第55話 休日二日目 廃坑
レイは部屋に戻って、廃坑へ行く準備をする。
コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
(誰だろう?)
エマだった。
「レイ様。ロウエンさんが、どこからかたくさんもらってきたので、廃坑に持って行けるように瓶に詰めました。一気に食べちゃわないでくださいね」
エマはそう言って、赤い実の入った瓶をレイに渡した。
「ありがとう、エマ」
「どういたしまして」
エマが去った後、木の箱から、鞘に入った古剣を取り出し、肩にかける。
家を出る際、ロウエンに出会った。
「お気をつけて」
ロウエンは、お辞儀をしながら言った。
「赤い実の酢漬け、ありがとうございました。行ってきます」
「いえいえ」
ロウエンは、笑って答えた。
レイは屋敷の裏口から外へ出ると、振り返って石造りの建物を見上げた。灰色の壁が、朝の光を受けて白んで見える。
夏とはいえ、朝の空気はひんやりとしていた。
屋敷から続く坂道を下る。道の両側では、伸びた草が露をまとい、歩くたびに靴の裾へ冷たい雫が触れた。畑には濃い緑の葉が広がり、風が吹くと一面が静かに揺れる。
遠くから、鳥の声が聞こえた。
けれど、屋敷から離れるほど、人の気配は薄くなっていく。家々の煙突や、町の屋根が背後へ遠ざかり、代わりに木々のざわめきが近づいてくる。
畑を抜けると、道は古い森の中へ入った。
夏の森は、春よりも深い緑に覆われている。枝葉の隙間から差し込む光は、地面へ細かな斑点を落としていた。湿った土の匂いに混じり、草を踏み潰した青臭さが鼻をかすめる。
森の中は、外よりも涼しかった。木々が日差しを遮っているからだろうか。
レイは細い獣道を進んだ。
道はところどころ草に覆われている。それでも、何度も歩いたレイには迷うことがなかった。折れた白樺の木を過ぎ、苔むした岩を回り込む。やがて、木々の向こうに錆びた鉄柵が見えてきた。
柵には蔦が絡みつき、赤茶色の錆が浮いている。
その先に、崩れかけた石壁と、黒ずんだ木の支柱が覗いていた。
廃坑だ。
入口の周囲だけ、草が不自然に少ない。地面には湿った土が露出し、近づくにつれて、錆びた鉄と古い水の匂いが強くなっていく。
夏の森では虫の声が続いているのに、坑道の前だけは妙に静かだった。
入口から吹き出してくる風は、外の空気より明らかに冷たい。
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