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紫雷の魔法使い  作者: 黒猫
ヴェイル領 第二部
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第82話 瞑想

「みんな、適当に座るのじゃ。岩でも、草の上でもよい」


レイは、川辺の平たい岩に腰を下ろした。


日の光が当たり始めたばかりなのに、岩は思ったより温かかった。


ルーヴァは、みんなをゆっくりと見渡してから口を開いた。


「まずは、目を閉じるのじゃ」


レイは、言われた通りにゆっくりと目を閉じた。


「そして、呼吸を整える。鼻からゆっくり吸って、吸うよりも少し長く吐く」


息を吸う。


冷たい空気が、鼻の奥を通っていく。


吐く。


温かい息が、唇から流れ出ていく。


「最初は、何も掴もうとせんでいい。ただ、呼吸に集中するのじゃ」


すう。


はあ。


「雑念が浮かんでも、消そうとせんでいい。気づいたら、また呼吸に集中する。それだけじゃ」


(呼吸に、集中する)


そう考えた瞬間には、もう別のことを考えてしまっていた。


(どうすれば、あの風球を避けられるんだろう)


休みの日の修行が浮かぶ。途中で曲がる風球。足のつかない空中。とっさに掴んだ鞘。


「レイ君」


「っ」


「雑念が生まれておるぞ」


(なんで分かるんだろう)


「……すみません」


「よいよい。誰でもそうじゃ」


ルーヴァの声は、責めるものではなかった。


「雑念を消すのって、難しいですね」


「消さんでいい。今、ここに集中するのじゃ」


(今、ここに)


もう一度、息を吸う。


胸が、ゆっくりとふくらむ。


吐く。


吸ったときより、少しだけ長く。


そのうち、身体の感覚が少しずつ研ぎ澄まされていった。


岩に触れている腰。地面についた足の裏。頬を撫でる風。揺れる前髪。そして——胸の奥で、静かに繰り返される鼓動。


(……こんなに音がしてたんだ)


「では、次は音じゃ」


ルーヴァの声が、遠くから届くようだった。


「一番近い音から拾っていくのじゃ。この場所なら、川の音じゃな」


意識を、川へ向ける。


さらさら、という音。よく聞くと、ずっと同じではなかった。時々、少し高くなる。少し低くなる。石に当たる場所が変わっているのだろうか。


「次に、その外へ意識を広げるのじゃ」


鳥の声。


さっきより遠い。


さわさわと、葉の揺れる音。


風が、右から左へ抜けていく。


そのずっと奥で、低い音が途切れずに続いている。


滝だろうか。


「音の正体を考えんでよい。『鳥が鳴いた』ではなく、『右の遠くで、高い音がした』——それだけを受け取るのじゃ」


(右の、遠く)


(ー今度は、後ろ)


音が、位置を持ち始めた。


目を閉じているのに、なんとなく、森の広さや川の位置が分かるような気がした。


見えているわけではないけれど、ぼんやりと輪郭を感じる。


「今日は、次で最後じゃ」


ルーヴァの声が、やけに大きく響いた。


「一つの音だけを追うのを、やめるのじゃ」


(え、追わないって、どういうことだろう)


「川も、鳥も、風も——全部、同時に、ぼんやりと感じるのじゃ。探そうとせんでいい。探すと、意識が狭まって、全体が分からなくなってしまうのじゃ」


(探さない)


意識を広げる。


一つ一つを追うのをやめて、ただ、聞こえてくる音を、そのまま聞く。


さらさら。


さわさわ。


ひゅう。


音が、混ざり合った。


そして。


(……あ)


鳥の声が、止まった。


風の向きが、変わった。


草むらの、一部だけが揺れた。


ほんの一瞬、変化したところにだけ、自然と気づけた気がした。


(この感覚を、自分のものにできれば)


背筋を、ぞくりと何かが走った。


追いかけている限り、あの風球には追いつけない。けれど、こうやって全部をそのまま聞いていれば——風球が曲がった瞬間にも、自然と気づけるのではないか。


「レイ君」


「はいっ!」


思わず、目を開けてしまった。


ルーヴァが、こちらを見て少しだけ笑っていた。


「今、何か掴んだ顔をしておるな」


「……はい。たぶん」


「よい。今日はそれで十分じゃ」


ルーヴァは杖を突いて立ち上がった。


「今日はここまでじゃ。帰るぞ」


「先生ー、これって何の意味があるんですか?」


立ち上がりかけたサクが、ルーヴァに尋ねた。


ルーヴァは、逆に問い返した。


「サクは、どう思うのじゃ?」


「えっと……」


サクは少し考えてから、答えた。


「慌てたときに、心を落ち着けるため、とか?」


ルーヴァは、みんなを見回しながら言った。


「そうじゃな。まぁ、正解じゃな」


「心を穏やかに保つ練習じゃよ。焦ったとき、早く我に返れる者ほど、うまくいく。落ち着きは大切じゃ」


「じゃがな、逆に、焦って掴んだ答えのほうが正しいこともあるのじゃ」


「ということは、結局、正解はないということなのじゃが……わしの経験では、どんな仕事でも、落ち着いておる者のほうが良い仕事をすると思っておるのじゃ」


ルーヴァは、少し困ったように笑った。


「すまんな。答えになっておらんのじゃ」


サクも、ほかのみんなも、分かったような分からないような顔をしていた。


レイも、言いたいことだけは、なんとなく分かった。


(風球を避けるのに使えそうだと思ったけど……違うのかな)


けれど、すぐに思い直す。


(落ち着いている人のほうが、良い仕事ができるって言ってた。なら、きっと、さっきの感覚も大事なんだ)


レイはそんなことを考えながら、ゆっくりと立ち上がった。

皆さんいつもありがとうございます!

今日も投稿できてよかったです。

ありがとうございます!

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