第2話 神童と新しい星たち
【前回までのあらすじ】
現代の東京で地下アイドルプロデューサーだった俺は唯一の所属グループ「カノン」を失い、酔った挙げ句に何故か18世紀のウィーンにタイムスリップしてしまう。戸惑う中偶然入った酒場「金の竪琴亭」に住み込みで働く事になるが、そこで類まれな才能を持つ少女リーナに出会い、思わずアイドルに勧誘する。
「あいどる…って、何?」
俺が天才と認めざるを得ない少女リーナは、その整った顔立ち全面に不思議そうな表情を浮かべて聞いてきた。
俺は改めて彼女の顔をしげしげと見つめた。
例えば現代で言うスーパーモデル級の美女かと言えばそれは違う。
しかし親しみやすく、可愛さと優しさが共存する暖かみのある表情。
時折見せる妙に大人びた表情。
笑うとあどけなく守りたくなる表情。
そのすべてが、愛されるアイドルの条件に合致している。
正直白人女性にいわゆるアイドル的資質を見つけたのは初めてだ。
そしてそんな中にどこか高貴ささえ感じるのは褒め過ぎか?
「ああ、アイドルっていうのはね」俺は彼女の顔を見つめ過ぎていた事に気付き、話を戻した。
「座って話そう。ルーカスさん、ちょっと彼女をお借りしていいでしょうか」
「あ、ああ。30分後にもう1ステージあるからそれまでなら」ルーカスはピアノの前で笑って言った。
何か変に思われたかな…しかしこれは俺の仕事だ、と妙な気概を感じつつ俺はリーナを店の片隅のテーブル席に誘った。
対面に座ったリーナの目を見ながら、俺はすっかりプロデューサーの気持ちに戻っていた。
「アイドルっていうのは、一言で言うのが難しいんだけど」俺はアイドルというものを知らない娘にアイドルを説明したことがなかった。
「歌い手…でもない、踊り子…でもない」
慎重に言葉を選びながら俺は続ける。
「そうだな…誰かの"推し"になるのがアイドルかな」
「推し…?」リーナは相変わらず不思議そうな顔をしている。
「君は、なんで踊ってるの?」
「え…生活のため、かな」
「違う」
「えっ?」
「君は誰かが笑うと自分も嬉しい人だ」
「……」
「俺にはわかる。そういう子をたくさん見てきた」
リーナは黙ってしまったが、もう不思議そうな顔はしていなかった。俺は続ける。
「誰かを笑顔にするために働くことは嬉しくないか?」
「それは…めちゃくちゃ嬉しい」
「君の歌と踊りにはその力がある。一目見てわかった。誰かの希望になることが"推し"になるってことなんだ」
「希望…」リーナは顔を上げて言った。「私が歌って踊る事で、みんなの希望になれる…それがアイドル?」
「そうだよ。君にはそれができる。どう?やってみないか?」
リーナは少し考えてからルーカスの方をちらっと見てこう言った。
「一座もどうなるかわからないし、とりあえず次に旅に出るまでは、やってみてもいいかな…」
俺は右手を差し出して、
「ありがとう。きっと後悔はさせないよ。誰よりも素敵なアイドルにしてみせる。それが俺の仕事だ」
リーナは俺の握手に答えた。
その後は俺の「本業」炸裂だ。
ルーカスとヨーゼフに自分の本来の仕事を話し、リーナを預かる許可と店の空き時間に練習、夜は店でステージをやらせてもらう許可を取り付けた。
勿論店の手伝いはしながらではあるが、リーナのための曲を作り、衣装を考え、立ち振る舞いまで1人のアイドルとしてプロデュースする。
久しぶりにやる気が湧いてくるのを感じた。
正直リーナの事はまだまだわからない。しかしプロデューサーとしての直感だけは自信があった。
まずは楽曲をとりあえず3曲作る。
その夜から構想に没頭した。
伴奏は当面自分のギターでやるしかない。
ただギターの弦のストックがケースの中にあと2セットしかない。
多少古くなるまで張り替えないとして、作曲も含め毎日弾いたらあまり保たない。
現代にいた頃はパソコンの打ち込みとエレキギターでオケを作っていたけど、ここには機材はおろか電気すらない。
生声、生演奏で出来る楽曲…考えるほど色んな問題がある。
ただ、リーナの才能を無駄にはしたくない。
何か方法をみつけなければ…
3日後、リーナのための3曲が出来た。
1.アコースティックギターでバッキングが出来る範囲のアップテンポなポップス
2.ミディアムテンポで爽やかなシティポップ
3.6/8拍子のバラード
リーナの声を考えながら作ってみたのだが、魅力の一つであるダンスを魅せる曲がない。
俺の中ではどうしてもダンス=ビート感が必要で、アコギ一本で演るには歌方面を全面に出さざるを得ない。
リーナにギターを弾きながら曲を教える。
さすがに覚えが早く、1日1曲のペースで覚えてくれた。
出会いから一週間が経った夜、一座のステージの合間の時間でリーナと俺のステージをやらせてもらうことになった。
いよいよ初ステージ、ギターのチューニングをしながら俺はリーナに語りかけた。
「どう?緊張してる?」
リーナは笑顔で答える。
「ちょっとね…こういう曲は聴いたこともないし初めてだから」そして俺の前にしゃがみ込み、「でも、私のためだけに曲を作ってもらったのも初めてだし、とっても嬉しかったし気に入ってるよ。ありがとう、ジョージ」
その言葉に俺は嬉しい反面急に緊張してきた。
作曲には自信を持っている。何なら自分の曲が世界一だとすら思う。
たがそれは現代の東京での話。
18世紀のここウィーンで、どれだけ受け入れられるのか?
にわかに不安が押し寄せてきた。
でもここまで来たらやるしかない。
リーナの魅力を引き出すのが俺の仕事なんだから。
出番の時間だ。
今できる最大限の3曲のステージ。
リーナは少ない練習期間で見事に自分のものにしている堂々とした歌いっぷりで卒なくこなしてくれた。
満員とはいえないいつもの店の客は、聴いたことのないタイプの音楽に拍手をくれたものの、正直盛り上がったとは言えない。
勿論楽曲がそういうタイプではないが、果たしてこれでリーナの魅力を見せられたのか?
疑問と葛藤ばかりが残る初ステージだった。
一座のステージまでの間、カウンターで見てくれていたルーカスに「どうでした?」と聞いてみた。
ルーカスはワインをジョッキで飲みながら、
「あれがアイドルってやつかい?」
「いや…どちらかというとシンガー…ですよね。と言っても意味不明でしょうが…」
「曲はいい感じで俺たちにとっては新しい。リーナの歌も馴染んでて、彼女の声や歌い方に合わせて作られてるのが伝わったのは流石だな、と感じたよ。でも…」
「でも?」
「話に聞いていたアイドルってやつとはちょっと違うんじゃないか?」
「そうなんですよ…ギター一本ではどうしても淋しいというか、あのノリは表現できなくて」
「なるほどなぁ」ルーカスはワインをあおり、「それにしてもここらのワインは相変わらず美味い。ジョージもどうだ?」
「はい、いただきます」
葡萄の産地だけあってウィーンのワインは本当に美味い。
初ステージのほろ苦さをワインの芳醇な香りが少しだけ和らげてくれた。
10数分後、ルーカス一座の今日最後のステージが始まる。
安定の演奏が心地良い。
リーナも水を得た魚のように華麗に舞い、歌う。
羨ましさを感じながら見ていると、客席で客一人一人の前に来て笑顔で踊っていたリーナが俺の前にやって来た。
彼女の笑顔は本当に癒しだ。華麗なステップとキュートな仕草に俺でさえ心を奪われる。
リーナがステージに戻ると、俺の後ろから誰かが話しかけてきた。
「いい踊りだ。が、もう少し胸があったらサイコーだね」
何だ?と思い振り向くと、この時代貴族を中心に流行した巻き髪のウィッグをつけて小洒落た服装の青年がリーナの後ろ姿を目で追っていた。
「尻はなかなかだな」
…なんだ、この軽薄なアンちゃんは。
ちょっと貴族っぽい格好してるくせに、随分下品な。
「君はどう思う?」彼は畳み掛けるように俺に話しかけてくる。
「俺は」ちょっと憮然とした口調で俺は返す。「身体なんて見てないですが」
「いやいや」彼は薄笑いすら浮かべて、「女性の魅力の半分は身体でしょう」
俺が言い返そうとした時、演奏を終えたルーカスが歩み寄って来た。
「おお、来てくれたのか」その言葉は俺の隣の軽薄アンちゃんに向けてだった。ルーカスの知り合いなのか…
「久しぶりだなあ、神童」
「いやだなあ、ルーカスさん。神童なんて昔のあだ名ですよ」アンちゃんは相変わらず軽い口調で、「前回ウィーンで会ったのは6年前くらいですか?相変わらず流浪の旅芸人なんですね」
「まぁ、色々あるけどな…お前の名前はあちこちで随分聞くぞ、神童」
「だからそれはやめてくださいって」
…神童?
このアンちゃんそんなに有名人なのか?
「ジョージ、紹介するよ」ルーカスは俺に言ってくる。「こいつは俺の古い知り合いで、アマデウスだ」
「はじめまして、ジョージです。アマデウスさん…」
待て。アマデウス…?
どこかで聞いたかも…
「はじめまして、ジョージさん」アマデウスと呼ばれた彼は俺に握手を求めながら「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと申します」
えぇぇぇ?
俺は握手に答えながら絶句した。
まさか…本物?
嘘だろ…
唖然とする俺を尻目にルーカスはピアノを指差して、
「せっかく来たんだから何か弾いてくれよ、神童」
「ちょっとルーカスさん、ギャラはいくらで?」
「旬のウィーンワイン3杯でどうだ?」
「ん〜…5杯で」
笑いながら言うと、モーツァルトと名乗った男は軽い足取りでステージのフォルテピアノの前に立った。
「では皆様。このアマデウス・モーツァルトが今朝思いついたメロディを適当に弾いてみます。将来名曲と言われるかもしれない一曲を初めて聴ける皆様は超ラッキー!」
言い終わると彼はおもむろにピアノを鳴らし始める。
いきなり聴き馴染んだ主題。
これは…『アイネクライネ・ナハトムジーク』!
クラシックにはあまり明るくない俺でも知っている。
アレンジは明らかに即興演奏だが、滑らかなタッチと駆け巡る指。
この男は正真正銘のモーツァルト!
先程リーナの胸やら尻を批評していた軽薄アンちゃんが、あのモーツァルト…
そして現代人まで誰もが知るメロディの原曲を(たぶん)世界で初めて聴いた者の1人に俺がなっている…
軽く目眩がしてきた。
…すげぇ…
クラシックがわかっているわけではないけど、ただ体で感じる。
鳥肌が止まらない。
これが、本物…
モーツァルトは更に即興で2曲ほど弾き終えると、客達の拍手に手を振りながら俺の隣に来た。
「君、ジョージと言ったね。僕のピアノを聴くのは初めてかな?」
「はい…というか、最初に弾かれた曲は知っていました。俺の時代では超有名です、モーツァルトさん」
「君の時代…?」
俺は思わず口走ってしまった。この時代の人達には誰にも言っていなかったのに。
「君、面白いね!ちょっとゆっくり話そうか」
モーツァルトはそう言って俺をカウンター席に誘った。
さあ、どうしようか…あのモーツァルトとサシで話せるのは大変光栄だが、俺が未来から来た事を話していいものか?
俺自身でさえ、まだタイムスリップなんて信じてない部分もあるのに…
「それにしても」モーツァルトはワインを片手に俺を見つめた。「先程は随分あの娘にご執心っぽかったね」
「え…!」
「ああいうのが好みのタイプなのかな?」
いや…この天才音楽家はちょいちょい下世話な発言をぶっ込んで来る。
だが、それが面白い。
俺より少し年下に見えるが、軽い話し方といい、どこか少年のような純粋さと俗っぽさが同居した雰囲気といい、好感が持てる。そしてあのピアノ…
この人にはすべて話してもいいような気がしてきた。
「モーツァルトさん」
「いや、アマデウスと呼んでくれて構わないよ、東洋の人。ついでに敬語も無しで」
「では…アマデウス。俺はお察しの通り、東洋の日本という国から来て…もっと言うと、200年以上も未来から来たんだけど…」
「…未来だって?」アマデウス・モーツァルトは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になり、「面白いね。詳しく聞かせてくれないか」
店は客も引いてのんびりした雰囲気になっている。
俺は現代の東京でアイドルプロデューサー兼作曲家をやっていたこと、3年間育てたアイドルをメジャーデビューのため手放したこと、その夜酒に酔って公園で眠ったらこの世界に来ていたことなどをこの時代の人間にわかりやすいような言葉で話した。
「なるほどね」アマデウスは興味津々に聞いていた。「未来から来たから、さっき僕が弾いた新曲を知っていたんだね」
「そう。あの曲は誰でも知っているくらい有名で…」俺はワインのジョッキを空にして「240年先の未来、モーツァルトは…」
未来では史上最高の作曲家として知られている、と言おうとしたが、アマデウスはそれを遮った。
「未来の評価など興味はないよ」彼は笑って言った。「僕は、まだ誰も聴いたことのない音楽を書きたいだけだ」
…そうか。それが純粋な天才音楽家なんだな、と俺は言葉を飲み込んだ。
「そういう意味では」アマデウスは俺の顔を覗き込み、「君の作る曲も、ここでは誰も聴いたことがないものだよね」
「確かに」俺は彼の表情がにわかに真剣になったと思った。
アマデウスは言った。
「面白い!君とは仲良くなれる気がするよ。是非その"アイドル曲"ってやつを聴いてみたい」
彼はワインを掲げて、「未来との出会いに乾杯」
「…俺の話をあっさり信じてくれたね」
「だって面白いじゃないか。面白い事は大好きだ」
俺はジョッキを合わせて「ありがとう」と言った。
正直俺の話を心から信じているかどうかはわからない。でも興味を持ってくれているなら今はそれでいい。
あのモーツァルトが俺と仲良くなれると言っているこの状況が、俺自身信じられないのだから。
「ところで」アマデウスが思い出したように言った。「君の後にあるその荷物、もしかして楽器かな?」
彼はカウンター席の隅に立て掛けてあるギターのギグケースを指差した。
「ああ、これはギターという楽器で、さっきここで弾いたんだよ」
「それは観てないな…僕がこの店に来たのはリーナが踊っている最中だ」
そうか、リーナと俺のステージは観られてなかったか…それは良かった、と安堵した。観られていたらちょっと恥ずかしい。
「ちょっと弾いてみせてくれないか」アマデウスはギターケースを見ながら言った。「未来の楽器の音色を是非」
来た!無茶振り!天才音楽家の前で弾けと?
ちょっと待ってくれ…
だがアマデウスは少年のように目を輝かせて待っている。
「ジョージ弾くの?私も聴きたい!」
突然リーナが割り込んできた。長テーブルでヨーゼフやルーカス達と話していたはずだ。
「ほう、神童の前で腕前披露か?」ルーカスも続く。「アマデウス、この楽器は珍しい音だぞ」
「もう店は閉めたから、ゆっくり演るといい」店主ヨーゼフまで近づいて来た。
もう、プレッシャーの極みだ。
俺は覚悟を決めてケースからギルドのアコギを取り出す。
「ほう?金属の弦なのか」アマデウスがじっと見ている。「何を聴かせてくれる?」
さて、何を弾こう。
リーナに作った曲はちょっと違うと思った。ギターを聴かせるなら、インストゥルメンタルがいい。
そしてこの時代に合う曲…
そうだ!あれがあった。
ギターの練習で昔から弾いていたあの曲。主にエレキで弾いていたが、アコギでもやったことはある。
バックの音はないが、何とかなるだろう。
「それじゃ、皆さんに馴染みがある…かもしれない感じのやつを演らせていただきます」
導入はシンプルなアルペジオ。
そしてリフに入ると俺は足で床を踏みリズムを刻む。
「この和音進行…?」早速アマデウスが食い付く。「どこかで…?」
Aメロ〜Bメロはコードを弾きながら開放弦を使いつつ流し、サビ前のブレイクで見せ場のスィープ、そしてメインのサビメロへ…
「パッヘルベルか!」ルーカスが驚きの声を上げる。
ルーカスは知ってたんだな…本当にこの人は底が知れない。
そう、多分この時代以前の作曲家パッヘルベルの「カノン」を現代で台湾のギタリストJerryCがロックアレンジを施したものだ。
俺は正直その「カノンロック」でこの曲を知った。
ギタリストの多くが通る道、的な定番のインスト曲。
弾き終わると、みんな拍手をしながら呆気にとられていた。
内心してやったり、と思うより、大きなミスなく弾けた安堵感の方が自分の中で強かった。
最初に口を開いたのはアマデウスだった。
「未来は…」彼は遠くを見るように視線を上に向けた。「こんなにも音楽を自由にしたのか」
俺は少し考えて答えた。
「そう…これは数百年後の編曲なんだ。でも、その土台を作ったのはあなた方。長い年月をかけて受け継がれたんだ」
アマデウスは目線を俺に向けて言った。
「ならば、音楽は未来へ続く対話とも言えるね」
「そうかもしれない」俺はギターを置いてアマデウスを見た。「音楽って、いいよな」
アマデウスは微笑んで、ワインのジョッキを掲げた。
俺たちの会話を黙って聞いていたルーカスが口を開いた。
「さっきから未来とか何とか言ってるが、何の事だ?…いや、もちろんジョージの演奏は素晴らしかったが」
「みんな、聞いてくれ!このジョージという東洋人は、なんと200年以上も未来からやってきたんだ!」
突然アマデウスが立ち上がって声を上げた。
おい、ちょっと待て。
あっさりバラすか?
リーナはきょとんとしている。
ヨーゼフはうすら笑いを浮かべて「バカなこと言うな」みたいな顔だ。
ルーカスは真面目な顔で俺を見た。
「では僕が皆様に説明しましょう」
こうしてその後は、アマデウス・モーツァルトが未来から来た東洋人について熱弁を振るう独演会が深夜まで続いた。
翌朝。
軽い二日酔いの俺は「金の竪琴亭」の二階で少し遅めに目覚めた。
…昨夜は目まぐるしかった。
アマデウスの話であの時店にいた人達は未来から来た男の物語を理解したのだろうか。
まぁ、どちらでもいい。
俺は確かにタイムスリップして来たようだが、かと言ってここで何もできない。
異世界ものによくある、未来のテクノロジーを使って無双したりするチートな道具も持ってない。
本当は、まだ若干充電が残っているスマホの中の写真や映像を見せたり音楽ライブラリを聴かせたりして、未来はこんなにSUGEEんだぜ的な事もできた。
…でも、何か違うと思った。
未来を見せて自慢してどうなる?
電気がないこの時代で、充電が切れたら終わりのテクノロジーに何の意味があるのか。
現代人から電気を取り上げたら何もできないじゃないか…
ならば、俺がこの世界で生きていくなら、電気とかテクノロジーに頼るのはやめよう。
粋じゃない(笑)
俺の感性だけを使って、この時代でできることをやるのが粋ってものだろう。
…と、そんな事を考えていたら誰かが店の扉を叩く音が聞こえた。
店主ヨーゼフはまだ店に来ていない(彼は近くの自宅から通っている)ので俺が階下に降りて扉を開ける。
アマデウスが爽快な顔をして立っていた。
「元気だな」俺は笑って言った。「昨夜あれだけ飲んでたのに」
「君は今起きた、という顔だね」彼は少し呆れたように答えた。「早く着替えて。早速行くよ」
「行くって…どこに?」
「何だ、覚えてないのか?2人でナンパしに行くって昨夜約束しただろ」
ナ…ナンパ?
取り急ぎ外出できる格好に着替えて俺はアマデウスに連れられて街で一番活気がある市場の方に歩いた。
歩きながら俺はアマデウスに昨夜2人で会話した内容を聞いた。
あの未来人講演の後、俺は昨日のリーナとのステージの事、アイドルとは何かという事、俺はこの時代にアイドルを作るんだと息巻いていたこと…
酔いに任せて色々語ってしまったらしい。
「リーナも君が言うアイドルってやつをやってみたいと言ってたよ」アマデウスが辺りを見回しながら言う。「僕が彼女に会ったのはかなり前だから、かなり見違えた。旅芸人をやりながらかなり成長したと思うよ」
「そうか、ルーカス一座を前から知ってたんだよね」
「ああ。ルーカスとは宮廷時代からの知り合いで、彼は彼でとても面白い人だ」
「宮廷…?」
「彼は若い頃から宮廷楽士としてシェンブルン宮殿に仕えてた。今は亡きマリア・テレジア女帝のお気に入りでね」
「そんなエリートが何故旅芸人に?」
「もっと自由に音楽がやりたかったらしい。王侯貴族のために演奏するのは退屈になったと言って、20年ほど前に宮廷を出て旅芸人を始めたのさ」
「自由…か」
「当時子供だった僕も父に連れられて宮廷に出入りしていて…神童と呼ばれてたね」
「ルーカスが呼んでたやつだ」
「彼には僕が幼い頃からいろんな事を学んだよ。宮廷音楽一筋の父とは真逆で、世の中には様々な音楽があることを教えてくれた。でもある日…」アマデウスは相変わらず市場の至る所に目を向けながら、「突然旅芸人になる、と言い出して宮廷を出て行った」
「すごいな」
「それが彼らしいところなんだけどね…僕は子供ながらある種の憧れを彼に感じたよ」
「憧れ?」
「うん、現に僕も宮廷に縛られるのはやめた」
「そうなのか!」
「今となっては、ルーカスが退屈だと言った気持ちがわかる。型にハマったお行儀いい音楽だけでなく、もっと自由に、新しいものをやりたいってね」
「それが昨日言ってた、誰も聴いたことがない音楽ってやつか」
「もちろん仕事として貴族向けの音楽もやってるけどね」アマデウスは立ち止まって俺を見た。「だから君に出会えて本当に嬉しいんだ。200年先の音楽は、新しすぎるけどね」
そう言って彼は笑った。
「で、その旅芸人一座に」彼は続ける。「僕と同い年くらいの女の子が1人いたんだ。それがリーナ」
「え…ちょっと待って」俺は頭が混乱した。「アマデウス、お前いくつなんだ?」
「今年29になったよ」
「じゃあ…リーナもそれくらいなのか!」
「そうなるね。信じられないよね。29歳前後にはとても見えない。10歳は若く見える」
俺もそう思う。現代風に言えばアラサー?
地下アイドルには長年やってる年齢不詳な子もたくさんいるけど、それとは次元が違う気がする。
「彼女は」アマデウスはまたあちこちを見ながら、「ある意味奇跡なのかもしれない。君がアイドルの素質を見抜いたのも間違いではないと思うよ。彼女を生かさなきゃならない。僕も協力するよ」
「ありがとう、アマデウス」
俺はリーナをもっと知りたくなった。
「さて、それでいよいよ今日の仕事だが」アマデウスが市場の中心あたりに目を向けた。
「あの子、どうだ?」アマデウスが1人の女の子を指差した。
「急に変わるな…何事だ?」俺は困惑する。
「だからさ」アマデウスが少し呆れて、「ナンパだろ」
「なんで??」
「昨夜君が言ってたでしょ。アイドルはやはりグループだって。だからメンバーを探しに来たんじゃないか。覚えてないのか?」
酔った勢いでそんな事言ってたのか。
…でも、それは本音だ。
やっぱりアイドルはグループで歌い踊る。
ソロの子は、その子が好きか嫌いかで客が分かれる。
でもグループは、その中で誰が好きか、と見られる。その時点で有利だ。
昨夜のリーナとの初ステージで痛感したこともある。
「さぁジョージ、あの子をナンパしに行くよ」
「違うよアマデウス。それはスカウトって言うんだ」
しかし。
現実は厳しいようだ。
市場の買い物客を中心に良さげな子に声をかけるも、そもそもアイドルという意味が通じない。
変な勧誘と思われて逃げられるか、怪しげな東洋人(自虐含む)を奇異な目で見て警戒されるか…手応えはゼロだ。
まぁ現代のスカウトも似たようなもんだ。原宿で毎日スカウトに出て、実になるのは年に数人がいいところだ。
「アマデウス、そろそろ店を開ける時間だから、帰らないと」
「ああ、そうだね。また明日来てみよう」
その日は何の収穫もなかった。
夜にはルーカス一座の演奏と、俺とリーナのステージがあった。
リーナは昨日より更に曲を自分のものにしていた。
この子がアラサー?信じられない…
隣でギターを弾きながら、しみじみリーナを見つめる。
あどけなさ、妖艶さ、透明感、存在感、オーラ、カリスマ性…そんないくつもの顔を持つ。
この子がアイドルグループのセンターで歌い踊ったら…
そんなシーンを絶対実現させたい。
今、心からそう思う。
数日ナンパ…じゃなくてスカウトの日々が続いた。アマデウスは毎日付き合ってくれる…というか彼の方が楽しんでるまである。
なかなか収穫はない。
何か別の方法を考えた方がいいのでは、とアマデウスと話すようになった。
そんなある日…
町外れのあまり行ったことがない市場に足を踏み入れると、野菜売り場のあたりから軽やかな歌声が聴こえてきた。
俺はアマデウスと顔を見合わせて、誰が歌っているのか探した。
新鮮な野菜を並べながら、その少女は楽しそうに野菜の名前を繋げた楽しい曲を歌っていた。
彼女の売り場の前には微笑みながら野菜を選ぶ主婦がいる。
その歌声は可憐という言葉がぴったりだった。しかし驚くほど声が通る。しかも伴奏もないのに音程感がすごい。
俺は近くにいた主婦の1人に尋ねてみた。
「あの、ちょっとお聞きしますが、あの野菜売りはいつもこのように歌を?」
「そうなのよ」主婦は微笑みながら答えてくれた。「このあたりじゃ名物みたいなものなの。毎朝歌いながら野菜を売る"歌娘アンニ"よ」
「なるほど…ありがとうございます。素晴らしい歌声ですね…って、ちょっと待て、アマデウス!」
主婦と話している間にアマデウスは客達を押し退けてアンニと呼ばれる娘の目の前で真剣な顔をしながら言っていた。
「もっと歌ってくれ」
訝しげにアマデウスを見る客達と困惑する少女に頭を下げつつ俺はアマデウスを野菜棚の前から強引に引き剥がした。
「いきなり何やってんだ。順番がおかしいだろ」
俺はアンニという娘の方を向き、丁重な口調で詫びを入れる。
「ごめんなさい。いきなり連れが失礼しました。君の歌があまりにも素敵で…」彼女はまだ困ったような顔をしている。「そうだ、玉ねぎとカブを袋にいっぱいください」
俺は店の仕入れの買い物をしつつ、やっと少し笑顔になった彼女に優しく付け加えた。
「よかったら、君の歌について色々話をさせて欲しい。市場が終わる頃また来てもいいですか?」
彼女は一瞬不思議そうな顔を見せたが、歌を褒められた事自体は嬉しそうに見えた。
「けして怪しいものではないですよ」俺はちらっとアマデウスを見て、「連れの方はちょっと怪しいかもですが」
「おい、ジョージ」アマデウスは気に入らないらしい。
俺は彼に帰ろう、という仕草をしつつ歌娘に言った。
「それじゃ、また来ます。追加の野菜も買いますよ」
「ありがとうございます。お待ちしてます」
俺たちは野菜が入った袋を持ってその市場を後にした。
「いいかいアマデウス」俺は笑って言った。「これがナンパのやり方だ」
「…スカウトだろ」
天才音楽家は少し不満そうに見えた。
朝市は午前中には大体終わる。
店を片付けている歌娘アンニの売り場に昼前に戻った俺たちはキャベツを追加で買い込み、広場の片隅のベンチで話すことになった。
「改めて、俺はジョージ。彼はアマデウス・モーツァルト」
「えっ?」アンニは驚いて、「あの、モーツァルトさん?」
「いかにも」アマデウスは気取って返す。
「お会いできて光栄です。私はアンナ・ヴァイス。アンニと呼ばれてます」
俺たちは早速本題に入る。
「君の歌を聴いて、俺たちは探していたものを見つけたと感じたんだ」俺はアンニの顔を見ながら言った。「率直に言うと、君の歌を仕事にしてみないか、というお誘いなんだけど」
「私の歌を…お仕事に?」彼女は意外な俺の言葉に、少し考えた後答えた。「歌は大好きでずっと歌ってます。でも、それをお仕事になんて考えたこともなくて…」
彼女の話はこんな感じだった。
歳は18歳。
市場で野菜を売るのは母親と二人暮らしの家計を支えるため。
「君には夢はある?」俺が彼女に聞く。
「夢…?」彼女は昼時の曇り空を見上げて、「何でも叶うなら…いつかオペラハウスで歌ってみたいです」
「できるよ」間髪を入れずにアマデウスがはっきり言い切る。「僕たちがその夢を叶えてあげよう」
「まさか…」アンニは戸惑いながら笑って、「私なんかが、そんな大それたところで歌うなんて」
「このモーツァルトが保証する。そしてこのジョージは、何人もの女性の夢を叶えてきた男だ」
アンニの瞳の中のかすかな輝きを俺は見逃さなかった。
そして立ち上がって彼女に告げた。
「ゆっくり考えてもらっていいよ。俺はこの先の金の竪琴亭って店にいるから、その気になったら来てもらえたら」
そう言って俺はアマデウスを連れてその場を後にした。
アマデウスが俺に耳打ちする。
「あっさりしたもんだな。彼女、来るかね?」
「来るよ。間違いない」俺は自信あり気に答えた。「いやぁ、モーツァルト様のご威光は凄まじいね」
「茶化すなよ。その自信はどこから来るんだ?」
「あの子は夢を追いかける目をしていたからね」
「目…か。まぁ君の長年の経験に基づいた勘なのかもしれないな」
「しかし」俺はキャベツの大きい袋を抱え直しながら言った。「オペラハウスを約束するとは大きく出たなぁ」
「そっちは僕の長年の経験ってヤツだね。やろうと思えばすぐに借りれるさ」
「借りて、客が来なかったら大赤字だよ」
「やるからには満員にしなきゃ意味がないだろ」
「確かにね」
俺たちは笑い合いながらウィーンの街を歩いた。
翌日、店の食器を買い出しに出た俺は、広場に人だかりを見つけた。
歓声と拍手が気になって覗いてみると、どうやら大道芸をやっているらしい。
興味本位に人混みを掻き分けると、女性一人で中国コマを器用に扱った見せ物の最中だった。
二つの丸いカップのようなものの底同士を貼り合わせた形をしたコマを紐で回しながら空中に投げたり、それをまた紐で受け取ってそのまま地面に這わせたりと、実に滑らかで鮮やかな芸だ。
観客は技が決まるたびに拍手喝采でみんな笑顔だった。
続いて曲芸に移った。軽やかなステップを踏みながら長いスカートを翻してアクロバット的な動きをいくつもこなしていた。
物凄い体幹だということが伝わってくる。
彼女はふいに動きを止めると、男性客の前に立ち、おもむろに話しかけた。
「エルンスト!エルンストじゃないの!来てくれたのね!」
その声は可愛いが張りのあるよく響く声だった。
男性は何事かと面食らっている。女性は構わず続けた。
「あの日突然私の前から去って行ったのは何故?結婚まで約束したのに…」
彼女は感情が溢れて泣き声になっていた。
男性は訳がわからない様子でオドオドしている。
そして女性はふと自分の顔を覆っていた手を拡げ、
「あら?人違い?ごめんなさいね」
と上目遣いで舌を出して笑った。
観客は爆笑し、当の男性は勘弁してくれよと言わんばかりに両手を拡げて左右の観客を見た。
…つまりこれはこの女芸人の小芝居だったようだ。
「というわけで」彼女は周りの観客を見回して「男に捨てられて大道芸をしている哀れな女にどうか投げ銭を!」
そうか、そういう演出だったわけだ。
それにしても、鮮やかな芸を完璧にこなした後、急に女としての弱さを見せる演技力、そして投げ銭を躊躇なく乞う茶目っけ。
この子は…いい。
周りの観客を真似て俺も投げ銭しようと思ったが、店の買い物の経費を使うわけにもいかず、財布から500円玉を出して彼女に見えるように投げてみた。
彼女はそれに気付き、投げた俺の顔を見た。
「あら、珍しい。東洋の方?」
思いがけず声をかけてくれた。
俺は迷わず答えた。
「そう。お金も自分の国のものしかなくてごめんね」
「綺麗な銀貨」彼女は俺が投げた500円玉を拾い上げて見つめた。「これって何クロイツァーくらいなの?」
「安い昼メシくらいは食えるかも、俺の国なら」
「ありがとう。珍しいから大事に取っておく」
「ところで」俺は彼女に顔を寄せ、小声で話しかけた。「この後時間があれば少し話せない?」
彼女は少し驚いた顔を見せた。
「それで、どうなった?」
アマデウスが興味津々で聞いてくる。
あの大道芸を見た日の夜、金の竪琴亭で俺はアマデウスに事の次第を話した。
「やっぱりアイドルが何かを理解してなかったけど、思いの外あっさりやってみたいと言ってきてちょっと驚いた」
「おお!すごいな色男」
「で、実は今夜ここに来る事になってる」
「それはいい!僕も是非会ってみたい」アマデウスは笑った。「でも、先日の野菜売りの子…アンニと言ったか?彼女はあれから来ないね」
「そうなんだよな…絶対来るという自信があったんだけど」
その時、店の扉が静かに開いて、一人の少女が店内の様子をうかがっているのに気付いた。
「アンニ!」俺は慌てて椅子から立ち上がり、扉に駆け寄った。「よく来てくれたね。待ってたんだ。さあ、入って」
アマデウスが口笛を吹いて呟くのが聞こえた。
「噂をすれば…ってやつか。まったくさすがだよ、名スカウト君」
アンニは一人で酒場などに来たことがないようで、何度か店の前まで来てはそのまま帰っていたらしい。純粋無垢を絵に描いたような少女だ。ますます好感度アップというものだ。
「もうすぐここで演奏が始まるんだけど、アイドルをやる子が歌うから是非聴いてみてほしい」俺はアンニにお茶を勧めながら言った。「そしてもう一人、アイドル候補の子も来る予定なんだよ」
「いいタイミングで来たね」アマデウスも優しく微笑んで言ってから、俺の耳元で小声で囁いた。「急に運が向いてきたな」
俺は頷いて微笑んだ。
「そうだ」アマデウスがふと声を張る。「アンニ、良かったら歌ってみないか」
アンニは驚いてアマデウスを見た。
「ここで、ですか?」
「もちろん」アマデウスは続ける。「旅芸人一座の楽団が演奏するんだ。君が歌える民謡か何かもきっとできるはずだ。オペラハウスへの第一歩、初ステージだよ」
「えぇ!急にそんな…」アンニは困ったような表情だ。「緊張してしまいます」
「大丈夫!君がいつも集めてるお客さんより、この店の客は全然少ないから」
「おい、何か言ったか?」店主ヨーゼフが厨房から顔を出した。「客が少なくて悪かったな」
アンニの表情が少し和らいだ気がした。
その後ルーカスと演目の打ち合わせをしてアンニが歌う曲も決まり、いよいよステージの時間だ。
「あれは向こうの市場の野菜売りじゃないか?ほら、いつも歌いながら店にいる子だ」
客席からそんな声が聞こえてくる。
「皆様、こんばんは」ステージで座長のルーカスが口上を述べる。「今夜は歌の特別ゲストがおります。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、市場の歌う野菜売り、アンニ!」
客席から拍手が起こり、アンニが小さなステージの真ん中で恥じらいながら小さく手を振って応える。
「可愛い子だね」カウンターの俺の隣にリーナが腰を下ろして言った。「歌が上手いって聞いたけど、緊張してるね」
「ああ」俺はステージに目を向けながら答えた。「君も初ステージは緊張しただろう?」
「…もうかなり昔で覚えてないよ」嘘か本当か、リーナは笑った。
一座の楽団が誰でも知っているような民謡を奏で、アンニの軽やかで透き通った歌声が重なる。
野外の市場で聴くよりも、店内の反響のおかげかその歌は何倍も奥深く響いた。
1曲歌い終えたアンニは、頬を紅潮させながらほっとした表情で笑って客席の拍手に応えた。
俺もリーナもアマデウスも、惜しみない拍手を贈った。
思いがけずオーディションのような形になってしまったが、問題なく合格と言えるだろう。
ステージを下りたアンニは空いたテーブル席の椅子に座り、放心状態だ。
俺は声をかけようとしたが、それより先にリーナが近寄って行ったので様子を見る事にした。
楽団の演奏が続く中、軽く会話を終えてアンニが俺の隣に戻って来た。
「どんな感じ?」俺は気がかりだった。
「あの子」リーナは関心したように言った。「今まで一番楽しかったって。初めての舞台で心から楽しめるなんて、よっぽど歌が好きなんだね」
それを聞いて俺は嬉しくなった。
現代のアイドルでも、初ステージで緊張してロクに歌えずそのまま辞めていく子もたくさんいる。
でも考えてみたら、アンニは毎日野菜市場というステージでたくさんの人の前で歌ってきたわけで、彼女にとっては自然なその習慣がそのまま舞台度胸になったのかもしれない。
ステージにはリーナが上がり、楽団をバックに踊りと歌を披露しようと準備を始めた時、店の扉から一人の女性が入ってきた。
ヨーゼフは俺にそっと話しかけててきた。
「今夜はやけに若い女の客が多いじゃないか。あの子もお前の客か?」
俺は扉の前を見る。
来てくれた。あの大道芸の女性だ。
俺はすぐに近づいた。
「よく来てくれたね。さあ、どうぞ」
俺は彼女をアンニがいるテーブルに案内して椅子を引いた。
彼女は店内を見渡しながら言った。
「いいお店ね。何か暖かい感じで、楽団がいるのも気に入ったよ」
「ありがとう」俺はステージを指差して、「これからちょうどアイドルグループのメンバーの一人が歌と踊りをやるから、観てもらった後話をしよう」
「そうね、是非観てみたい」
リーナのステージはいつも通り、長年の旅芸人活動に鍛えられた見せ所を心得たものだった。
アンニも大道芸の彼女も、素直に感動したように見えた。
ここに1785年のウィーンで初となるアイドルグループ候補生3人が顔を合わせた。
金の竪琴亭が閉店後、フロアの長テーブルには俺、アマデウス、ルーカス、リーナ、アンニ、そして大道芸の彼女の6人が座っていた。ヨーゼフは厨房で片付けをしている。
まずは各々の自己紹介から、女性陣のアイドルグループ参加への意思確認、活動方針などを一通り話した。
大道芸の女性はマグダレーナ・グルーバー。通称マレーネと名乗った。歳は大人っぽい見た目に反してまだ19歳。4年前に兄と二人で田舎からウィーンに来たらしいが、兄は軍隊に入って遠征中。ウィーン近辺を廻る日々の投げ銭で暮らしているそうだ。
元々身体能力が高いようで、幼い頃からアクロバットやジャグリングを覚え、現在役に立っていると話した。
俺はこの3人を見て、バランスの絶妙さにまず満足していた。
リーダーとして飛び抜けて年上だがぱっと見は他の二人とあまり変わらなく見えるリーナがやはりセンターだろう。芸歴も長く経験豊富な彼女は他の二人を引っ張っていく力がきっとある。
さらに謎めいた高貴なオーラがそのカリスマ性を際立たせていて、観るものを惹きつける圧倒的な存在感がある。
野菜売りの歌姫アンニはその歌の類まれな表現力が際立つ。ボーカリストとして天性のモノを持ち、例えば落ちサビでは観客の心を掴むだろう。小柄で可憐なルックスも"萌え"担当として素質を感じる。
大道芸人マレーネはその身体能力からダンス中心の華やかさで目を奪うだろう。引き締まったスタイルと大人びた表情はクールビューティー担当として独自のファンを掴めそうだ。ソロダンスなどを振付に取り入れても見せ場になるかもしれない。
このそれぞれの個性が俺はとても気に入った。
この三人で始めるのは絶対アリだ。全員が得意分野を活かして魅せるパフォーマンスを思い描いて、俺は俄然やる気が出て来た。
「それじゃ、まずはグループ結成という事で!」俺は満足げに言った。「何か質問とか、確認しておきたい事はあるかな?」
「あの…」アンニが小さく声を上げた。「私、母の仕事を手伝っているので朝から昼頃までは野菜を売らなきゃいけないんですが、それは続けてもよろしいでしょうか…?」
「もちろん」俺は即答する。「当面ギャラを払える見込みもないし、アイドル活動だけで充分稼げるようになるまでは、マレーネやリーナも含めてレッスン以外の時間は自由でいい」
「すぐにでも」アマデウスが口を挟む。「有名になってアイドルで食べていけるようになりたいよね」
三人のメンバーは笑って顔を見合わせた。
うん、いい雰囲気だ。
アイドルグループ立ち上げの瞬間の高揚感を俺は数年ぶりに感じていた。
「うまく行くといいな」ルーカスが微笑んで言った。「オジサンも期待してるよ」
彼はそのまま言葉を続ける。
「さて、もう夜遅い。お嬢様方は帰らないと。アマデウス、ジョージ、お二人を送って行ってくれ」
「はい、もちろん」
我々は立ち上がり、店の外に出た。
店の前の小さな路地から石造りの建物に挟まれて夜空が見えた。
静かな秋の夜。俺と三人のメンバーは並んで空を見上げ、少し後ろでアマデウスとルーカスが同じように上を見ている。
秋の夜空には満天の星。
「…思いついた」
俺は独り言のように呟いたが、夜の帳の中それは全員に聞こえたようだ。
「何を?」アマデウスが後ろから声をかけてきた。
「グループ名だよ。この三人の」俺は夜空を見上げながら言った。「Neue Sterneってどうだろ?」
「"新しい星たち"か」ルーカスが言った。
「俺たちがいた世界では」俺は続けた。「表舞台で活躍する特別な人をスターと呼んでます。この子たちは今夜生まれて、これから輝く星になるんです」
「なるほど、いい名かもしれん」とルーカス。
「星になる…なんだかドキドキします」アンニが胸を押さえる。
「早く踊りたくなっちゃう」マレーネは軽くステップを踏む。
「…素敵な名前」リーナは呟いたが、その声は少しだけ陰りを含んでいた事に気づいたが、その時の俺はあまり気に留めなかった。
俺たちは再び夜空を見上げた。
【続く】
【次回予告】
リーナが所属していた旅芸人一座が職を失い、彼らを丸ごとNeue Sterneのバックバンドにする事に決定。グループ用の新曲を作り、バンドの楽器の改造を始め、メンバーはレッスンに集中する中、金の竪琴亭の店主の悩みから俺は突拍子もないアイデアを提案する。
次回、「ウィーンアイドルプロジェクト始動」




