風と一緒 メル
図書館が閉まったあと、私は梯子の上にいる。
うちは、お父さんとお母さんが交代で司書をしている。今日はお母さんの番だ。下では、閉館の帳簿をつける羽根ペンの音が、ずっと続いている。
高い棚の埃を払うのは、いつのまにか私の役目になっていた。二人とも背は届くのに、なぜか私に回ってくる。たぶん、私が梯子の上を気に入っているのを、知られている。
西の窓から、夕方の光が斜めに差していた。払った埃が、その光の中をゆっくり落ちていく。金色の粒みたいで、少しきれい。
この埃を、私は風で飛ばさない。
風で飛ばすとすぐになくなっちゃうから。
物心がついた時から、風はそばにいた。
最初に風魔法を使ったのがいつだったのか、私は覚えていない。
覚えているのは、続きが読みたいと思った時、絵本のページが勝手に一枚めくれたこと。あれが最初だったのか、ただの隙間風だったのか、今でも分からない。
早く走りたいと思えば、背中を押してくれる。撃ちたいと思えば、思った形の球ができる。風魔法でできることなら、大抵はイメージ通りになる。
王都から来た先生の鍛錬の時も、無意識に使って怒られた。
私にとって風は、使うものというより、常にそこにいる。
——私はいつも一人の男の子に驚かされている。
レイ君だ。
彼はたぶん、自分では気づいていない。自分が普通じゃないってこと。
魔力量が少なくて、属性は一つ。しかも雷だけ。そんなふうに言われたら、大抵の人は魔法を諦めると思う。私だったら、絶対に諦めてる。
初めて彼に風球を撃った朝のことを、まだ覚えている。
草に朝露が残っていて、風球を作るたび、草が一斉にこちらへなびいた。三百歩先に、レイ君が立っていた。正直、一度目は少し手加減をしていた。
それでも三人分の風球を彼は。
——躱した。
基礎魔法の身体強化だけで。
二度目は、手加減しなかった。数も増やした。速さも上げた。
それでも、全部躱された。
(どうやったら、あんな動きができるんだろう)
一生懸命努力しているのだと聞かなくても伝わってくる。
レイ君がうちの図書館に来た時のことを時々、思い出す。
雷の本を探して、レイ君ががっかりしていた。うちの図書館には、ほとんど無かったから。
(可哀想だな)
あの時、そう思った。
雷は珍しくて、魔力をたくさん使用する。だから使い手が少なくて、書く人も少ない。
それに——お伽噺に出てくる雷は、いつも敵役だ。
壊す魔法だから。城を焼いて、木を裂いて、悪い魔法使いの定番だ。書く方からすれば、便利なんだと思う。壊れる絵が、すぐ浮かぶから。
でも、それは言わなかった。
言ったら、あの子が本を閉じてしまう気がした。
言えていないことは、もう一つある。
「無理に魔力を絞り出すと、器が傷つくんだって」
訓練場で、得意げにそう言って、本まで渡した。
あとで別の本を読んだら、その説はもう古いと書いてあった。今は否定されている、って。
(……恥ずかしい)
しばらくは、思い出すたびに枕に顔を埋めた。
(そう言えばあの本って返してもらったっけ?)
(今度、聞いてみようかな)
今は、家にある本に載っている風魔法を、片っ端から試している。
置いて行かれたくないから。
カイ君も、レン君も、たぶん同じだ。理由はみんなレイ君なのに、二人はもう、自分の行き先を見つけかけている。
私だけが、まだ「置いて行かれたくない」だけだ。
……ううん。
一つだけ、思いついたことがある。
レイ君を見ていると、雷には別の使い方があるんじゃないかって、思う。
石を雷の魔力で包んだ時、とても繊細にコントロールしていた。
(紫色の雷は綺麗だったな。)
もし、壊すためだけの魔法なら、あんなに丁寧に扱う必要はないはずだから。
レイ君はまだ、朝練とかで雷を使っていない。
何か理由があるのかもしれない
(雷を嫌いになった?そんなことないよね?
だって紫雷を指先で弾けさせてる時、
なんだか楽しそうだもん)
だから、調べてみようと思う。
この大陸の歴史。雷属性のこと。昔、雷を使っていた人たちが、どこで何をしていたのか。
何か分かったら、レイ君に教えてあげられる。
——でも、うちの図書館では限界がある。
雷魔法に関する棚は、他の場所に比べてスカスカだ。
一度、父さんに聞いたことがある。
「雷の本って、これで全部?」
「ああ。父さんが子どもの頃から、それで全部だな」
別の日に、母さんにも同じことを聞いた。返ってきた答えも、同じだった。
二人とも、この棚をずっと見てきたはずなのに。
——少ないんじゃなくて、無いんじゃないか。
時々、そう思う。
(違う国に行けば、あるのかな)
そこまで考えて、気づいた。
梯子の下、閲覧机に開きっぱなしの本。
その本のページが、ぱらぱら、ぱらぱらと、ひとりでにめくれている。
窓は閉めた。扉も閉めた。
「……あ」
私だ。
「メルー。どうかしたのー?」
お母さんの声がした。お母さんが帳簿を書く手を止めてこちらを見ていた。
「……あはは」
慌てて止めると、風は途中で止まった。宙の埃が落ちていく。
無意識に風魔法を使用していたらしい。
いろいろ考えすぎちゃったみたい。
(……とりあえず、明日の朝練)
梯子を降りて、開いたままの本を閉じる。
明日は、風球を四つ出せるように頑張ろうっ
四つ出せたらレイ君、驚くかな?
ここまで読んで頂きありがとうございます!
今日も皆さんのおかげで投稿することができました。
ありがとうございました。




