第11章 祝福の日の朝
卯月八日、朝六つの鐘が鳴ったとき、マグダはもう広場の真ん中に立っていた。
晴れていた。風はない。石畳はまだ夜の冷たさを残していて、立っていると靴の底から冷えが上がってくる。昼には暖かくなる。行列が出るころには、見物の人いきれで、冷えなど誰も覚えていないだろう。
広場の四つの角に、隊員を四人ずつ。大聖堂の階段の両脇に、四人ずつ。行列の道の綱の内側に、残りを二人一組で。四十人。毎年足りない。今年も足りない。
トマスが、綱の端を持って走ってきた。南門の番を外されて、今日は広場の綱の係だ。
「隊長。綱、全部で十二本。数えました」
「何回」
「三回。三回とも十二本でした」
トマスは誇らしげだった。六日前、トマスは綱の長さを一度数え間違えた。二度目は、綱の端を自分の腰に結んで数えた。今朝は腰に結んでいない。
「よし。四つ角の綱から張れ」
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六つ半の鐘の少し前に、組合から借りた三人が来た。
ダリオは、大聖堂の階段の下。体が大きいので、立っているだけで人が避けて通る。階段の下は、人が押し上げてくるところだ。押し上げてくる人の前に、避けて通りたくなる体を一つ置く。それで足りる。
ヴィルマは、広場の北の角。上町の坂から人が下りてくる角だ。背は低いが、肩が広く、足が根を張ったように動かない。組合の札が、まだ新しい革紐で首から下がっていた。
リナは、子らの列の脇。アガタの手習い所の子らが、階段の左手に並ぶ。リナは子らの前で、銅貨を一枚、指の上で転がしてみせた。子らの目が、銅貨に集まった。列が、少しだけ揃った。
日当は一人銀貨二枚。三人で六枚。マグダの財布から出る。隊の雑費の行は、もうない。
カスパルからは、昨日、使いが来た。倉の前の掃除の日当は倉で持つ、と。マグダは使いに礼を言った。財布の中身は、それだけ減らずにすんだ。減らずにすんだ分は、今日の三人の日当に回る。
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朝八つの鐘で、行列が上町の坂の上を出た。
先頭はザイデル家だった。白い髭の老人が杖をつき、その後ろを家の者が四人、灰色の帳を広げて持って歩く。帳には、古い旗の切れ端が縫い込んであるという。遠目には、灰色の布に、色の褪せた四角い継ぎが当たっているようにしか見えない。
上町の家々が続いた。燭台、聖餐の杯、刺繍の帳。家の者が、それぞれの品を胸の前に掲げて、坂を下りてくる。
ロズモンド家は、最後から二番目だった。夫人の姿は、マグダの立つ場所からは見えなかった。石の板を運ぶ男が二人。板は布に包まれていて、形しか分からない。
最後に、市参事会の名で、蝋燭百本。参事たちが一人ずつ、火のついた蝋燭を持って歩く。
ダリオが、階段の下で、行列の蝋燭のほうへ身を乗り出した。見物の子が押されて転びかけたのを、受け止めたのだ。受け止めた拍子に、参事の一人が持つ蝋燭の火が、ダリオの顔の左に寄った。
焦げる匂いがした。
ダリオは左の髭を指でつまみ、焦げた先を確かめた。それから、マグダのほうを見て、胸を張った。
「これで右と揃う」
揃わなかった。左の髭は、先のほうが少し縮れただけだった。右はまだ、指一本ぶん短い。
マグダは、何も言わなかった。言うと、ダリオが残りを焦がしに行きかねない。
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大聖堂の階段の上に、白い法衣が並んだ。
灯火教会の修道士たちが、階段の両脇に一列ずつ。白い法衣に、胸の灯の刺繍。その列から少し離れて、階段のいちばん端に、もう一つ白い法衣が立っていた。
細い、若い男だった。組合に登録したばかりの、白塔の賢者だ。
マグダには、刺繍の形の違いは分からない。遠いし、分かるほど見たこともない。分かるのは、立っている場所だけだ。修道士たちの列に、入っていない。列の外で、列と同じ方を向いて立っている。
誰がそこに立てと言ったのか。誰も言っていないのだろう。言われていない場所に立つ者は、たいてい、自分で場所を選んでいる。
マグダは、その男の位置を、隊員の配置図に頭の中で書き足した。
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行列が大聖堂に入りきったころ、広場の北の角で、子どもの泣き声がした。
小さな男の子だった。四つか五つ。靴が片方脱げかけている。母親の手を離したのだろう。人波の中で、どちらへ行けばいいか分からなくなって、立ったまま泣いていた。
去年までなら、鴉人の伝令を走らせた。今年は、その行がない。
マグダは綱をくぐって、男の子の前に膝をついた。
「母さんの前掛けの色は」
「……あお」
マグダは男の子の手を引いて、広場の北の角から、人の流れを逆に歩いた。ヴィルマが、無言で人波を肩で分けて、道を作った。
青い前掛けの女が、上町の坂の下で、男の子の名を呼んでいた。
マグダは手を離した。女は男の子を抱き上げて、何度も頭を下げた。マグダは一度だけうなずいて、北の角に戻った。
ヴィルマは、もう元の場所に立っていた。何も言わなかった。
*
祝福の儀のあいだ、大聖堂の前で、子らが城壁の歌を歌った。最後の行で、手を叩いた。揃わなかった。階段に並んだ子らの靴も、揃っていなかった。新しい靴、兄のお下がりの靴、裸足に近い布の靴。
十の鐘の少し前に、儀が終わった。
上町の家の者たちが、大聖堂の階段を下りてくる。マグダは階段の脇に立って、下りてくる顔を一つずつ見た。
灰色の革の手袋が、階段の途中で止まった。
「隊長」と夫人が言った。人前の呼び方だった。
「夫人」
階段の上の人の流れが途切れて、二人のまわりに、少しだけ空いた場所ができた。誰も聞いていない、と言えるほどではない。聞こえない、と言えるくらいには空いていた。
「アーデル」とマグダは言った。
夫人の口元が、少しだけゆるんだ。
「なあに、マグダ」
「樽は、まだ栓が抜かれていない」マグダは言った。「三人そろわない」
夫人は、笑った。笑うと、声が少し高くなる。昔からそうだ。手習い所の廊下側の机で、先生の手袋を見ていたころから。
朝の影が、大聖堂の階段に斜めに落ちていた。夫人は、その影の上に一段下りて、マグダのほうを振り返った。
「三人なら、もうそろっているでしょう」




