第72話 昼食
「あ、レン」
「レイ」
振り向いたレンが、スープを飲んでから片手を上げた。既に食べ始めていたらしい。
レイは、その隣に腰を下ろした。
盆に載っていたのは、蕪と人参、大麦を煮込んだ薄いスープだった。透き通った淡い褐色の汁の中に、白い蕪と橙色の人参が小さく浮かび、底には柔らかく膨らんだ大麦が沈んでいる。肉は入っておらず、味つけも塩をわずかに利かせただけだったが、煮崩れた根菜の甘みが汁に溶けているようだった。
添えられた黒パンは、ずしりと重く、表面も固い。そのままでは少し噛みにくかったため、レイは一口分をちぎり、温かいスープに浸した。汁を吸ったパンはようやく柔らかくなり、麦の素朴な香りが口の中に広がった。
皿の端には、酸漬けにされた小粒の赤実が三つ並んでいる。
一つ噛むと、鋭い酸味に思わず顔をしかめた。
(……家のよりも酸っぱい)
それでも、薄味のスープと黒パンの合間に食べると、その酸っぱさが不思議と心地よい。
午前の授業を終えた空腹の身体には、湯気の立つスープはとてもありがたい。
「学舎、初日の授業はどうだった?」
レンが、ゆっくりとスープを飲みながら聞いてくる。
レイは、治療院で前にお世話になった人が、治療学の先生として学舎で働いていて驚いたことを伝えた。
「……治療院の、あのお婆さんか」
「レンも知ってるの?」
「父さんの仕事で、何回か行ったことがある」
レンは、それだけ言って、黒パンをちぎった。
「まさか、先生になってるとは思わなかった」
「僕もびっくりしちゃった」
パンを浸しながら、レイは続ける。
「でも、ちゃんと質問にも答えてくれたし……なんだか、頼れるおばあさんだった」
レンは、黙って聞いていた。
「……レイは、何を聞いたの」
「見えないところから魔術が飛んできた時、どうやって避ければいいですかって」
レンの手が、止まった。
「……そう」
(あれ?)
何か、変なことを言っただろうか。
「僕も、聞きたいことがあるから。質問してみようかな」
「してみるといいよ」
「うん」
短い返事だった。
そこで、ふと気づいた。
「ところで、カイとメルは一緒じゃないの?」
「あぁ、それなんだけど」
レンが、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「レイが一人で二組になったでしょう? それでみんなで話し合って、僕たちも固まらず、新しい友達と仲良くできるようにしようってなったんだ」
(——そんな、気を使わなくてもいいのに)
「大丈夫だよ。みんな気を使ってない」
「ん?」
思わず、顔を上げた。
「まだ何も言ってないんだけど……」
「顔に書いてあるよ」
レンが、笑いながら答える。
「まぁだから今は別々で行動中。といっても、クラスの人数が少ないから、結局はみんな友達になると思うけどね」
さも当然というように言って、レンはスープを全部飲みほした。
(ということは、レンも一人で食べてたんだ)
「今、僕のこと気の毒に思ったでしょ」
「ううん、思ってないよ」
(……なんで分かるんだろう)
「ところで、一組には新しい先生とか来たの?」
レイは、慌てて話題を変える。
「うん、来たよ。なんでも、王都のギルド職員みたい。今年就職したとか言ってたよ」
「そうなんだ。……ねぇ、ところでギルド職員って何?」
「僕もよく知らなかったんだけど」
レンは、パンをちぎって口に運びながら答える。
「簡単に言うと、冒険者を管理しているところみたいだ。うちにはギルドはないから、なんだかよく分からないけど」
(外の世界には、ギルドなんてあるんだ)
冒険者を管理する場所。つまり、外を旅する人たちが集まる場所ということだろうか。
(なんだか、楽しみ)
「やっぱり、外の世界の話になると凄く楽しそうだよね」
「うん、外の世界を見てみたい」
「じゃあ今度、授業の時に質問してみるといいかもな」
「うん。たくさんしてみる」
「ギルドの人、忙しくなりそうだ」
「え、なんで?」
レイは首をかしげる。
「授業を受ければわかるよ」
レンは、意味ありげに笑って、それ以上は言わなかった。
——雷のような鐘が鳴った。
低く、重い音が、食堂の石壁に反響する。
「あ、やばい。お昼が終わっちゃう」
レイとレンは、慌てて昼食をかきこみ、食堂を後にした。
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