↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫雷の魔法使い  作者: 黒猫
ヴェイル領 第二部
PR
76/88

レンの質問

一組の教室に、ルーヴァ先生がやってきた。

小柄な老女だった。白髪を後ろで束ね、白と薄い灰紫の神官衣。節くれだった手で、木の杖を握っている。


(……本当に、あの人だ)

父さんの仕事に付いていった時、治療院で何度か見かけた。治療室で誰かの腕に手をかざしていた背中。


まさか、先生として教室に立つとは思わなかった。

「ルーヴァじゃ。よろしくおねがいしますじゃ」

しわがれた声で、先生は名乗った。


「今日は、質問タイムにしようと思っておるのじゃ」

杖を、軽く床に突く。


「なんでもよいぞ。わしに答えられることなら、なんでもこいじゃ」

何人かが、手を挙げた。


ルーヴァ先生はどんどん質問に答えていく。


(レイは、何を聞いたんだっけ)

昨日の昼、食堂でレイが言っていた事を思い出す。


見えないところから飛んでくる魔術を、どうやって避ければいいか。レイは、そんなことを先生に質問したという。

(——躱しきれず、直撃したらどうするんだろうか?)


朝練で、僕は倒れた。カイも倒れた。レイだけが、最後まで避け続けていた。

(これから先、みんなの魔法は上達していくと思う。特にメルの魔法の精度や威力は格段に上がると思う…それが直撃したら…)


治療院の匂いを、思い出した。薬草と、鉄と、湿った布の匂い。

父さんに連れられて行った日、待合の長椅子に、防衛隊の人が座っていた。上着の袖が、血で濡れていた。

その人は、父さんに笑いながら挨拶をしていた。

魔獣相手にしくじったと。


僕は、あの時、目を逸らした。

(……あの時、ルーヴァ先生以外に何かできた人はいたんだろうか)


気づいたら、手を挙げていた。

「どうぞ」

視線が、集まる。

僕は生唾を飲み込んだ。


「水魔法の治療を極めれば……腕とかが、千切れても治せますか」

教室が、教室が静まり返る。


ルーヴァ先生の目が、一瞬だけ開いた。

「……王都には、おるかもしれぬ。じゃが、それほどの才があれば、とうに——」


そこで、言葉が止まる。

先生は、杖を持ち直した。


「いや。できない理由は、ないのじゃ」

胸の鼓動が早くなる。そうか、無理じゃないんだ。

その答えだけ聞けただけで十分だ。


「逆に、できる理——」

「ありがとうございます。それだけ、聞きたかったので」


言い終えてから、気づいた。

先生の言葉を、途中で切ってしまった。


(……最悪だ)

聞き直そうと口を開く。けれど、声が出てこない。


ルーヴァ先生は、小さく息をついた。

それから、誰にともなく呟く。

「……二組でも、同じようなやり取りをした気がするのじゃ」


後ろの方で、くすくすと笑う声がした。

振り返る。

クラスメイトが二人、口元を押さえていた。先生の呟きが聞こえたのだろう。


カイとメルは、こちらをまっすぐ見ていた。

僕は、前に向き直る。

——できない理由は、ない。

今は、それだけあればよかった。


「まぁ、よい」

ルーヴァ先生が、教室全体に向き直る。


「いずれにせよ、身体の造りを知らねば話にならんのじゃ。骨の数や創傷の治癒過程、動脈・静脈の機能の違い、病態。まずは、そこからじゃ」

そして、こちらを見た。


「困った時は、相談するのじゃ。教科書くらいなら、貸してやれるからの」

(——貸してもらえる)


自分で読めるなら、少しは進める。

「先生」

僕は、また手を挙げていた。

「後で、教科書を見せてください」


ルーヴァ先生が、目を丸くした。

「……早いのじゃ」

杖に体重を預けて、先生は笑う。


「じゃが、動くのが早いのは悪いことではない。授業のあと、わしのところへ来なさい。一緒に選ぶのじゃ」


授業のあと、僕は二冊の本を受け取った。

思っていたより、ずっと重かった。

表紙は擦り切れていて、角が丸くなっている。とても使い古されていた。

(ルーヴァ先生はこれ以上、多くの本を読んでいる)


「読めん字があったら、聞きに来るのじゃ」


「は…い」

本の厚さに圧倒されてしまいすぐに返事ができなかった。


「……焦らんでよい」

先生は、それだけ言って、杖をついて歩いていった。


(この二冊に圧倒されたなんてみんなには言えない。

——ここからだ)

まだ、何も分かっていない。

けど、一歩は踏み出せた気がした。


僕は、二冊の本を大切に落とさないように持ち直して、廊下を歩き出した。


八月ももうすぐ終わりですね。

ここまで読んで頂きありがとうございました!

今日も投稿することができました!本当にありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。