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第4話 星の烙印の秘密

【前回までのあらすじ】

現代の地下アイドルプロデューサーだった俺は18世紀のウィーンにタイムスリップして、モーツァルトと共にこの地でアイドルグループNeue Sterneを結成。

そんな中根城である金の竪琴亭主人ヨーゼフの悩みを解消すべく、なんと店をメイドカフェにしないかと提案する。

「メイド…カフェ?」

俺の言葉に明らかに脳がフリーズしている表情の店主ヨーゼフは、とりあえず座ろうか、とカウンター席を指差した。

「お前さんからは色々知らない言葉を聞いてきたが」彼はため息をつきながら話した。「また一つ新語辞書に付け加えるべきか?」

「説明します」俺は努めて落ち着いて話そうとした。「メイド、はわかりますよね?」

「ああ、貴族とかが雇ってる召使いだろう」

「この時代は確かにそうですね」俺は続ける。「でも俺のいた世界では、メイドは"萌え"の対象だったりします」

「"萌え"とは?」

「アイドル文化にも通じるものなんですが…そうだな、癒しというか、和みというか、日常から少し離れた非現実的な体験とでも言いますか」

「ますますわからん」

「メイドは、ここでいう召使いとは違う、客に癒しを与える天使みたいな存在と思っていただいていいかと思います」

「天使と来たか」

「職人とか商人とか…ウチの店の主な客は召使いなど雇える人はなかなかいませんよね?」

「そりゃそうだ」

「そういう人たちも、この店に来たら笑顔と癒しで迎えてくれるメイドがお給仕してくれる。そこで現実から少し離れた気分を味わってもらう、というわけです」

「ふぅむ…」ヨーゼフはまだよく理解できていないようだ。「女が働くわけだろ?色モノの店にはなったりしねぇのか?」

「そこはご安心ください。あくまでも提供するのは癒しと萌えです。客はやがて目当てのメイドに会いに通うようになります」

そこで俺は立ち上がり、「そして新しいメニューも提供します」と言って厨房から先程試作したいくつかの料理を持って来た。

「まずは"お絵描きグーラッシュ"です」

「何だって?」

「大きめの丸いライ麦パンをくり抜き、そのカケラとグーラッシュを入れてパンで蓋をします」

そして羊革の絞り器を取り出して、「このパンの蓋にメイドがお絵描きします」と言って絞り器に入った木苺とプラムで作った赤いベリーソースでハートマークを描いた。

現代でいうオムライスのアレンジだ。パンの容器に入ったビーフシチューといったところだろう。

「このお絵描きは」俺はハートの中にヨーゼフの名前も付け加えた。「メイドが客と話して、その人の名前を書いてあげても喜びます」

ヨーゼフは呆気に取られて出来上がった萌えメニューを見ている。

「この演出はさらに応用もできます」俺は次に、皿に盛った太めのソーセージにザワークラウトを添えたものをカウンターに置いた。「このソーセージにはマスタードで顔を描きます」

俺が猫のような絵をソーセージに描くと、ヨーゼフは思わず吹き出した。

「こりゃ面白いな」彼は料理をしげしげと見つめて、「客が描いて欲しいものを言って、メイドがその場で描くわけか」

「どうです?」俺はヨーゼフの顔を見ながら話した。「例えばヨーゼフさんが仕事で疲れて何か癒されたい気分の時、ふらっとこの店に来て可愛いメイドに笑顔で迎えられて、こんな料理でもてなされたら幸せな気分になりませんか?」

彼は少し考えてから言った。

「そうかもしれん」そして俺を見て、「お前さんの世界ではこういう店が流行ってたのか?」

「はい、かなり」俺は即答した。

「面白いかもしれん」店主は笑って言った。「これで新しい客が増えるかどうかはやってみなきゃわからんが、どうせ今のままではジリ貧だ」

「やってもいいですか」

「だが、そのメイドはどうする?雇うにしてもやりたい女がすぐ見つかるか?」

「そこは、当面Neue Sterneの三人を使います」

「ほう、なるほど」

「あの子たちの顔を売ることにも繋がるし、アイドルと重なる部分は大きいので」俺はさらに付け加えた。「しかも店であの子たちのライブもやれます」

「よし、やってみるか」ヨーゼフは立ち上がって俺に握手を求めた。「失うものは無い。ダメ元だな」

「ありがとうございます」

俺たちは笑ってその日の開店準備を始めた。


店の暇な時間に俺はメイドカフェ用の宣伝チラシを作った。手描きのメイドのイラストに簡単な内容の案内を書いて、印刷屋に届ける。

その帰りに市場の古着屋で貴族の屋敷で使っていたであろうメイド服を3着買った。昔ながらのロング丈のものだ。


…と浮き足立っていてふと気付いた。あの子たちに何も話してない。

俺はその足で歌のレッスン中のヨハンナ宅を訪ねた。

「あら珍しい」ヨハンナは俺を見てそう言った。「彼女たちのお出迎え?」

「いや、ちょっと話があって」俺はレッスンが終わるまで待つ事を伝えてレッスンを見た。

ヨハンナのピアノで三人のメンバーが歌うのを見ながら俺は感心した。

アンニの歌声はやはり飛び抜けている。

リーナは実直でありながら奥深い声でメロディをなぞる。

マレーネはそのリズム感で歯切れ良い歌い方をする。

ソロパートはそれぞれの個性が前面に出ながら、サビの合唱パートではお互いに寄せ合い一体感を感じる。

ヨハンナの指導もさすがだ。

俺は手応えを感じながら聴き入っていた。


レッスン後、広場のベンチでNeue Sterneの三人にメイドカフェの事を話した。

思った通り、みんな面白がって賛同してくれた。

買って来たメイド服を見せると、アンニは一度着てみたかったとはしゃいでいた。

具体的な仕事内容を一通り説明して、その場は解散して俺はリーナと二人店に戻った。

道すがら、リーナは言っていた。

「色々新しい事を思いつくんだね」

「新しいと言っても、俺がいた世界には当たり前にあったものなんだけどね」

「面白いね…出来たら私もジョージがいた世界に行ってみたい」

「リーナが来たらびっくりするだろうな」


その時不意に風が吹いて、リーナがいつも頭に巻いているヘアバンドのような白いスカーフがほどけて舞った。

俺はとっさにそれを掴むと、彼女に手渡そうとした。

そして彼女の額を見た時…

「リーナ、それは?」

彼女は必死に額を隠そうとしていたが、美しい金髪の間に確かに見た。

深い赤色をした小さな星のようなものが、彼女の額に刻まれていたのだ。

「これは…生まれつきなの」リーナは俺からスカーフを受け取ると額に巻き直した。

「生まれた時から、この痣があったんだって」

「そうなのか」

「変なもの見られちゃったね。何だか呪いの印みたいで嫌なんだけど、ずっと消えなくて…」彼女は泣きそうな目で俺を見て言った。「こんな顔でもアイドルになれるかな…」

「君は」俺は微笑んで優しく話しかけた。「そんな事を思ってたのか。それは呪いなんかじゃないよ。君が星になれる証だ」

「…星?」

「君がスターになる印なんだよ、きっと。自信を持っていい」

「そうなのかな…」

リーナはまだ笑えず、うつむいて歩いた。

俺はとっさに慰めを言ったわけではない。

彼女の額の赤い五芒星。それを偶然見た瞬間、素直に思った事を口にした。

その星の痣は、確かに意外なものだった。でも俺は感じた。リーナは必ず"星"になる。そのための印だと。

しかし、その額の星が予想外の運命の歯車を動かすことになることを、俺はこの時まだ知らなかった。


二日後、印刷屋からメイドカフェのチラシが上がって来た。俺がそれを受け取って店に戻ると、Neue Sterneの三人がメイド服を着てワイワイしていた。

「お!みんななかなか似合うじゃないか」

「ジョージさん!チラシ出来たんですね!」アンニが真っ先に俺が持っているチラシの束を見つけて言った。「早速配りましょう!」

「やる気満々だね。ではその服装のまま、広場でみんなで配ろう」

黒いロングのワンピースはウエストがかなり絞られて三人はよりスタイルが良く見えた。

そこにフリル付きの白いロングエプロンとヘッドドレス。クラシカルだが見慣れたミニスカートのメイドとは違って何だか上品に見える。

「あ、リーナ」マレーネが声をかける。「頭にそのスカーフを巻いたままメイドのヘッドドレスは似合わないかも」

「マレーネ、リーナのスカーフは…」そのままにしてあげて、と言おうとした俺より先にリーナが笑って言った。

「やっぱりそうだよね?いつも巻いてるから癖になっちゃって…外すね」

リーナはそう言って自分でスカーフを解いた。

二つに分けたブロンドの髪が揺れ、額の赤い星が覗いた。

「あれ?何かリーナかっこいい!」アンニが声を上げる。「そんなのあったんだね!素敵!」

「素敵…?かっこいい?」リーナは戸惑ってアンニを見た。「これ、生まれつきだからずっと隠してたの。なんか怖がられそうで…」

「もったいない!」マレーネも賛同する。「怖がるなんてとんでもない。とってもいいよ、リーナ!」

「ありがとう…でもちょっとまだ慣れない…」

「さあ、チラシを配ろう」俺は出来るだけ明るい声で言った。

「あ、ちょっと待って!」マレーネはそう言うと、「忘れ物したから取ってくる!アンニも一緒に来て」

とアンニの手を引いて自宅の方に走って行った。

リーナと二人になった俺は広場のベンチを見て彼女に声をかけた。

「座って待とうか」

「うん」リーナは座ると俺を見て、「思い切ってこの星を見せることにしたんだ」

そう言って自分の額を指差した。

「こないだジョージが言ってくれた言葉で、少し楽になれた気がして」彼女は石畳を見ながら話した。「この痣のせいでね、昔は嫌な事もあったんだよ。なんでこんな顔で生まれたんだって泣いたこともいっぱいあった。本気でずっと呪いだと思ってた…」

俺は黙って聞いていた。

「でもね、ジョージが言ってくれたでしょ、星になれる証って」

「うん」

「アイドル始めて、必死で歌って踊って、そしたら星になれるかな」

「もちろん。俺が見つけた一等星だ。きっと誰よりも輝ける」

「…ありがとう」リーナは俺を見て少し笑った。


少しして、マレーネとアンニが走って戻って来た。

「お待たせ!」マレーネが遠くから叫ぶ。

「何を忘れたんだ?」俺は走り寄る二人に声をかけた。

「これ!」アンニは近くまで来ると自分の額を指差した。

そこには鮮やかな黄色でリーナと同じような星が描かれていた。

リーナは驚いて、「どうしたの、それ」

「こっちも見てよ」マレーネが長身を屈めて顔を寄せる。その額には水色の星があった。

「あなたたち…」リーナは立ち上がり、自分の口を両手で覆って二人を交互に見ている。

「リーナだけズルいからさ」マレーネはクールぶって言う。「急いで家に帰って、大道芸用の絵の具で描いて来ちゃったよ」

「みんな星があるね!」アンニは無邪気に笑った。「だってNeue Sterne(新しい星たち)だからね!」

その言葉を聞いたリーナは二人を両手で抱きしめた。

「そうだね…私たちは、私たちは…Neue Sterneだもんね」リーナは目にいっぱいの涙を浮かべていた。「ありがとう、マレーネ、アンニ…一緒に星になろうね」

三人は肩を抱き合っている。

泣いてるリーナの髪をマレーネが撫でる。

俺はただ、一歩下がって微笑ましくその様子を見ているだけだった。


チラシ配りは思いのほかたくさんの人に囲まれた。メイドの姿をした女の子三人が笑顔でチラシを配ったり話したりしてくれるなど、この世界ではかなりレアだと思ったが、予想以上の反響だった。

アンニを野菜市場で、マレーネを大道芸で見ていた人もかなり興味深く店の話をきいてくれたりした。

彼女たちを初めて見る人も、好意的に接してくれている感じだった。

もちろん訝しげに見て素通りして行く人も多いのは仕方ない。いつの世でも理解できないものに対しては警戒心を持たれて当然だ。

が、まずは関心を持ってくれる人が大勢いた。

次は店に来てもらって実際に店を体験してもらう。食事をして酒を飲むだけじゃない"萌え"という付加価値を。


新装開店(と言っても特に店の改装などしたわけではない)は三日後。まだまだ準備しなければならないことは多い。


チラシ配りの翌日、鍛冶屋から出来上がったドラム用スタンドとペダル類をアマデウスが馬車で引き取りに行き、彼に預けてあったドラムセットも一緒に金の竪琴亭に運び込まれた。

「待たせたね、諸君」アマデウスは使用人たちに荷物を運ばせ、待ち受けるルーカス一座の面々に会釈をした。

「今日と明日は店を休みにして、準備をするんだ」俺はアマデウスにワインを出しながら話しかけた。

「なるほど」彼は頷いた。「では、リハーサルの時間はたっぷりだね」

「そのつもりだ」

「何はともあれ、ドラムスの試奏だね、フランツ」アマデウスは彼と同い年くらいの打楽器奏者の名を呼んだ。

「やっと本物ですね」フランツはドラムスティックを持って前に出てきた。少し紅潮した顔をしている。

ここ数日、彼は樽や桶を使ってドラム演奏のトレーニングを続けていた。俺が教えていたわけだが、俺自身ドラムはほんの少し叩ける程度だ。ただやり方だけは説明できる。


俺はフランツとの個人レッスンを回想した。

「いいかいフランツ、テンポ160くらいの8ビートから始めよう」

「エイトビート…?」

「まずは右足でバスドラのペダル。一小節に四分音符で4つ」

フランツが床を踏む。

「左足はペダルを踏んでハイハットを閉じたまま右手で八分音符で8つ」

フランツが木の皿をスティックで叩く。

「2拍目と4拍目に左手でスネア」

裏返した桶を叩く。

「これが四つ打ち8ビート。アイドル曲ではこれが基本になるよ」


店の簡易ステージに全員でドラムセットを組み立てている。

アマデウスの自宅でドラムに手を加えたことを回想する。

「おいおい」アマデウスが焦って止めに入る。「せっかく買った大太鼓に穴を開けるのか?」

「そうだよ」俺はためらいなくナイフで大太鼓の前面の革に大きな穴を開ける。「古い毛布はある?」

「毛布…?何に使う?」

「ミュート」

「…相変わらず意味わからんが…コンスタンツェ!」と彼は奥方を呼んだ。「いらない古い毛布を」

「はいはい」

彼が結婚しているのを俺はこの日初めて知ったのだった。日頃の行動からは世帯持ちの影は微塵も感じないのだが。

このような奔放なご主人を持った細君は苦労するんだろうな…とぼんやり考えていた。


金の竪琴亭にドラムセットが組み上がった。

思った以上に現代のドラムに見える。

後はペダルの具合が心配だが、少なくとも見た目で言えば鍛冶屋はいい仕事をしてくれた。

「それじゃフランツ、8ビートをテンポ175でやってみよう」俺が言うとフランツは「了解」と

樽の椅子に座ってポジションを決めた。

「いいかいアマデウス」俺は小声で話しかけた。「俺の時代の音楽は耳で聴くんじゃない」

「どういうことだ?」アマデウスは不思議そうな顔をした。

俺はフランツに合図を送りながらこう言った。

「体で聴くんだよ」


フランツが叩くドラムが店に響いた。

ミュートを効かせたバスドラが腹に来るビートを刻む。

ハイハットはキレ良く高音域で鳴り続け、スネアは引き締まったアクセントで表情を作る。

8小節ごとにクラッシュシンバルが鳴り響く。


バンドの面々は呆気に取られた様子で、たが知らず知らずのうちに体を揺らしている。

ふと隣を見ると、アマデウスが真剣な眼差しでフランツを見ながら足でリズムを取っている。

俺は彼の肩を指で叩き、彼の足元を指差した。

彼ははっとして俺を見て言った。

「体で…聞いてたよ」

その時、激しい音が鳴り響いた。

フランツがノリノリでシンバルを連打した瞬間、スタンドが倒れたのだ。

フランツは演奏を止めると、「痛!」と叫んで樽の椅子から転げ落ちた。

「フランツ!」バンドのメンバーが駆け寄る。

俺とアマデウスも彼を覗き込む。

フランツは右足を押えながら、

「足が…つった」と笑った。

一同はホッとしてフランツに肩を貸した。

アマデウスが俺に耳打ちした。

「まだ改良の余地はあるね」

「うん」俺はドラムセットを見ながら答えた。「スタンドが倒れやすいし、ペダルはかなり重そうだ」

「明日フランツを連れて鍛冶屋に行ってみるよ」

「すまない、アマデウス」

この後フランツの回復を待って、夕方からNeue Sterneの楽曲をやってみる予定だ。


メイドカフェのお披露目の日にNeue Sterneとして三人のデビューステージもやってしまうという計画だが、何しろ色々バタバタだ。

でも、こういう雰囲気は慣れている。

イベント前の慌ただしさ、何だか懐かしい。

いつの間にかこの18世紀のウィーンでこんな事をやってしまっている自分が信じられない。


そして、メイドカフェ仕様が加わった金の竪琴亭お披露目の日がやって来た。

信じられない光景だが、昼の開店前から店に行列ができていた。

チラシ配りの効果は絶大だった。

いつもの常連客の顔も見えるが、ほとんどは一見のようだ。ウチの店ではあまり見ない若者の姿もある。意外と女性客もいる。

「おいジョージ」店主ヨーゼフが慌てて俺に言う。「この様子じゃ仕込みが全く足りん。追加で肉と野菜を買って来てくれ。あとパン屋にも追加で焼いてもらえ」

「わかりました」

俺は店の前の行列を見ながら市場に走った。


店に戻ると、すでに満席だった。

ヨーゼフは忙しそうに、しかし嬉しそうに注文を捌いている。

Neue Sterneの三人はメイド姿でテーブルを行き来しながら笑顔を振りまく。何回も客に話しかけられて、その都度丁寧に対応している。

…考えてみれば、野菜売りのアンニも大道芸人のマレーネも、そして旅芸人一座のリーナもそれぞれ客商売出身なので慣れたものなのかも知れない。

俺は満足気に彼女らのお給仕ぶりを見ていたが、奥のテーブル席にアマデウスを見つけた。

そっと近づいてみると、彼はワインを飲みながら満面の笑みでアンニが運んできた"お絵描きグーラッシュ"に落書きをお願いしていた。

「何を書きましょう、モーツァルト様」アンニは無邪気な笑顔で、「何でも構いませんよ」

「それでは…僕の似顔絵と『大好きなアマデウス』というのは出来るかな?」

「喜んで!」

アンニは楽しそうにパンの蓋にベリーソースの落書きをしている。

やがて出来上がったのはアマデウスにしては可愛すぎるキャラクターの絵と、「大好きなアマデウス様」の文字とハートマークだった。

アマデウスは嬉しそうに隣の客に自慢して見せると、すぐにそのテーブルの周りに人だかりができた。

そして「俺にも描いてくれ」「俺もグーラッシュを頼む」「私はソーセージのお絵描きをお願い」などと次々に声が上がる。

そして嬉しそうに料理を食べるアマデウスの後ろから俺は声をかけてみた。

「随分ご機嫌じゃないか、神童さん」

「うわっ!」彼はけして見られたくない秘密をのぞかれた少年のように驚いて振り返った。

「いつから見ていた」

「全部」

「嘘だろ…頼む忘れてくれ」

「ああ、もう忘れた」

「良かった…」

「『大好きなアマデウス様』なんてのは忘れた」

「貴様!」

俺は笑いながら逃げるように厨房に入った。

リーナが洗い物をしていたのを見て、「それは俺がやるから、君はホールに出るといい」

「わかった」彼女は笑顔で答えた。「大繁盛だね」

「君たちのおかげだよ。大変だろうけど」

「ううん、とっても楽しいよ」

そう言って彼女は客席に戻った。

まずは第一段階成功…かな。

そしてこの後、いよいよNeue Sterneデビューライブだ。


店は昼営業と夜営業の間に一旦閉める。

普段は客も少ないのでなんとなく終日開けているのだが、さすがにこの繁盛ぶりでは働く方は体が保たない。

女の子たちはさすがに疲れたようで賄いを食べてすぐ眠ってしまった。

無理もない。


俺は店に残ったアマデウスと話していた。

「昨日リハーサルを見たが」アマデウスが真面目な顔で言った。「バンドが加わるとやはりすごいな」

「どういう風にすごいと思った?」

「何というか…先日君が言っていた作曲の順番の話…リズムから作るというやつ」

「ああ」

「実際聞いてみてわかった気がするよ」彼はステージのドラムセットを見ながら、「かなり速いテンポで一定のリズムが鳴り続けて、まるでそのビートが心臓の鼓動になったような感覚。そこに乗るピチカートのベースはより深みとリズムを強調する。弦楽器は反して流れるような波を奏でながら全体をしなやかにまとめながら、金管は主題を歯切れ良く繰り返し印象的だ」

彼は一気に語ると一息入れてから続ける。

「そして三人の歌と踊り。踊りのための歌でも、歌のための踊りでもない。双方あって初めて完成する、どちらも不可欠に見える感覚。4分程度の短い一曲に凝縮された熱を感じたよ」

「すげえな、その分析」俺はマジで心から関心していた。「そこまで深く聴いてもらえるなんて感動だよ」

「未来の音楽はみんなこうなのか?」

「もちろん現代でもお前のように管弦楽とかピアノ協奏曲とかをやる人もいる。俺たちがやってるのは、流行歌とか大衆音楽の部類かな」

「ほう」

「正直芸術を作ろうと思ってやってないし、う〜ん、何だろうね」俺は少し考えて、「理屈とか理論より感情が先走るって感じかな」

「そうか…わかるような気もする」

「それとね」俺は思い出したように言った。「アイドル曲は客がいて完成するんだ」

「?」

不思議な顔をして俺を見るアマデウスを置いて俺は席を立つ。

「さて、そろそろあの子たちを起こさないと」


メイドカフェは夜の部も盛況だった。

馴染みの貴族が知り合いを連れて来たり、ドラムセットのスタンドやペダルを作ってくれた鍛冶屋も改良版を持って来てくれてそのままテーブルについた。彼は奥さんと二人の子供まで連れている。

ルーカスがBGM的にピアノを弾いたりして和やかな時間が流れていたが、店の奥のステージ中央に置かれたドラムセットに客の視線が注がれていた。

「いいかお前たち。あれは俺が作ってやったんだ」鍛冶屋のオヤジはシンバルスタンドを指差して子供たちに自慢していた。


そして客たちの間を忙しそうに動き回っていたリーナ、アンニ、マレーネの三人が一旦捌ける。

いよいよNeue Sterne初のライブの時間だ。

ルーカス一座の楽士たち…バンドメンバーが楽器を持ってステージに上がる。

注目のドラムセットにはもちろんフランツが座る。

俺はステージ裏の控え室に励ましに行った。

そこには歌の先生ヨハンナと、振付のヘレーネも来ていた。

「練習の成果を見せておいで」とヘレーネがメンバー達に声をかける。「楽しんで!」

はい、と元気よく答えるメンバーたち。

そしてヨハンナは三人の手を取って静かにこう言った。

「いい?声っていうのはね、神様から借りた楽器なの。さあ、聴かせてあげなさい」

メンバーはうなずいてステージに向かった。

俺が言う事は何もないようだ。こんなにも素敵なスタッフが揃っていて、一つになっている。

今夜それが初めて身を結ぶ。

俺はホールに戻り、一番後ろで立っているアマデウスに話しかけた。

「いよいよだね」彼は言った。「ほぼ満席だ。君が言う"客がいて完成する音楽"を楽しみにしてるよ」

「さあ、どうなるか…まだ1曲しかないからなぁ…」


ステージに並んだメンバーは、センターにリーナ。上手にアンニ、下手にマレーネ。

後ろにバンドメンバーを従えて、リーナが口を開いた。

「こんばんは!Neue Sterneです!」

期待感に溢れた客席から大きな拍手。リーナは続ける。

「金の竪琴亭へようこそ。そして私たちの初めてのステージにようこそ。1曲だけなのですが、聴いてください!」

フランツのカウントでイントロが始まる。

タイトなアップテンポのリズムに力強いブラスがメインリフを叩き込む。

ストリングスは厚みと奥行きを構築し、ルーカスのピアノがその間で華麗に舞う。

イントロでは小刻みなステップのダンスで三人の一体感を見せつける。

アンニの歌が空気を切り裂く。

リーナの歌が続き、マレーネは軽やかに踊りながら歌う。

印象的なサビでは三人が再び一体となって音の塊を作り出す。


観客は見たこともないパフォーマンスと聴いたこともない曲調の楽曲に呆気に取られて見入っている。

これは想定済みだ。

ワンコーラスが終わって再びイントロが流れると、メンバーは両手を頭の上に上げて手拍子を煽る。

「みんな!楽しんでる?もっと一緒に楽しもう!」

リーナの声に客たちは目を覚ましたように手拍子を始めた。リズムに手拍子がシンクロして店全体が一体化する。

2コーラス目が終わると、マレーネの見せ場、ソロダンスが弾ける。アクロバットを取り入れた大胆な動き。そしてリーナ、アンニが加わりユニゾンダンスを経て、アンニの見せ場の落ちサビ。

急にドラムが止まり、ピアノとバイオリンだけをバックに天使のようなアンニの歌声が響く。

客席では手拍子が止まり、全員が聴き惚れる。

やがてドラムきっかけでラストのサビになだれ込む。

再び分厚いリズムの波が客席に押し寄せ、客たちは思わず手拍子を再開。中には立ち上がって踊り出す者もいる。

曲はクライマックスを迎え終了。


一瞬の静寂の後、店いっぱいの拍手と大歓声。

Neue Sterneの三人は息を切らしながら顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべている。

「ありがとうございました!」リーナが叫ぶとアンニもマレーネも続いた。

惜しみない拍手が続いて、客席のほぼ全員が立ち上がっている。


「ジョージ」ふいにアマデウスが俺に言った。「僕はすごいものを観た」

その顔は好奇心に溢れているようだった。彼は続けて、

「いや、体験したと言った方がいいかもしれない。客がいて完成する、という意味がわかったよ」

「そうか」俺は少しだけ自慢気に返事をした。

アマデウスはさらにこう言った。

「聴かせるだけの完璧な演奏ではなく、その場を見て客を巻き込む曲中の演者の言葉。手拍子が加わってさらに熱を帯びる歌と演奏。まさに一体感というのがふさわしい。客がいなければ成り立たないというより、客がいることでさらに完成度が上がると言った方がいいかもしれないね」

「うん、そんな感じかな」

「ジョージ、僕は多いに刺激を受けたよ。これが"ライブ"というやつか」彼は俺を見て言った。「すぐにでも、僕ならこう作るってやつを作りたくなった」

「それでこそアマデウス・モーツァルトだな」


こうしてNeue Sterneの1曲だけの初ライブは終わった。

ここからが始まりだ。

この小さな店から始まった彼女たちの物語は、これからどう展開して行くのか。

"新しい星たち"はどんな輝きを見せてくれるのか。


数日後、冬の到来を感じる冷たい風が吹く11月の終わり。

俺が一人店の厨房で新しいメニューの試作をしていると、ふとルーカスが入って来た。

「おはようジョージ。リーナは来てるか?」

「おはようございます、ルーカスさん。…いえ、今日はまだ会ってません」

「モーゼル男爵の旦那がリーナの肖像画が欲しいとか言い出してな…あれからずいぶん人気者になったもんだ」彼はカウンターに座ってパイプに火をつけて、思い出したように言った。「今日は11月29日だったか?」

「はい」

「…そうか、リーナのやつ、きっと教会だ」

「教会?」

俺が不思議そうな顔をして厨房を出ると、そのタイミングでリーナとアマデウスが店に入って来た。

「ジョージ、困った」アマデウスがリーナをエスコートしながら言った。「リーナとそこで会ったんだけど、泣いてるんだ」

彼はオドオドしながら俺に困惑した顔を向けた。

ルーカスは黙ってパイプを吹かしている。すべて悟っているような落ち着きだ。

リーナを見ると、珍しく全身黒のドレスを纏い、確かに目が赤く腫れているように見える。

「どうかしたのか?」俺は彼女に近づき、とりあえず座るように椅子を引いた。リーナは黙ってうつむいて腰を下ろす。

俺とアマデウスが心配そうに見ていると、リーナは小さな声で話し始めた。

「今日、お母様の命日なの」

「…そうだったのか」

「5年前に亡くなってから、毎年この日は教会に行くの」彼女はうつむいたまま続けた。「一座の旅の途中で亡くなった事を知って…でも10歳の頃から会ってなくて…」

何か複雑な事情がありそうだが、俺もアマデウスも黙って聞いていた。

しばらく沈黙が続き、やがてリーナは下を向いたまま呟いた。

「ねえ、ルーカス座長。ジョージたちに話してもいいかな」

「そうだな」ルーカスはこのような流れになることを知っていたかのように落ち着いてパイプの煙を燻らせた。「お前がそうしたいなら、彼らには知っといてもらった方がいいかもしれないな」

「うん…ジョージとアマデウスさんには、私という人間を全部知っておいて欲しくなったの。この星の痣を見て、疎ましく思わないで前向きな言葉をくれて…だからこの星にまつわる過去を全部話したい」

彼女は額に指を当ててそう言うと目を閉じた。

「さっき教会に言って、お母様にも言ってきたの。信じられる人にお話しますって」

「きっと」ルーカスは優しい目でリーナを見た。「天国で笑ってうなづいてくれてるさ」

その言葉を聞いたリーナは顔を上げてまっすぐに俺を見て、はっきりした口調で話し始めた。


「私の本当の名前は、マリア・カロリーナ・テレジア、先日30歳になりました」

「…テレジア…?」アマデウスが不思議そうに言った。

以前アマデウスから聞いていた話で予備知識があったとはいえ、改めて目の前のこの金髪の美しいアイドル一年生が30歳とはとても信じられない。

リーナは続けた。

「お母様は…マリア・テレジア」

アマデウスは声にならない声をあげて驚きを隠せない。

ルーカスが補足するように言った。

「神聖ローマ帝国皇后陛下にしてオーストリア女大公、ハンガリー女王、ボヘミア女王であらせられた偉大なる女帝、マリア・テレジア様である」

「そして私は双子でした」リーナは淡々と続ける。「30年前の同じ日にお母様から生まれたもう一人の妹の名は、マリア・アントーニア…フランス語読みでマリー・アントワネット…現在のフランス王妃です」


何か得体の知れない大きな渦のようなものが自分を飲み込むような感覚に襲われて、俺はただリーナを見ているしかなかった。


【続く】

【次回予告】

リーナの過去を知った俺は彼女をどう扱うのか。

そんな中、金の竪琴亭に初老の紳士と少年が現れる。彼らは現代では誰もが知る大音楽家だった。

楽都ウィーンで様々な出会いを経て、今後の俺とNeue Sterneはどうなっていくのか…

次回、「巨匠と天才少年」

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