第一章「接触」4
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砂漠の真ん中にあるオアシス。そう言ってもいい、場所だった。
ガソリンスタンドとレストラン、小さなコンビニエンスストア。この三つが砂しかない場所にあることが、奇跡に近かった。と言っても、お客の姿は見えない。
居るのは、瑞樹たちの五人だけだった。ガソリンスタンドに車を停めても、誰も出てこないし本当に商売をする気があるのか、瑞樹は疑ってしまうほどだ。
「誰も居ないね。待ち合わせの人も、まだ来てないみたいだし」
瑞樹はコンビニの中を覗きながら言う。電気が消えていて、人の気配はない。ついでに、ドアには「クローズ」と書いた看板がぶら下がっている。よく見てみると、店の中には品物は一切無かった。店の状況から見て、休みじゃなく潰れているようだ。
ため息を吐きながら、コンビニから離れる瑞樹。
「待ち合わせの人が居ない以上に、店員も居ないのは不思議だな。とりあえず、ガソリンは入れさせてもらうかな」
そんなことを言いながら、マークは勝手にガソリンを入れ始めてしまう。
泥棒はいけない事だよと、瑞樹は思ったが、それよりレストランが気になっていた。
「おい、ジョージ、ライアン。お前たち二人で、周囲を見てきてくれ。何もなかったら、あのレストランに戻ってこいよ。何かあったら、俺かマークに無線を入れてくれ」
マイケルの言葉に、二人は頷き自動小銃を提げながら、建物の裏側に歩いていく。
「私もレストランに行く! プリンを食べるんだ!」
「おいおい、涎が出てるぞ」
目を輝かせながら叫ぶ瑞樹を、マイケルは呆れた顔で見ている。
そんなことを気にしないで、瑞樹は浮かれた足どりでレストランに向かっていく。
レストランの駐車場にも、車は一台も停まってなかった。店の窓も真っ暗で中は見えないし、やってないのかと思いながらも、ドアの前に立つ。瑞樹はそこに掛かっている看板を見て、安心する。看板には「オープン」と書かれていたからだ。
中に入ろうとしたが、瑞樹は何となく後ろを振り返る。マイケルはまだガソリンスタンドに居て、マークと何かを話している。瑞樹の場所からでは聞こえなかった。
暫く見ていると、ガソリンスタンドの建物から人が出てきた。ボロボロのつなぎを着た男性だった。思った以上に若いので、瑞樹は驚いてしまった。こんな、辺鄙な場所で働いているんだから、くたびれた老人をイメージしてたからだ。
マークと青年が話し出したので、そこでマイケルはやっとレストランに歩いてくる。
「マイケル、早く! プリン、プリン、プリン!」
「うっさい。お前は子供か? プリンじゃなく、飯を食え、飯を!」
「いいでしょ! 私はプリンが大好きなの! それにご飯もちゃんと、食べますよーだ!」
うんざりした顔をするマイケルに、瑞樹は小さく舌を出して怒って見せる。それにマイケルは余計に、うんざりした顔を瑞樹に向ける。
瑞樹にとって、プリンは三度の飯より大好きな食べ物だ。プリンの為なら死ねると、豪語するだけあって、プリンであれは何でも食べる。ただ、チョコプリンだけは邪道と言うことで、食すことは一切しない。瑞樹がチョコレートを嫌いなのもあった。
胸の高鳴りを抑えながら、瑞樹はレストランのドアを開けて中に入る。
目の前が真っ暗だった。明るいところから入ったから、余計に中が暗く感じる。
数秒でレストランの中の暗さに目が慣れてきた。それでも、十分に暗いのだが。
「あの、誰か居ませんか? プリンが食べたいんですけど?」
店内に人の気配は無かった。と言うか、電気が点いていない。その代わりに、蝋燭がいたるところに置かれていて、その炎が店内を照らしている。
それでも十分とは言えない明るさだった。表の看板を見なければ、休みかとすら思うほど。
瑞樹はもう一度、店内を呼ぼうとしたとき――。
「いらっしゃいませ。出てくるのが遅れて、申し訳ありません」
と、声を掛けてくる人影が、瑞樹の前に突然に現れた。
それに瑞樹は、びくりと身体を飛び上がらせて、驚いてしまう。
人影は少年だった。店員と言うには、少しばかり早い気もするぐらいの若さ。瑞樹よりも二つ三つは、年下のように見えた。
「お店はガラガラだから、好きなところに座って良いですよ。えっと、二人で良いのかな?」
「いや、すぐに一人が来るから、三人だ」
マイケルが少年に返事を返す。瑞樹は入り口側の、四人席に座った。こういう場所で席につくときには、できるだけ入り口側に座れと言われていたので、無意識にそこを選んでいた。
マイケルは瑞樹の目の前の席に座ると、メニューを広げて見始めていた。
「なんで、三人って言ったの? 私たちは……」
マイケルは突然、瑞樹の口を手で塞ぐ。瑞樹に質問させないと、言わんばかりに。
「なんか、怪しいだろ? 正直に言うのは、得策じゃないような気がしたんだ……それより、よく英語が分かったな。お嬢ちゃん、英語は苦手だったろ?」
「ツーやスリーぐらい分かるわよ! 馬鹿にしないでよ!」
実際のところは、殆ど分かってなかったが、入り口で数を確認するのは人数だと瑞樹は考えたのだ。まぐれで、それが当たっただけ。
「少しは英語を覚えろよ。イタリア語でも教えてやろうか?」
「英語も覚える気がないのに、イタリア語なんか出来るわけ無いでしょ? てか、マイケルはイタリア語が話せるの? 初耳だよ」
「昔、そこら辺に住んでたんだよ。それで話せるようになったんだ」
とくに興味がなかったので、瑞樹は適当に相づちを打っていく。そんなことをしていると、レストランのドアが開く音がする。マークが入ってきたのだ。
「マーク、こっちよ。暗いから、足元に気を付けてね」
瑞樹の声に気づいたのか、マークは瑞樹たちが座っている席に近づいてくる。
マイケルの横に座ると、店内を見渡してマークは一言。
「このレストランはやってるのか? 電気が点いてないけどさ」
その言葉に、瑞樹は思わず笑ってしまう。ついさっき瑞樹も同じことを考えたし、誰が見てもこれだけ暗ければ休みだと思うのが、自然だろう。
「これだけ薄暗いと、メニューを見るのも一苦労だよ。暗視スコープでも、持ってくれば良かったかな。メニューも薄汚れていて、見えないよ」
珍しく愚痴っぽいマーク。瑞樹は珍しいものを見るように、まじまじと見る。
顔につきそうなぐらいに、メニューを目の前に持ってきて、マークは眉間に皺を寄せる。
そこで、瑞樹はあることを思い出した。そう、マークは――。
「目が悪いんだっけ? 黒人だと、目が良いイメージがあるけど、偏見なようだね」
「偏見も何も、仕事のせいで視力を悪くしたんだよ。もともとは、視力は良かったんだよ」
見るのに疲れたのか、マークは早々とメニューを脇に退かす。
「それにしても、ガソリンスタンドに人が居たんだね。結構若かったけど」
「そうなんだよ。服装はボロボロでも、小綺麗な感じの青年だったね。その割りには目付きが鋭くて、中々の身体つきをしてたよ。従軍経験があるみたいだね」
「で、何の話をしていたの?」
奥に消えた少年が姿を現すまで、暇潰しに瑞樹は青年との話を尋ねることにした。
マイケルは黙って、店員を呼ぶボタンを連打している。
「そんな重要な話はしてないよ。俺たちの前に誰か来てないかって、聞いただけだよ」
「それで、なんか答えたの、その人は?」
「いや、ここ数日は誰も来てないって、言ってたよ」
マークの答えに、マイケルはかすかに眉毛を上げる。それ以外は変わらず、ボタンを押している。その顔は、何かを言いたげな様子だった。
マイケルの顔に気づいていたが、瑞樹の頭半分以上はプリンで埋まっていた。暇潰しのマークの話もすぐに終わったのもあるが、早く注文に来いと、瑞樹はそわそわしていた。
マークがボタンを押すのに飽きてきた頃に、奥から少年がやってくる。
「申し訳ありません。そのボタンは壊れてまして、さっそく注文を聞きます。まずはお嬢さんから、何かお決まりのご注文はありますか?」
キョトンとした視線を、前方のマイケルに向ける瑞樹。それを見てマイケルは、面倒くさそうに「お前だよ」と瑞樹に教える。
「わ、私? えっと、あの、私、英語分からないから、日本語でお願いしていい?」
それを聞いて、少年は思わず笑ってしまう。しどろもどろの瑞樹が面白かったんだろうか。
「おいおい、お嬢ちゃんよ。それは無いだろうよ……」
「いえいえ、良いんですよ。それに僕は日本語は得意なんで、構いませんよ。で、ご注文はとうしますか? 髪の綺麗なお嬢さん」
流暢な日本語を話す少年。下手すると、瑞樹より日本語が上手かったりする。
「あ、ありがとう……とりあえず、プリンを特盛カラメルだくだくで」
「おいおい、何だその注文はよ! ここは牛丼屋か?」
「良いでしょ! 今はこの注文が流行ってるのよ! 私の中でね」
瑞樹の理不尽な注文に、少年は何も言わずにメモをとる。続いてマークに注文を聞き始める。
「……そんな、注文が通じるのかよ……わからねぇな、世の中ってよ」




