じるが、今彼は衣服を着ていないのかと思うと、なにやら脳裏に浮かんで来かける。
「脱がせてあげる」
からかうような声がすぐそこへ落ちた。
甘く可愛くという藤堂の言葉を思い返しこくりとうなずいた。
だが、予想に反して静寂が返った。
(ん……?)
いつ来るのかと息を詰める。
くっ、と帯が引かれた。
着物を脱がす前に、沖田は大判の手拭いを葵の身体に当てた。
布が肩からなぞり落ちる――
寸前で襟が閉じた。
「葵、冗談だから。そんなに硬くならないで」
恐る恐る確認すると、沖田は着物を着たままだった。
「ゆっくり入っておいで」
「……一緒に」
彼が驚いた顔をするから急に言い訳したくなった。
「だって、本当に二人きりなら、せっかくだから一緒に入りたいなって……」
「葵がいいなら、もちろん」
「お願いが」
後ろを向いていてくれと頼んだ。
銭湯に行くときのように、湯文字と呼ばれる腰巻きを付けたまま手拭いを持つ。
先に身体を洗って湯船に入った。
「入るよ?」
「どうぞ」
顔ごと背け、前の壁が湯気で覆われるのを必死に見た。
遅れて、彼の持つ木桶が湯船から湯をすくう。
(……早まった、かも)
すぐ後ろで聞こえる水音に、心臓が勝手に暴れ始める。
沖田は洗い終えると、瞑想中の修行僧のような葵の肩に触れて、湯船の縁をまたいだ。
葵は、胸の手拭いを強く押さえた。
途端に後ろから包まれ、湯が二人の間を逃げていく。
ふーっと沖田は息を吐き出し、葵を引き込んだまま湯船の縁へもたれた。
「熱くない?」
「ちょうどいいです」
正直、熱いか温いか判別がつかない。
彼は手で湯を掬っては溢している。
時折葵の肩へかけた。
白肌が湯を弾いていく。何度かそうして、葵の肩を湯ごと撫でた。
滑る大きな手の感触に、葵は息を止めた。
びくんと動くと水面も揺れる。
沖田は漏れ始めた声にくすくす笑う。
「まだ肩だけだよ」
「触り方が……」
「なに」
「ひゃっ」
肩への口づけに声が裏返る。
終わりにして、と首を横へ振った。
「もっと?」
「ちが……」
湯文字へ回った太い右腕をしっかり止める。
押さえをなくした手拭いが水面を彷徨う。
「いいの? 隠さなくて」
低い声が耳に囁く。
「だめ……」
手拭いを取ろうとすると彼の腕が滑り込む。その腕を止めると身体が隠せずで、
(くらくらしてきた……)
沖田はくるっと葵を返して、自身の腿上を跨がせ、その後自身の胸へ押し付けた。
「これで見えないから良い?」
全然良くない。
のに、心は素直で、うなずいていた。
だんだん、どうして視界が揺れているのかわからなくなってきた。
湯が揺れているのか、それとも彼に揺さぶられているのか――
「そ、うじさ……のぼせ……そう……」
息も絶え絶えに伝えると、焦った沖田が勢いよく立ち上がる。
あまりのことに諸々耐えきれなくなって、目の前が暗くなった。
「うーん……」
「大丈夫?」
目覚めると、冷やした手ぬぐいがおでこと首にあり、沖田にうちわで扇がれていた。
(あ)
ぼんやり思い出して、再び買ったばかりの布団へ倒れそうになった。
見れば寝間着に適当に帯が巻かれている。
(……ここまで運んでくれて、それで……総司さんに……)
「葵、見てないから。誓って、何も」
必死な声が、逆に何もかも見たのだと告げている。
「嘘つき……」
「や、最低限だって。それどころじゃなかったから」
「そういうことじゃないです……なんにも隠せない状態で、全部見られてたことが耐えられないんです……」
だってきっと、変な顔であけすけに倒れていたに違いない。
沖田はごめん、とぽつりと落とした。
「妬いて……ちょっとした悪戯だった。俺にだけ見せる顔が欲しいなって」
葵は口を半分開けたまま、沖田に抱かれた。生ぬるくなった手ぬぐいが床へ滑り落ちる。
「総司さん、妬いてって……私に?」
他に誰がいるの? と呆れた声がした。
「怖がるくせに受け入れてくれるから、止まらなくて……やりすぎた。反省してる」
自分が知らないところで妬いてくれていたことに、きゅっと胸が締め付けられる。
少し、いやかなり意地悪ではあったけども何もかも許せる。
「私が、もっと早く熱いって言えばよかったです……」
沖田は立ち上がった。
「お詫びに何か作るから、寝てて」
以前沖田が炊いてくれた米がやたら水っぽいのに生米で、魚が黒焦げだったことを思い出した。
「私がやります」
ありがたい申し出は気持ちだけ受け取ることにした。しかし彼も譲らず、
結局小さな台所で、肩を並べて夕餉を作った。
沖田は包丁さばきは上手かった。
火を起こしたり、水を汲んでくるのも進んで引き受けてくれる。
「助かります」
お礼をいうと、褒められた子どものような無邪気な笑顔が見れた。
そうして二人で作り上げた夕餉を囲み「いただきます」と手を合わせる。
沖田が美味しいと完食してくれること、
夫婦茶碗と箸が並んでいることも、いちいち葵をじーんとさせた。
◆
じゃれ合いながら布団に入った沖田は、葵の髪を撫でていた。
「今日は本当に楽しかったです」
葵はいつも通り、微笑んで想いを口にした。沖田も唇を開く。
「還る場所をくれてありがとう」
沖田は、愛しさと幸福を身に浴びながら、同じだけ彼女へ還るようにと願い、
そんな気持ちが湧き出ることに驚き、
そしてこれからも知らない感情を教えてくれるのだろうと、葵へ微笑み返した。




