第65話 感謝
「始めるよー。えい!」
メルの声と同時に、三つの風球が放たれた。
——速い。
最初に届いたのは、メルの風球だった。空気を裂く音が、遅れて耳に届く。
レイは右足へ魔力を通し、左へ踏み込んだ。
風球が、肩の横を抜ける。
続けて、レンの風球。こちらは、少し遅い。軌道も真っ直ぐで、読みやすい。
左足に切り替えて、右へ躱す。
そして——カイの風球。
(あれ?)
軌道が、揺れている。まっすぐ来ない。生成がいびつだったせいか、風が均等に押し出されていない。左右に蛇行しながら、不規則に迫ってくる。
(読みにくい……!)
レイは、球そのものではなく、周囲の空気の乱れを見た。
草が、右に倒れた。
(そっちか)
半歩、左へずらす。
風球が、右の脇を通り過ぎていった。
「——え」
誰かが、声を漏らした。
顔を上げると、三人が固まっていた。
「なんだか、前よりも動きが早くなってないか」
カイが、目を丸くしている。
「するする避けちゃった」
メルも、驚いた顔をしていた。
「……身体強化の練習今まで、一人でやってたんだ」
レンが、静かに呟く。
(少しは上達したのかな?)
レイには、よく分からなかった。ただ、避けただけだ。
「レイ、ちょっと待っててね」
レンがそう言って、二人を呼び寄せた。
三人が、額を寄せ合って何かを話し始める。
距離が遠くて、何を言っているのかは聞こえない。けれど、三人とも真剣な表情だった。時折、こちらをちらりと見る。
(何を話してるんだろう)
やがて、相談が終わった。
三人が、こちらに向き直る。
——目の色が、変わっていた。
覚悟を決めたような、そんな目だった。
「じゃあ……どんどん、いくよー」
「俺、生成遅くて悪い」
カイが、申し訳なさそうに言う。
「とりあえずメル、僕らの分まで頼む。僕も、なるべく早く生成するようにするけど」
「任せて。風魔法は、得意だから」
メルが、両手を前に出した。
——風が答えた。
朝露を含んだ草が、一斉に彼女の方へなびく。
一つ。
二つ。
三つ。
メルの周囲に、風球が次々と生まれていく。しかも、どれも整った、綺麗な球体だった。
「……は?」
カイが、間の抜けた声を出した。
「メル、それ、同時に……?」
「うん」
こともなげに答える。
レイは、身構えた。
(——みんな、僕のためにありがとう)
「行くよ」
風球が、放たれた。
「っ!?」
さっきとは、速度が違った。
いや、速度だけじゃない。生成の間隔も、短くなっている。一つ避ければ、次が来る。それを避ければ、また次。
(考えてる暇がない)
レイは、身体に意識を集中させた。
右足に魔力。左へステップ。
風球が、地面すれすれを通り抜ける。草から朝露が一斉に舞い上がり、朝日を受けて細かく光った。
左足に魔力。右へステップ。
低く来た球は、跳んで躱す。着地と同時に、次が正面から。身体を捻り、紙一重で抜ける。
風圧が、髪と服を激しく揺らす。
(もっと、もっと——)
必要な分だけを、必要な足へ。
無駄なく、素早く。
魔力は、少ない。長くは使えない。だから、一回ごとの消費を、できる限り減らす。
(無駄を最小限まで、削って——)
足の裏へ流れる魔力が、細く、穏やかになっていく。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
まだ、当たらない。
訓練場の草地には、風球が通った跡が、いくつも筋になって残っていた。
「うそでしょ……」
メルの声が、遠くで聞こえた。
どのくらい続いただろう。
最初に倒れたのは、カイだった。
「すまん、もう魔力が……」
膝をついたまま、荒い息をつく。
「そんで、俺にはどっちがすごいのか、わからないぜ」
次いで、レンが倒れた。
「二人とも、すごいよ」
地面に座り込んだまま、レイとメルを交互に見ながら言った。
レイとメルは、肩で息をしていた。
汗が、額を伝って落ちる。夏の朝日は、いつの間にか木々の上まで昇っていた。
「……今日は、ここまでにしよ」
メルが、両手を下ろした。
さすがに汗だくになってしまったので、今日は早く切り上げて、各々、家で風呂に入ってから学舎へ登校することにした。
「ほんとに、ありがとう」
レイは、終始みんなにお礼を言った。
「気にすんなって」
「また、やろうね」
「……次は、もうちょっと生成早くする」
みんな笑いながら、手を振って別れた。
カイとレンは、ふらふらだった。
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