第3話 ウィーンアイドルプロジェクト始動
【前回までのあらすじ】
現代で地下アイドルプロデューサーだった俺は何故か18世紀のウィーンにタイムスリップし、そこで新しもの好きなモーツァルトとともにアイドルグループを作り始めた。
メンバーが揃いバックバンドやスタッフも集まり、宣伝も兼ねてメイドカフェまで立ち上げようと思い立つ。
その日、朝から揃って外出していたルーカスの旅芸人一座は昼過ぎに金の竪琴亭に戻って来た。
全員が神妙な面持ちだ。
昼の客の対応を俺に任せて店主ヨーゼフは一座の面々を奥の長テーブルに座らせて話を聞いていた。
元々昼の客足は少ないので俺には余裕があり、客をさばきながら彼らの話に聞き耳を立てていた。大まかな話の内容はこんな感じだ。
ルーカス達が久しぶりにウィーンに戻ったのは旅芸人達の活動を規制(というか止めさせる王宮の方針)に対して継続させてもらう交渉のためであり、今日がその件で謁見を許可された日だった。
一座全員で交渉に向かったが政権の決定を覆すには至らず、交渉決裂の形で戻ってきたようだ。
「それでこれからどうするね」
ヨーゼフがルーカスに聞いた。ルーカスは腕組みしてテーブルの木目に目を落としたまま答えた。
「この20年近く、俺はこの仕事一本で食ってきた。苦労もしたが、自由に旅をしながら好きな音楽を続けられたのは最高の人生だったよ」
彼はビールを一口飲んで続けた。
「こいつらも、仲間になった時期はバラバラだが本当に信頼できるいい奴らでな…こいつらの稼ぎがなくなっちまうのは心苦しい」
ルーカスはリーナを含む全員の顔を見渡してさらにビールをあおる。
「さっき宮廷でも言われたが」彼はさらに言葉を繋いだ。「俺自信は宮廷楽士として戻る事も出来る。奴らは俺にちょっとした恩を感じてるからな」
そう言って彼は何故かリーナをちらっと見た気がする。
「だが全員を宮廷楽士として迎えるのは難しいようだ。こいつらは農民や商家の出だからな」
身分というものが絶対的な価値観を持っていた時代らしい。ルーカスはさらに続ける。
「リーナはそこのジョージがやるアイドルってやつに専念できるが…」
「そうだな」ヨーゼフが重い口を開いた。「ウチでずっと演奏してもらうのはいいんだが、見ての通りとても給金を払えるような状況ではないしなぁ…」
「いや、ヨーゼフ」ルーカスはヨーゼフの言葉が終わらないうちに被せて言う。「ここ数日、暇な俺たちに演奏させてもらったのは本当に感謝してるよ。俺たちこそ大人数で世話になっただけでもありがたい。雇ってくれなんて滅相もないさ」
そんな会話を聞いていた俺は、実は話の途中から元プロデューサーとして閃くものを感じていた。
ランチの客が帰って店内が身内だけになったそのタイミングで、俺は一座のテーブルに近付き話に加わった。
「あの、ちょっといいですか」
「どうしたジョージ」ヨーゼフが俺を見た。
俺はこの数分間でフル回転でまとめた脳内シミュレーションを語り始めた。
「勝手にお話を聞いてしまってすみません」俺は立ったまま続ける。「思いついた事があります」
そこで一度呼吸をして、なるべく落ち着いて話すよう自分を抑えながら提案を語り出す。
「皆さんご存知のように俺はリーナとアイドルという新しい芸能を始めようとしてます。仲間になる女の子たちも見つかって、モーツァルトにも協力してもらいながら本格的に動き出すわけですが、絶対的に足りないものがあります」
俺は一座のみんなの顔を一通り見てから続けた。
「それは、アイドルとしての楽曲をやるための伴奏です。俺のギターだけではどうしても表現できないリーナたちNeue Sterneを盛り上げる強力なバンドメンバー…いや、楽士達がどうしても必要なんです」
俺は話しているうちに自分の言葉に熱がこもってくるのを感じながらさらに捲し立てた。
「皆さんの演奏を数日聴かせていただいて、俺が言うのもおこがましいですが実力は素晴らしいです。ただ…これからやろうとしている音楽は、皆さんが演ったこともないような類のものです。それでもよろしければ…俺と組んでいただけませんか?」
一座もヨーゼフも黙って聞いている。
「当面は」俺は少しトーンダウンして続けた。「ギャラ…給金は出せないと思います。でもNeue Sterneは必ず売れます。皆さんが協力してくれるなら、鬼に金棒です。彼女らが売れた暁には相応の報酬を約束します。いかがでしょうか…一緒にやっていただけませんか?」
自分でも呆れるくらいストレートに喋り倒した。
俺は少し無謀だったかなと感じながら、みんなの反応を待った。
「なるほど」ルーカスがまず口を開く。「捨てる神あれば拾う神ありってところか」
彼は一座の顔をそれぞれ見ながら笑って続けた。
「どうやらこの東洋人がやろうとしてる事は、俺にもわからん未知の音楽だ。…が、もしやってもいいと思う者は是非協力してやって欲しい。この俺は面白そうだからやらせてもらうよ」
「ルーカスさん…!」俺は驚いた。ルーカスは笑いながら俺に言った。
「俺が宮廷に戻ると思ったか?神童アマデウスと二人で面白そうな事をやろうとしてるのを黙って見てるわけにはいかんよ」
「ありがとうございます!」
「俺も」コントラバス弾きのウィルヘルムが片手を上げて言った。「新しい音楽をやってみたいですよ、是非」
「僕も田舎に帰るくらいならやりますよ、楽しそうだ」
「ルーカス座長にここまでついて来たんだ、俺もやらせてもらう」
一座の楽士たちが次々と賛同してくれた。
ああ、なんてことだ。熱いものが込み上げてくる。
「楽士達はいいけど」ふと歌い手の女性ヨハンナが口を開いた。「私とヘレーネはどうしたらいい?」
彼女は元オペラ歌手のベテラン。ヘレーネもやはりベテランの踊り子だ。
そのヘレーネも言葉を続ける。
「まさかリーナ達のアイドルとやらのグループに入る…わけないわよね、この歳で」笑いながらヘレーネはヨハンナを見た。
彼女たちは二人とも40歳前後に見える。歌唱力やダンスのキレはさすがなのは充分理解している。
「それも想定済みです」俺は彼女たちの目を見て真面目な口調で答えた。「ヨハンナにはグループの歌の指導を、ヘレーネには楽曲の振付をお願いしようと思ってますが、いかがでしょうか」
彼女たちはほっとしたような表情でお互い見つめ合ったあと、「是非よろしくね」と言ってくれた。
「すごい!」リーナが声を上げた。「こんな形で一座と一緒にできるなんて…そして、次の旅に出るまでと思ってたアイドル活動をずっと続けられるなんて、なんだかとっても嬉しいことになった!」
俺は笑って彼女を見た。
リーナが嬉しそうにしているのが俺も嬉しい。
前途多難かもしれないが、とても大きなパワーを得た感覚が全身に満ちている。
バックバンドとボイストレーナーと振付師を一気に手に入れた今の気分は最高だ。
「よかったじゃねぇか」ヨーゼフが俺とルーカスを交互に見て言った。彼も微笑んでいる。
さあ、ここからが本番だ。
その夜、店に顔を出したアマデウスに俺は成り行きを話した。彼は最近自分の楽譜作りに忙殺されているようだが、俺の話を聞いて思わぬ展開を喜んでくれた。
「ルーカス一座ならまず問題ないよ。みんな腕は一流だし、ルーカスの影響で様々な音楽の経験も豊富だから」
「ほんとにありがたい。そこでアマデウス、お前に相談が二つある」
「ほう、どんなこと?」
店内にはルーカスのピアノ演奏が心地良く流れている。俺は一枚の紙をアマデウスに見せた。
「これはルーカス一座の面々をまとめたもので、一人一人役割を確認してみて欲しい」
その紙にはこう書いてある。
【バンドメンバー】
ピアノ:ルーカス・アドラー(51歳)
ドラムス:フランツ(26歳)
ベース:ウィルヘルム(39歳)
ヴァイオリン:マティアス(31歳)
ヴァイオリン:ヨハン(37歳)
ヴィオラ:レオンハルド(40歳)
トランペット:コンラッド(31歳)
トランペット:ステファン(36歳)
【歌唱指導】
ヨハンナ・ヒルシュ(43歳)
【ダンス指導/振付】
ヘレーネ・ファルク(39歳)
「俺の時代のアイドルは」俺は紙を見ながら話す。「ライブで歌う時は主に伴奏が録音されたCDなどの媒体を音響装置で再生していたんだ」
「未来語が多いぞ」
「まぁ…ここでは不可能なので説明は省くよ。ここでアイドルライブをやる場合はどうしても伴奏のバンド…楽隊が必要で、幸運にも俺たちはルーカス一座という素晴らしいバンドを手に入れた」
「オーケストラではなく、バンドと呼ぶのか」
「うん、楽器はこの時代にあるものを使うしかないんだけど、一番重要なのは」俺は名簿のある部分を指さして「ドラムスなんだ」
「ドラムス?打楽器の事だよね?」
「そう。アマデウス、君は曲を作る時どういう順番で作る?まずは主題の旋律かな?」
「通常そうだね。主題を決めて展開、和声、テンポ…というのが一般的」
「打楽器は最後?」
「盛り上げたいところにティンパニとか…そうだね、後から加えることがほとんどかな」
「やっぱりそうだろうね」俺は紙の端に今アマデウスが言った順序を矢印で繋げて書きながら続けた。「それが俺の時代の、特にアイドルポップと呼ばれる曲は真逆なんだよね」
「逆?」アマデウスは俄然食い付いて来た。「打楽器から作るということか?」
「打楽器というより、リズムと言った方がいいかも。曲のイメージを決定するのはまずテンポ、次にコード…和音進行、最後に歌メロや細かいアレンジだね」
「リズム…それは一曲まるまる変わらないのか?」
「ほとんどの曲はそのまま、ずっとリズムを刻み続ける。そこにベースや和音、そしてメロディが乗っていくイメージ」
「なるほど…とりあえず想像がつなかいけど、もの凄く興味深いよ」
「そこで相談その一なんだけど」俺は本題に入る。「今のルーカス一座の打楽器はティンパニしかない。だけどバンドとしてのドラムスには、こういうドラムセットが必要なんだ」
俺は一座の名簿を裏返し、白紙の面に簡単なドラムセットの絵を描いた。
正面にバスドラム、向かって右側にハイハット、その内側にスネアドラム。バスドラムの上に最低ワンタム、左側にフロアタム。
そしてクラッシュシンバルとライドシンバルが左右に立つ。
「このセットができれば欲しい」俺はアマデウスの表情を見ながら言った。「この時代で可能だろうか」
「これを…一人で操るのか?」
「そうだよ。バンドの底を支える重要なポジションだ」
彼はしばらく考えていたが、ふと思いついたように言った。
「3年ほど前に僕は『後宮からの誘拐』というオペラを書いたんだけど、その演奏でトルコ軍楽隊の太鼓を使ったことがある」
「太鼓!」
「軍楽隊が行進で演奏する大太鼓、小太鼓、シンバル、トライアングルなどの打楽器を取り入れたんだ。この絵から察するに、このバスドラムというやつは大太鼓、スネアドラムは小太鼓に似てるね」
「そうだよ!そんな感じだ!」
「それならシンバルも含めて楽器屋で手に入る。オーケストラ用の楽器屋に行ってみようか」
「すげえ!さすが天下のモーツァルト!是非連れて行ってくれ」と勢いで言ったはいいが、俺はふと思い立った。「でも…楽器を買う資金なんてないな…」
「それは任せろ」アマデウスは笑って答えた。「こう見えて僕には大きなスポンサーがいるんだ。アマデウス・モーツァルトが新しい音楽をやるとなれば、喜んで出資してもらえるよ」
「そんな…お前のスポンサーはマズくないか?」
「大丈夫。僕たちは一緒にNeue Sterneを作っていく仲間じゃないか」
「アマデウス…ありがとう。仲間と思ってくれて嬉しいよ」
「当たり前だろう」
こうして音楽の話に熱くなれる…なんて素敵なんだろう。昔ロックバンドをやっていた頃、メンバーと朝まで語り合った事を思い出した。
俺はふと言った。
「こういう相棒を"バディ"と言うんだよ」
「バディか、いいね」アマデウスは笑った。「で、楽器屋は早急に行くとして、あと一つの相談とは?」
「それなんだけど」俺は再び名簿を表側に戻した。「この楽器編成を見てくれ」
「弦楽四重奏に金管2本だね」
「そう。正直俺には編曲しにくい編成なんだ」
「なるほど、つまり僕に編曲を手伝えと」
「話が早いな」俺は苦笑した。「今をときめく多忙なモーツァルトにお願いするのは気が引けるんだけど…」
「任せろ。僕は稀に見る速筆と評判なんだ」とアマデウスは言った。「昨日までとある仕事で手一杯だったんだけど、やっとケリがついたからちょうどいい」
「ありがとう…給金なんだけど」
「わかってるよ」彼は微笑んで言った。「ルーカス一座同様出世払いと言いたいんだろ?」
「まあ…」
「ギャラはいらないから、そのかわり僕にもNeue Sterneの曲を書かせてよ」
「えっ?それは逆に更に作曲料が発生する案件だよ?」
「やってみたいんだよ、アイドル曲ってやつを」
「そりゃモーツァルト作曲のアイドル曲なんて俺も聴きたいよ」
「では決まりだね」
「うわぁ…モーツァルトと勝負かよ…」
「気にするなよ、僕たちバディだろ?」
「そうだな…おこがましいけど、18世紀のレノン&マッカートニーみたいになったらすげえな…ジョージ&モーツァルト…」
「誰?」
「なんでもない」
ウィーンの夜は更けていく。
それからの俺は急ピッチでこのプロジェクトを進めて行った。
まずはグループ用の作曲だ。アマデウスは自分も曲を作りたいと言ってくれたが、まずは俺のアイドル曲を聴いてテンポ感とか曲調のイメージを感じて欲しかった。
前回リーナのソロと俺のギター用に書いた曲はその時の精一杯だったが、今回は思い切って現代のアイドルっぽいものを遠慮なく書いてみている。
そうでなければ俺がこの時代でやる意味がないと思えたから。
急場凌ぎで東京でやっていた「カノン」の楽曲を焼き直そうとも一瞬考えたが、それはすぐに自分の中で却下した。
あれは「カノン」のために作った曲で、あの時点で完成している。
俺はいつもメンバーの個性を活かす曲作りにこだわって来た自負がある。なので今回も、リーナ・アンニ・マレーネのための曲を書くべきだ。
「カノン」のカバーではないNeue Sterneだけの楽曲こそが、苦労してでも作る価値があるものだ。
まず1曲、華村譲司が作るアイドル曲としては王道と言えるロック寄りのアップテンポなものができた。
編曲はアマデウスに任せると言ったが、最初の曲だけは自分でやってみようと思った。
通常シンセサイザーを使うイントロリフをトランペットに置き換え、4つ打ちの8ビートにストリングスとピアノが絡む構成。
打ち込みと違って実際に楽器で鳴らしてみないと全体像がはっきり見えないが、多分いけるはず。
楽士たち用とボーカル用の譜面を起こし、それぞれに渡してみた。
ヨハンナは早速Neue Sterneのメンバーに指導を始め、楽士たちはそれぞれのパートの練習に入るが、ドラムス担当のフランツだけは、現代のドラム譜を理解できないようだった。
もっとも実際のドラムセットが完成しないと叩けないわけだが…とりあえずフランツには譜面の意味を教え、左右の手足をすべて同時に使う事に慣れてもらわないと始まらない。
まずは樽のテーブルを使ってペダル操作と両手の動きを教えてみた。
「これを一人で同時に、この速いテンポで、ずっと休み無く…?」と彼は困惑していたが、リズム感はずば抜けているので基本さえ覚えればすぐに慣れてくれるはずだ。
ベース担当のウィルヘルムには、コントラバスを弓を一切使わずにピチカートのみで全曲弾くと伝えた。
ルート音の8分音符の刻みを中心に繰り返し耐久レースのような練習をお願いしたのだが、プライドが高いベテランの彼は意欲を持って挑んでくれている。
当面はこの二人のリズム隊の新しい試みが鍵になるだろう。
数日が怒涛の勢いで過ぎて行き、3曲目の新曲を書き上げたある日、俺はリーナを連れて街の服屋を見に来ていた。
Neue Sterneの衣装の見立てだ。
「アイドルには"メンバーカラー"というのが必要でね」俺は石畳の街を歩きながらリーナに話かけた。「リーナはセンターだし、赤かピンクかな?」
「メンバーカラー?三人それぞれ色が違うの?」
リーナは不思議そうに聞き返した。
「そう」俺は答える。「担当カラーとも言うけど、それぞれに色を決めて、ファンの人達は自分の"推し"の色のサイリウム…はわからないか。服や小物にその色を使って"推し"にアピールするんだ」
「面白いね。お客さんはただ見てるだけじゃなくて、ある意味ライブに参加してる…みたいな?」
「そうそう、そんな感じ」
話していると目的の服屋の前に着いた。主に女性物のドレスを扱う高級店だが…
「アマデウスに教えてもらった店だけど、なんだか高そうな店だなぁ…」俺はやや気後れした。
「貴族向けっぽいね」リーナも場違いと感じてはいるようだが、「ちょっと入ってみようか」
彼女の度胸はステージだけではないようだ。
心なしかいつもより着飾ったように見えるリーナの後を俺は侍従のようについていった。
豪華な花模様の織り柄やレースに彩られたドレスの数々を見ながらリーナは言った。
「アイドルってこんな感じのドレス?」
「いや、全然違うかな」俺はリーナがこんなドレスを着たら似合うかもしれない、と思いながら答えた。「とりあえず、スカートはもっと短い」
「短いって、どれくらい?」
「膝上25cmとかかな」
「は?」リーナは今まで見た中で一番びっくりしたような顔で自分の膝から上を測りながら、「太ももが丸見えじゃない!何それ!」
「しかもタイツとか穿かないで生脚がデフォ」
「し…信じられない!未来ってエッチ!」
彼女は顔を真っ赤にして店を出た。
追いかけた俺を上目使いで見ながらリーナは小さい声で言った。
「ジョージは私たちにもそんな格好をさせたいの?」
「この時代でやったら人気出るよ」
俺は街を歩く女性たちに目を向けながら言った。
「うわぁ…」リーナの頬はまだ赤い。「一番の難関は衣装だね…」
「難関かぁ…」
「人前で太ももを出すなんて、誰もやったことないよ」
「まぁそのへんは、考えてみよう。でもアイドルがアイドルたる所以は、日常とかけ離れた姿だったりするんだよ。」
俺は真面目な顔で言った。
「アイドルっていう言葉は、元々偶像という意味でね、普通では存在しないような"憧れ"や"理想"の対象というか…それでいて儚い存在でもある。だからこそ、ファンは推し、夢を見て、応援したくなる」
「それがその人たちにとって幸せになる…?」
「うん。アイドルの笑顔に癒されて、見ているファンも笑顔になるんだ。それは幸せなことだと思わない?」
「そうかも…」リーナは歩き出した。「でも…太ももかぁ…」
俺はその後ろ姿が微笑ましかった。
Neue Sterneのボーカルレッスンは金の竪琴亭から程近いヨハンナの自宅で行われている。
アンニの仕事が終わる時間が金の竪琴亭の営業時間と重なるためだ。
ヨハンナは元々ウィーン出身のオペラ歌手で、自宅には年老いた両親と弟夫婦がいるらしく、長年旅芸人として家を空けていたのだが再び定住できることになった。
この日のレッスン終わり、俺はメンバー三人との打ち合わせのため、とあるカフェで落ち合った。
このカフェにはコンサートスペースや庭園があり、アマデウスも演奏会を開いた事があるらしい。音楽家が集まる落ち着いた雰囲気だ。
俺が到着すると、Neue Sterneの三人は仲良くお喋りに花を咲かせていた。すっかり打ち解けているようで、プロデューサーとしては嬉しい限りだ。
「だいぶ曲は覚えてきた?」俺は席に座ってコーヒーを注文しながら三人に言った。
「歌の振り分けもできて、自分のパートは完璧だよ」リーナは嬉しそうに言った。
「早く皆さんの演奏付きで歌いたいです」アンニがワクワクしながら言う。
「振付はどうなってるの?」マレーネはダンス担当らしく踊りたくて仕方ない様子。
「ヘレーネの振付はもうすぐ出来そうなんだけど、細かいところは演奏付きで聴かないとイメージが浮かばないって言ってたな」
俺はそう答えて、話題を変えた。
「ところで今日の議題はメンバーカラーを決めたい、と言う事で」
「メンバーカラーね。こないだリーナに聞いたよ」マレーネがリーナを見ながら言う。「その色はどういう感じで使うの?」
そうだろう。メンバーカラーという概念がない人たちにはわからない発想だ。俺は説明を始めた。
「主に衣装かな。グループにもよるけど、多くの場合同じデザインで色違いの衣装にするか、衣装の一部にカラーを取り入れるか、って感じ」
「なんだか可愛いかもです」アンニはその姿を想像しているようだった。「どんな色がいいとかあるんですか?」
「そうだな」俺はコーヒーを一口飲んだ。「主流なのはセンターにいるリーダーが赤かピンクで、他はブルーとか黄色とかグリーンとか…三人編成の場合はあまり被らない色を選んだ方が目立つね」
「じゃあリーナは赤かピンクで決まりかな?」マレーネが言った。「私はどうだろう?水色が好きだけど」
「私は黄色かオレンジかグリーンが好きです。綺麗な野菜の色」アンニはそう言って笑った。確かに野菜売りっぽい。
「それで決まりでいいんじゃない?」俺は意外とすんなり決まりそうな事に安心した。今までの経験上、好きな色が被って揉める場合が多かった記憶がある。特にピンク…
リーナはずっと考えていたようだったが、ふと言った。
「赤かピンクなら、私は赤かな」
「うん、似合うね」俺は納得しながら続ける。「マレーネの水色もクールな感じにぴったりだし、そうするとアンニはバランス的に黄色かグリーンがいいと思うけど、どっちがいい?」
黄色ならいわゆる色の三原色になるし、グリーンを選べば光の三原色になってどちらでもバランスが良い。
「じゃあ…黄色にします!野菜もそうですけど、シェンブルン宮殿の壁の色が綺麗で…」
アンニがそう言うと、マレーネはうなずいて、
「マリア・テレジア・イエローね!女帝陛下が好きだったみたい」
その会話をリーナは何故か聞かなかった振りをしているように見えたが、すぐに笑顔でこう言った。
「決まりね!楽しみ!」そして急に思い出したように他の二人に向かって、「二人は、ステージで太もも出して踊れる?」
「太もも?」二人は同時に驚いて、アンニはすかさず、「無理です!そんな…恥ずかしい…」
「だよねぇ…」リーナは呆れたように俺を見てからマレーネに、「マレーネはどう?」
「私はアクロバットで結構大胆にスカート捲れたりしてるからあまり気にならないけど、そういう衣装なの?」
「この東洋の先生が言うにはね」リーナは俺に目線を送りながら続ける。「彼の国では膝上25cmが当たり前なんだって」
三人のやや冷たい視線に晒されて俺は何も言えなくなった。
どうしたものか…
こうして曲作り、衣装探し、メンバーのレッスン、バンドへの指導など同時進行で準備を進める日々が続く中、今日はアマデウスと二人馬車でウィーン郊外の楽器工房に向かっている。
いよいよドラムセットの購入だ。
「アマデウス、こないだ言ってた譜面作りは終わったのか?」
俺は走る馬車の中で彼に問いかけた。
「おかげさまで」アマデウスは窓の外の景色を見ながら答えた。「詳しい内容は話していなかったが、今回は珍しく2年近くかかって完成したよ」
「2年とはまた長いな」
「うん、ハイドン先生に献呈する6曲からなる弦楽四重奏の曲集でね」
「ハイドン…?あのハイドンもこの時代の人なのか!」
「先生も未来まで名を残したんだね、まぁ当然か」アマデウスは続ける。「元々はハイドン先生の『ロシア四重奏曲』を聴いてその新しさに刺激を受けたのがきっかけで、僕もある意味対抗心から作ってみた」
「刺激し合う感じなんだな」
「ある意味そうだね。今年の初めに僕の自宅に先生を招いて実際演奏したんだ。僕はヴィオラを弾いたよ」
「マルチプレイヤーじゃないか、お前」
「マル…何て?」
「いや、なんでもない」
「その際嬉しいことに先生が気に入ってくれて、それからちょこちょこ推敲して譜面を完成させて、来週いよいよ手渡す事になってる。金の竪琴亭でね」
「店にハイドンが来るのか!」
「君のことを話したら、興味を持ってたから会わせてみたいと思ってね」
「おい…また無茶苦茶緊張するようなセッティングしやがって」
ハイドンは名前を知っている程度ではあったが、モーツァルトに並ぶ大作曲家というイメージがある。
何だかわからないが、この世界に来てからというものいろんな事が起こり過ぎていて刺激が強すぎる。未だに夢の中にいるのかと感じる時もままあるのだが、実はかなり楽しんでいる自分がいるのも事実。
スマホもパソコンもないこの世界で、情報源は人と人との繋がりだけのはずなのに目まぐるしいほどの体験がある。
「ほら、着いたよ」アマデウスが外を指差す。「ウィーンで一番の楽器工房だ」
そこではモーツァルトのおかげで歓待を受け、俺が望むほぼ完璧なドラムセットを手に入れる事ができた。
バスドラム用の大太鼓、スネアドラム用の小太鼓、ハイハットに使える小さめのシンバル一組にクラッシュとライド用に大きめのシンバル。
シングルタム用に底がやや深い小太鼓と、さらに大胆に深いフロアタム用。
これだけあればドラム本体は充分だ。
小太鼓用のスティックも何セットか揃えた。
馬車の荷台にそれらを積み込み終えると、俺はワクワクしながらアマデウスに言った。
「これだけ揃うとは思わなかった。本当に感謝するよ」
「思うようなものはできそうか?」アマデウスも楽しそうだ。やはり音楽家にとって楽器屋でテンションが上がるのはいつの時代も一緒らしい。
「少し改造が必要だけどね。俺の時代のドラムの音になるべく近づけるように」
「なるほど。楽しみだ」
「…それで、追加でお願いがあるんだけど」俺はアマデウスに向き直った。「鍛冶屋を知らないか?」
「鍛冶屋?」
「そう、ドラムセットを支えるスタンドと、バスドラやハイハット用のペダルが必要で」
「よし、ついでに行ってみよう」
アマデウスの顔の広さに関心しながら、俺は馬車の御者に道順を教える彼の姿を眩しそうに見ていた。
鍛冶屋では主人が困惑していた。
俺が描いたスタンドやペダルの簡単な絵を見ながら、彼は頭を抱えた。
「…旦那、これは無理ですよ」
「そこを何とか」アマデウスが食い下がる。「新しい物を作り出してこその職人だろう」
「そうは言ってもねぇ…」主人はペダルの絵を指差しながら、「ここんとこのバネをどれくらいの強さにするのかとか、動く範囲とかが難しい」
確かにそうだ。ドラマーが足で踏むペダルはその操作性が演奏に直結する。
「とりあえず」俺は主人に言った。「座った人間が足で何度も踏んで壊れない軽さと耐久性が必要なんです」
「鉄だから重いぞ」主人は呆れたように言う。「耐久性を上げたら当然軽さは犠牲になる」
「そうですよね」
俺はそう答えて考えた。現代ではアルミなど軽い金属で作るのが主流だし、バネの精度も高いだろう。
しかし何か作らなければ始まらない。俺は鍛冶屋の主人に提案した。
「まずは一つ作ってみてください。それを使ってみて、その後調整もお願いするかと思いますが、何とか」
「それなりの」アマデウスも加勢する。「制作費は用意するので、ご主人、どうか」
「仕方ねぇな」主人は絵を見ながら、「見たこともない物を作るってのは、嫌いじゃねぇ。ちょっとやってみるさ」
「ありがとうございます!」俺は主人の手を取って固い握手をした。
帰り道、俺はアマデウスにしみじみ伝えた。
「本当に資金面でこんなに世話になっていいのかな」
「気にするな」彼は笑って言った。「あの職人も僕も、新しい事をやるのは楽しいんだよ。普通に生きていたら出会えることがないものを君が持って来て提案してくれた。それは僕はもちろんあの鍛冶屋にとっても、将来のためになることは間違いないんだ」
「そう言ってもらうると少しは気が楽になるけど…絶対Neue Sterneを成功させないとな」
「もちろん」アマデウスはすっかり日が落ちた街並みを馬車から眺めながら言った。「期待してるよ」
俺は力強く頷いた。
金の竪琴亭に俺が戻ったのはすっかり夜の帳が降りた頃だった。
「ただいま帰りました」俺はこの日一人で店を捌いてくれた店主ヨーゼフに扉を入るなり頭を下げた。「今日は一日店を空けてしまってすみません」
「ああ、構わねえよ」ヨーゼフはカウンターの酒瓶を整理しながら言った。「で、成果はあったかい?」
「おかげさまで、かなり進展しました」
「そりゃ良かった」
最後の客が帰って、ほっと一息ついたヨーゼフはふと俺に言った。
「腹減ったろう。何か食うか?」
「あ、いただきます」
彼はふっと笑って厨房に入った。
蝋燭の灯りが揺れる店内は、すっかり自分にとってのホームのような暖かさを改めて感じる。
ぶっきらぼうだが気のいい店主、やってくる様々な客たちやルーカス一座の面々の賑やかさ。
こうして俺と店主の二人だけの空間はまた落ち着いていい感じだ。
「余り物だが」ヨーゼフは料理が乗ったトレイを運んでくれた。
看板メニューのグーラッシュ。牛肉と野菜を濃厚なソースで煮込んだ郷土料理だ。現代で言えばビーフシチューに近いが、トマト風味は皆無だ。
これに固いライ麦パンを浸して食べるのがこれまた美味い。ビールとの相性も抜群だ。
「この店はな」ヨーゼフはビールを飲みながら俺の向かい側で独り言のように話し始めた。「死んだ親父から受け継いだものなんだ」
「そうなんですか、初めて聞きました」
「昔はちゃんとした演奏会もやった音楽酒場といった感じでな、それなりに賑わってたもんさ」
「それは素晴らしい」
「親父が音楽好きなこともあって、音楽家たちも集まるちょっとした店だったんだがな、俺の代になると少しずつ客も減って来た。まぁ俺があまり音楽に詳しくないってのもあるんだが」
俺は真剣に聞いている。
「お前さんも知ってるかもしれないが、街ではコーヒーハウスとかカフェとか言う小洒落た店が出来てきて、音楽家たちは次第にそっちに流れて行ったわけだ」
なるほど、先日リーナたちと打ち合わせしたようなカフェの事だ。
ヨーゼフは続ける。
「店の流行り廃りは仕方ねぇ。今は何とか食える範囲でやっちゃいるが、この先はわからねぇよな」
「そんな事はないですよ」俺はフォークを置いてヨーゼフを見て言った。
「俺はこの店が好きだし、料理も美味い。きっとまたこの店の時代が来ますよ!」
「そうだといいんだがな」ヨーゼフは軽く笑って、「これは聞き流してもらって構わんのだが、お前さんのどこか底知れねぇ考えで、もうちょっと客を呼べるやり方を思いつかねぇか、と考えてるわけだ」
「ヨーゼフさん」俺は神妙な口調で返した。「俺みたいな訳のわからない奴を店に迎えていただいて、住まいや着るものまで世話してもらってる立場からしたら、何とか協力したいのは当然です」
「いやいや、別に恩を着せてるつもりは全くねぇんだよ」彼は笑ってビールを飲む。「ただ、何か俺が思いつかねぇ案があったら、と思ってよ。いつまでも給金無しとはいかねぇし、あの娘たちにも金はかかるだろうしな」
「ありがたいお気遣い感謝します」俺は頭を下げた。「是非何か考えさせてください」
「無理ない程度でな」ヨーゼフは珍しく優しい笑みを浮かべた。「今すぐ店を畳まなきゃならねぇって話でもねぇしな」
「はい」
俺は料理をあらかた平らげた皿を見ながらうなづいた。
その夜。
店の二階のベッドで俺はなかなか寝付けずに天井を眺めていた。
…今日も色々あった。
馬車に乗ったのも初めてだし、この時代の楽器工房は伝統的なクラシックの香りに包まれていた。
鍛冶屋では無理を言った。
だが、この世界の人たちはみんな純粋で、変な東洋人の頼みを真剣に聞いてくれる。
なんだかとてもいい気分だ。
そしてヨーゼフの話。「金の竪琴亭」という名前は元音楽酒場だからなのか。
その名前に惹かれて俺があの日この店に迷い込んだのも何か運命的なものを感じる。
しかし俺が店の役に立てるだろうか?何ができる?
こうして世話になっている以上、何かしら役に立ちたいと心から思う。そんな事を考えているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
久しぶりに現代の夢を見た。
俺は「カノン」のライブに向かう途中で秋葉原の街を歩いていた。
ドンキホーテの前でメイド喫茶の女の子にチラシをもらう。
気にも止めずにチラシをポケットに入れ、ライブハウスの階段を降りるあたりで目覚めた。
朝の光が窓から差し込んでいる。
何かを見つけた気がした俺は、飛び起きて階下の店に降りた。
静かな店内を見渡す。見慣れた今の自分の居場所。
…いける。と俺は思った。
そのまま朝市に向かう。
いつもより全然早い時間だが、朝の空気は冷たくて心地良かった。
迷わずアンニの売り場に行くと、相変わらず彼女は軽やかに歌いながら野菜を並べていた。だがその歌は、先日渡してレッスン最中のNeue Sterneの新曲だった。
俺はしばらく少し遠くからその姿を見て、アンニの前に立った。
「ジョージさん!おはようございます」彼女は俺に気付くと明るく微笑んだ。
「今の曲」俺も笑顔で言う。「かなり自分のものになってきたね」
「聴いてたんですか?恥ずかしい…」彼女は頬を染めて、「今朝は随分早いんですね」
「ああ、ちょっと試したい料理があってね」
「あら、何をご用意しましょう?」
「木苺とプラム…それに香草をいくつか」
「承知しました!」
アンニは手際良く注文を袋に詰めてくれた。「ありがとう、また来るよ」俺が軽く手を振り離れようとすると、アンニは手を振り返してこう言った。
「早く三人で歌えるのを楽しみにしてますからね!」
俺は振り向いて親指を立てた。このサムズアップがこの時代に通用するのかはわからないが…
店に帰ると俺は厨房に立ち、買って来た材料を一通り拡げた。
自炊の経験は長い。とりあえずやってみるか…
ヨーゼフが店に来る前にある程度準備しないと。
俺は鼻歌を歌いながら料理を始めた。
昼前、店主ヨーゼフが出勤してきた。
俺は彼の顔を見るなり彼に近づいてこう言った。
「ヨーゼフさん!メイドカフェをやりましょう!」
【続く】
【次回予告】
メイドカフェの評判が広まり、いよいよ店でのアイドルグループ初ライブが迫る中、リーナが隠していたものを偶然見た俺。
ライブは大好評で順調なスタートを切ったNeue Sterneだったが、リーナは隠してきた自分の過去を告白する。
次回、「星の烙印の秘密」




